第一層④ 初めての共同作業その1
まず、妖魔部隊――ゴブリン、オーガ、トロルの歩兵団が最前線でアンバルハル兵団と衝突した。
その後ろに控える妖精部隊――シルフ、ニンフ、エーディンが回復・補助といった後方支援に従事する。
空からは妖虫部隊――キラービーや働き蜂が無防備な頭上を急襲し、影の忍軍団――下忍・中忍が斥候に走り戦場をかき乱す。
魔族の一個体の能力は人間の兵士三~四人分に匹敵し、もし別種族同士で特性を補い合えれば死角も弱点もなくなり最強の軍団が出来上がる。もはや人間側に勝機はないように思われたが――
「魔王軍左翼、右陣が飛び出している! 突出した隊を槍隊で囲め! 弓部隊は上空に矢を放ち蜂のバケモノを牽制せよ!」
部隊長が号令を下し、各部隊が精確な動きで魔族を各個討伐していく。
人間が魔族に唯一対抗できるものが団結力の強さであった。兵士はアテア王女を補佐する目的で行われた調練を経たことにより戦場における円滑な動作を身に付け、隊でありながら個人のような小回りの利いた動きを見せた。
反対に、魔族は種族間での連携が得意でなく、上手く特性を補い合うことができずにいた。結果、弱点をつかれて動転し隊列は乱れ、ドミノ倒しのように他隊の動きの邪魔をする。それはもはや烏合の衆であり、集団戦をもちかけた人間側からすれば何ら脅威にならないものだった。
魔王軍幹部たちの一騎当千の活躍によってかろうじて拮抗している状況である。
「道を開けよ、人間ども! 我を止めたくば勇者を出せ! 尋常に勝負せよ!」
鬼武者ゴドレッドが人間の部隊を戦斧で薙ぎ払っていく。
止まらぬ快進撃。率いる妖魔軍団もゴドレッドに負けじと蹂躙の勢いを強めた。
『そこまでだ。ゴドレッドよ』
「魔王様?」
『進軍を停め、取りこぼした人間を追うのだ。追い込むのだ。一カ所に追い詰めるのだ』
ゴドレッドは狼狽した。弱き人間の相手など部下に任せておけばよいものを。
「い、意味がわかりませぬ。我はただ勇者と戦いたいのです。弱き者どもを相手にしている暇はありませぬ!」
『ゴドレッド……、ではおまえは強き者であるか?』
「……それを確かめとうございます」
『ならば、余の命に従え。おまえに本当の戦を見せてやろう』
魔王様の気配が遠ざかる。ゴドレッドはにわかに湧き上がる不満を押さえつけると、踵を返して捨て置いてきた人間兵たちに斧を振り上げた。
◇◇◇
妖虫部隊で特にめざましい活躍を見せたのはグレイフルの身の回りの世話をしていたメス蜂たちだ。人型のフォルムと、身長を超す長さの槍を器用に振り回す様は、さすがグレイフルの側近と呼べる威容であった。実際に人間兵たちを殺した数はどの部隊よりも多い。
「女王様のためにぃ~!」
「チクリ! チクリ!」
「えい! えい!」
掛け声こそ可愛らしいが、それ故に返り血を浴びる彼女たちの姿は恐ろしく、同じ魔王軍の中でもあらゆる面で異質であった。
そして、そんなメス蜂の群れの中にあってさらに異様な行動を取っている二人の子供たちがいた。
番えた弓矢で狙いを定めたと思いきやあらぬ方角に打ち逸らし、逆手に持ったナイフで切り込んでいったかと思えば何もないところで大袈裟にスっ転ぶ。失敗失敗、と舌を出してお互いのミスを笑いあい、がんばってお仕事してますよー、というフリを命がけで行っていた。
双子エルフのエウネとハウリである。
これまで命乞いの代わりにグレイフルの身の回りの世話をせっせとこなし、いつしか女王蜂の後継者とも幹部候補筆頭とも目されるようになり、おかげでこのほどグレイフル率いる妖虫軍団の特攻隊長に選出されたのだった。面従腹背の二人にはありがた迷惑でしかない。
心は今でも人類側……というか、ぶっちゃけどっちの味方でもないが、元来エルフ族は北国ラクン・アナの皇帝の求めに応じて合力するという約定を結んでおり、心情はともかく形だけは人間の味方でいなければならなかった。たとえ子供エルフでも戦場で人間に危害を加えるような真似はしてはならない。
かといって、実際には魔王軍の囚人のような立場にいる現在の二人が、戦場で大っぴらに人間の味方をするわけにもいかなかった。背後から魔族を斬りつけようものならその場で八つ裂きにされてしまう。
人間に攻撃したらもう元の生活には戻れない。しかし、魔族を殺せば命がない。
八方塞がりだった。
苦肉の策として、双子エルフは道化を演じることにした。人間にも魔族にもどちらの味方でもあるように振舞いながら戦っているフリを全力でしていた。
(よし! エウネの弓の外し方は神懸っているぞ! 誰も演技だとは気づくまい!)
(よし! ハウリのずっこけはもはや天才的だぞ! 地味に転んだ箇所が痛いぞ!)
目配せを通じて戦況を確認し合う。如何にして攻撃しているふうを装い、如何にして追い詰められている感を演出するか。額に浮かんだ汗はその塩梅に苦慮した疲労からであって、間違っても死闘でかいた汗とか脂汗とかではない。
その甲斐あって誰も双子の演技に気づかなかった。元より戦場では誰も彼も命がけで目の前の敵だけに集中している。意味のない行動を取る双子に注目する者なんているはずがない。
ただ一人を除いては。
「エウネ、ハウリ、何を遊んでいますの?」
「ぴゃ」
「ぴゃ」
振り返らずともわかる。双子の(現)主、グレイフルである。
双子は顔を伏せたまま素早くその場で跪いた。その寸分の狂いのないシンクロした動作から二人が日常的にグレイフルに叩頭していることがよくわかる。
「女王様、ご機嫌麗しゅう」
「今日も一段とお美しい」
「心にもないことを言うもんじゃありませんわね。どうして遊んでいるのかと訊いていますのよ。わらわは」
「遊びなんて心外! エウネはしっかり働いた!」
「ハウリも同じ! もう十分な働きをした! 向こう行って休みたい! いい?」
「いいわけありませんわ。そういうセリフは人間の兵士を一人でも殺してから聞きたかったですわね。命令違反は万死に値すると知ってますわよね?」
「ぴぃ!?」
「ぴぃ!?」
演技だとバレている。エウネとハウリはだらだらと滝のような汗をかく。死闘でかいた汗に匹敵する冷や汗だった。
すると、双子エルフの実情や思惑を知ってか知らずか、グレイフルはつまらなげに嘆息し、らしくもない命令を下した。
「人間狩りには参加しなくていいですわ。その代わり、リーザの部下の妖精部隊と合流して負傷した魔族を介抱してあげなさい。それくらいならできるでしょう?」
「え!? う、うん。それくらいなら」
「人間にバレずに済むし」
「ならお行きなさいな。くれぐれもこの混乱に乗じて逃げ出そうなんて考えないことですわ。エウネとハウリはもうわらわのモノなのですからね」
「わ、わかってる。エウネはグレイフルのモノ」
「ハウリも逃げない。うん。や、約束」
女王蜂の圧に怯えながらじりじり後退し、たったかたー、と一目散に駆けていく。
「何とか誤魔化せた! でも、グレイフルのやつ何か優しい!?」
「気のせいだ! もしくは気の迷い! 気が変わらないうちにサボる! いい!?」
「もちろんだ! もうこんな戦いは懲り懲り!」
「そうだ! やってられるかばぁか!」
最後まで悪態をつきながら双子エルフは戦線から離脱した。
その後ろ姿を見送って、グレイフルはやれやれと肩をすくめる。
『グレイフルよ』
「魔王様……。何ですの? 魔王様もわらわをお叱りに来ましたの? わらわは間違っていませんわよ。クニキリが無粋を働いたのが悪いんですわ」
他人の獲物を横取りされたのだ。気分が下がってもおかしくないし、それを諫められるのはやはり納得がいかない。
憂さ晴らしに人間を襲ったが一向に気が晴れずイライラは募るばかり。
『グレイフル、余はおまえを責めはしない。が、少し憐れに感じている』
「はあ? 何を言ってますの? 憐れまれる筋合いはありませんわ!」
『これは狩りではないということだ。戦の作法を知らぬままというのも憐れであろう。余が教えてやる。戦争の醍醐味を。騙されたと思って余の言うとおりにしてみよ』
魔王様がここまで言うのは珍しい。いや、もしかしたら初めてのことかもしれない。わずかだが興味が湧いた。
「……何をしたらよろしいのかしら?」
『その機動力を活かして戦場を縦横無尽に駆け抜けよ。人間の兵を取りこぼすことなく中央にかき集めよ』
よくわからないがその程度のことなら従うのに否はない。
(目的を見失っていましたし、丁度いいですわ)
グレイフルは気晴らしのつもりで再び駆け出した。




