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第一層② VSリンキン・ナウト


 グレイフルの近接攻撃。クニキリの遠隔攻撃。リーザ・モアの魔法攻撃。


 三者三様の猛攻撃がリンキン・ナウトに襲い掛かる。


「亀のように縮こまっていては、わらわは倒せませんわよ!」


 グレイフルが手元に戻って来た傘槍を器用に振り回しながら打突を放つ。剣の刀身でそれらを弾くリンキン・ナウト。かろうじて直撃を免れていた。


「まだまだ行きますわよ!」


 引いては突き出す槍の猛攻。残像が中空に影を刻み、傍目には数十本の槍が同時に繰り出されているかのようにも見える。


 そのことごとくを防ぎ切るリンキン・ナウトだったが、次第に疲労の色が表情に現れはじめた。


 グレイフルは嗜虐の笑みを浮かべた。


「なかなか骨がありましたがここまでのようですわね! さあ、潔く死ぬがいいですわ!」


 リンキン・ナウトの胴体を真っ二つに切断するべく振り払われた横薙ぎの一閃。


 しかし、穂先は唸りを上げるのみで獲物を刈り取る斬音を響かせることはなかった。


 一足先にリンキン・ナウトが跳び退り、グレイフルの刃圏から逃れ出ていた。


 いくら格下相手に手加減していたとはいえ、グレイフルが必殺に放った槍をかわすことができたのはリンキン・ナウトの剣士としての技量が優れているからに他ならない。


「チィッ! わらわを虚仮にするなんて! 万死に値しますわ!」


 グレイフルは苛立つと同時に、獲物のしぶとさにますますやる気を漲らせた。


 リンキン・ナウトの窮地は続く。慌てて跳び退った着地点に大量のクナイが飛来してきた。剣で打ち払うも、取りこぼした何本かが手足に突き刺さる。


「ぐう――!?」


 遠距離から投擲したのは魔忍クニキリである。


「拙者のクナイはどこまでも獲物を追いかける。逃げることは罷りならぬぞ」


 リンキン・ナウトを追って迫るグレイフルに、クニキリが叫んだ。


「今だ、女王蜂! さっさとトドメを刺してしまえ!」


 完璧な援護射撃で獲物の動きを止めたのだ。無防備な背中を突き込むことくらい女王蜂なら呼吸も同然にこなせるはずだった。


 しかし、女王蜂は直前で立ち止まっていた。それどころか、構えていた槍を無造作に下げた。


「お、おい、なぜトドメを刺さぬ!?」


 グレイフルは不愉快げに眉をひそめ、仲間であるはずのクニキリに対して侮蔑も露わに睨み据えた。


「誰の許しを得てわらわの狩りに水を差しますの? 不届き千万もいいところですわ!」


 仁王立ちし、やってられん、とばかりにそっぽを向く。


「興が削がれましたわ。わらわはもう手出ししませんから後はそっちで片づけなさいな」


「な、何を言っているんだ貴様っ!? せっかく拙者が隙を作ってやったというのに! その槍で突き込めばよいものを!」


「それが大きなお世話だと言っているんですわ! わらわの獲物に何の断りもなく手傷を加え、なおかつわらわを手伝った気になっているその傲慢な態度! それこそ万死に値しますわ!」


「い、意味がわからん! いいか!? 拙者はおぬしを援護するようにと魔王様から指示を受けている! これは魔王様のお考えでもあるのだ! 勝手は許されぬぞ、女王蜂!」


「でしたら魔王様も同罪ですわ。こんな人間、わらわだけで十分ですのに。見くびられたものですわね。ふん!」


 そう言うと、本当に背中を見せて離脱した。グレイフルにはもうリンキン・ナウトを討つ気がなく、腹いせのように人間兵の軍隊に突進していった。


 吹き飛ばされていく人間兵の群れを眺めて、クニキリは唖然となった。


「あ……あり得ん。あの女、この戦いを何だと心得ているのか……」


 理解不能なのはリンキン・ナウトも同様だったが、幹部が一人離脱したことで活路が見えた。生き延びる確率が上がった。依然として敵幹部に命を狙われてはいるものの『一対三』が『一対二』に変化したのは無勢の側には大きな進展だ。


(部下を見殺すことになるが……やむを得まい)


 魔王軍をこの場に押し留め、自軍に後退命令が下るまで時間を稼ぐ。それがリンキン・ナウトの当座の目標となった。


「――別に、脳筋女が何をしたって結果は変わらないのだけどね」


 冷徹な声が静かに響く。その声音にはリンキン・ナウトだけでなくクニキリの背筋さえも凍らせた。


 上空高く、氷の眼差しで下界を見下ろすのは殺戮蝶リーザ・モア。


 差し出した人差し指の先に火属性の魔法が煌々と迸っていた。


「煩わしいのは私も嫌いなの。燃え尽きなさい、人間」


 虚空を撫でるように軽く指を振った。その瞬間、熱球が爆裂音を轟かせて地上目掛けて発射された。


 熱球は地表を焼き、魔族の部下や仲間の幹部をも巻き込む大爆発を引き起こす。逃げるのに間に合わなかったリンキン・ナウトはせめてダメージを和らげようと身を固めたが、ガードの上からでも全身を焼き焦がす。


《ヒートボール》――王宮の地下牢でセルティ・バルティウスが占星術師に放とうとしたものと同一の魔法だが、あのとき感じた魔力とは比べ物にならないほど大きく邪悪だった。術者が違うだけでこんなにも魔法の質が変わるものなのか。


 だが、リンキン・ナウトは炎に焼かれ《残り火》に巻かれながらも、膝を突くことなく直立した。自分こそが最後の砦だと言わんばかりのなけなしの威容を見せつける。


「あら?」


「ほう……」


 リーザ・モアとクニキリは思わず目を見張った。千人隊長のその不屈の精神にある種の感動を覚えたのだ。グレイフルが独りで狩りたいと言う気持ちもわずかだが理解できた。


「人間にしてはやるようだけど、まあ、それだけよね」


 感心したのも束の間、リーザ・モアにとって勇者以外は目障りな害虫でしかない。指先から魔力弾を際限なく射出し、リンキン・ナウトに雨あられのように浴びせた。絨毯爆撃に晒された地表は抉れて吹き飛び、濛々と粉塵を巻き上げた。


 トドメのつもりで展開された猛攻は――しかし、リンキン・ナウトの執念によって一瞬で終わることはなかった。


「うおおおおおおおお――――っ!!」


 剣を振りかざして降り注ぐ魔力弾を片っ端から打ち落としていく。間断ない攻撃は激しさを増す一方なのに、打ち払うリンキン・ナウトの剣技も洗練され加速していく。


 もはや地面で無事な箇所はリンキン・ナウトが踏みしめる足許だけだった。あとはクレーターのように抉れ、割れ、陥没している。大破壊の痕跡からして撃ち損じた魔力弾はただの一発もない。すべてが必殺の威力でありながら剣士はいまだに凌ぎ続けている。


 たかが人間の分際で。その防御の固さは常軌を逸していた。


「……チッ」


 手こずるほどにリーザ・モアの心は冷え切っていく。グレイフルと違い戦闘狂でない彼女は戦いが長引くことを歓迎しない。それが手柄にもならない俗物が相手とあっては誰が首を獲ろうと早く終われるならそれに越したことはないというスタンスだ。


 となれば、煩わしげな目線が訴えるところも瞭然である。合図を送られたクニキリは密かに嘆息し、魔力弾の雨を難なく搔い潜りながら音もなくリンキン・ナウトの背後に接近した。


 両手に握った二刀の小太刀でその背中に斬りかかる。


「御免!」


「ぬうんッ!」


 轟音とともに魔力弾と小太刀の挟撃が炸裂した。


 不意に訪れた静寂の中、鍔迫り合いの音が鳴り、土煙が晴れていく。


 リンキン・ナウトの左手の長剣が魔力弾の盾となり――驚くべきことに、右手の短剣は腰から引き抜く軌道でクニキリの小太刀を二本とも器用に受け止めていた。


 魔王軍幹部が二人掛かりで仕掛けてなお攻撃を凌いでのけた。綱渡りのような極限の攻防を乗り切ったリンキン・ナウトは興奮のあまり呼気を震わせた。鼓動が破裂しそうなほど高鳴り、血流が痛いほどに全身を駆け巡っていた。


 リンキン・ナウトは身の内に潜む獣気を自覚し、不意に笑みが込み上げた。


 守ることに全力を注げば魔王軍の幹部と渡り合える。ここまでの命と諦めていたが、わずかな希望が生への執着を思い起こさせた。


(死なないための戦い……か)


 軍事訓練でアテア王女が周知徹底させていた理念である。敵の殲滅を目指すのではなく、敵より一人でも多く生き残れば勝ちとする戦術だ。平時は甘いと見くびっていたというのに、こうして生き延びている事実には苦笑を禁じ得なかった。


(勝たなくてもいいならいくらでも遣りようはある……)


 短剣を押し返してクニキリを後退させると、空に浮くリーザ・モアにも油断ならない視線を送り続ける。依然として命のやり取りは続行されるが、倒さなくていいと決めたら気は楽になった。


「さあ来い。人類の敵ども」


 その放言はどんな自信の表れか。リーザ・モアとクニキリの額にわかりやすく青筋が浮かんだ。


 無言で殺意を剥き出しにする二幹部を前にして、リンキン・ナウトは不思議なほどに心穏やかに剣を構えなおした。



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