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アニVSケイヨス・ガンベルム①


 単純な体術、格闘センス、体の造り――すべてにおいてケイヨス・ガンベルムに劣っている。


 一発殴れば三発になって返ってくるし、剣の斬撃を用心すればその隙を突かれて嬲るような猛攻にさらされる。


 何度地べたに転がされたかわからない。


 何度死にそうな目に遭わされたかわからない。


 まだ首が繋がっているのは完全に相手の油断のおかげだった。本気だと口にする割にケイヨス・ガンベルムはこの戦いに陶酔している。ようやく上がった表舞台に浮かれている。自分語りに自ら酔って剣先を鈍らせている。


(そのせいで攻撃が読めないってのはあるけどよ……)


 あっさり勝負を決めるような真似をしないのでアニはまだ生きていられた。


 ……だが、それももう終わり。体当たりで吹き飛ばされ、尻もちをつくアニの眼前に剣の切っ先を突き付けられた。


「この戦いが私の全盛期だ。――が、それももう満足だよ。観念したまえ、占星術師」


 刃こぼれした刀身でもケイヨス・ガンベルムの技量があれば首一つくらい難なく刎ねられるだろう。無意識に制御していた力を解放し、ようやくケイヨス・ガンベルムはトドメの一撃を抜き放つ――


「死ねぇい!」


 シィイイイイ――――……ン。


 首を切断するべく横一文字の軌道で薙ぎ払われた斬撃は、音さえ空気を切り裂いた。


 手応えは……ない。


 アニはその場に寝そべるくらいしゃがみ込んで斬撃をかわしてのけていた。


 そして、飛び上がる勢いでケイヨス・ガンベルムの腰にタックルをお見舞いする。


「うおおおおおっ!」


 肩から渾身の体当たりをぶちかました。


 ドガッ!


「――ふっ」


「うぐぅ……!」


 ……しかし、ダメージを負ったのはアニのほうだった。ケイヨス・ガンベルムの腹筋がまるで分厚いタイヤのような硬い弾力でアニに衝撃を跳ね返したのである。


 全身がバラバラに千切れそう。足腰から力が抜け、思わずケイヨス・ガンベルムの腰にすがりついた。


「終わりだよ。占星術師ッ!」


 ケイヨス・ガンベルムは握っていた剣の柄頭をアニの頭頂部に振り下ろした。


 脳天に直撃し、頭蓋が割れた。


「あ……がっ……ッ……!」


 そうしてアニはその場に崩れ落ちた。


 死の感触はケイヨスの手元にも伝わっており、ついに迎えた決着にケイヨスは恍惚と笑みを湛えた。


 身を翻し、ハルスの許へと歩き出す。


「さあ、これで器は手に入ったのだよ。ハルス、剣士殿を解放しろ。その魂を占星術師の肉体に移植する。準備を――」


「あっ!?」


 ハルスが声を上げたのと同時に、ケイヨス・ガンベルムの背後で物音が鳴った。


 振り返ると、死んだはずのアニがふらふらと立ち上がっていた。


 自らの頭部に微弱ながら治癒魔法を掛けている。大した回復にはならないだろうが、なんとか一命を取り留めていた。


 ケイヨス・ガンベルムは嘆かわしいとばかりに息を吐いた。


「無様だよ、占星術師。最後くらい泰然と死を受け入れろ。でなければ、軍師の――重臣の地位が泣くというもの」


「そんなもんに興味ねえよ……」


 ふらつきながらケイヨス・ガンベルムに向き直る。すでに死に体。限界を超えているのは誰の目にも明らかだった。


 だが、アニの目から戦意は喪失していない。むしろ、強く鋭い眼光を放ってケイヨス・ガンベルムを睨みつけている。


「愚かな。まだ盾突く気かな?」


「ああ。てめえをぶっ倒すと決めたからな。ハルウスがどうとかじゃなく、俺はただてめえが気に入らねえ」


「なに?」


「できればコレだけは使いたくなかったけどな」


 アニは苦渋に顔を歪ませると、一転覚悟を決めた様子で掲げた両手に魔法を発動させた。


 右手に闇属性魔法を。

 左手に光属性魔法を。


 その二つを重ね合わせて一つに融合させた。


 正規版のゲームには無かった合体魔法。対極に位置する二属性を融合させることで新たなる属性を生み出すことに成功した。しかしそれはこの世界の理を破滅させる禁忌と呼ばれるものであった。


「〝魔法〟ってカテゴリーには登録されない禁じ手だ。世界が容認しちまえば、両属性を持つ者なら誰でも使えることになるからな。たぶんてめえでも無理だろうぜ。余所者の俺だからできることだ」


 白と黒の高エネルギー渦が絡まりあって毬のような球体を形作った。


 神々しくて、禍禍しい。


 破滅の魔法を編んでいく。


 ケイヨス・ガンベルムは目を見開いた。


「何だ……? 貴様、何をしているのだ!?」


 魔力渦は虹色に輝き、輝きが増すにつれて色彩が見るも不快に踊り出す。視覚を支配し脳に過敏に刺激を与え人体に影響を及ぼす。いや、人体だけではない。意識がないはずの物体――床も壁も石の破片も――虹色の光を浴びてゆらゆらと実像を揺らし始める。


 世界が侵食されていく。

 空間が分解されていく。


 ハルスは思わず声を震わせた。


「や……、やめてくださいアニ……! その魔法は危険すぎます! なぜだかわからないけど取り返しがつかなくなる! それだけはわかります!」


 ハルスの叫びはもはや慟哭に近かった。本能的な恐れが彼の目から滂沱の涙を流させる。それはケイヨス・ガンベルムも同様だった。ガチガチと歯を鳴らし、目の前にある未知なるおぞましさに総身を震わせている。生理的嫌悪をもよおす過度な光線を避けるようにして背中を向ける始末だ。


 ――しかしそれも唐突に終わった。光線は止み、魔力渦は消滅し、空間は落ち着きを取り戻す。


 アニは依然として両手を合わせた体勢のまま立ち尽くしていた。そこに変化らしい変化は見受けられない。


 一体何だったのか。ケイヨス・ガンベルムとハルスは思わず互いの顔を見合わせると、場に起きた異様な変化に時間差で気がついた。


 地面が、壁が、ありえない形に変容していた。大きくめくりあがった地面。歪曲した滑らかな岩肌。長い年月をかけて隆起と沈下を繰り返して出来たような自然なる変形。元からそうだったんじゃないかと錯覚させるほどに作為が感じられない。


 異様だった。違和感だらけだ。自分の認識が今の一瞬で書き換えられたかのような衝撃だ。つまり――おかしくなったのは自分のほうではないか? と、二人は咄嗟にそう疑ってしまった。


 だが、それだけだ。空間が変化し、その場にいた者を困惑させただけ。目に見える効果はそれくらいしかない。一瞬でも相手を怯ませることを目的としたのなら、それは功を奏したと言っていいだろう。


 ケイヨス・ガンベルムはこの手の幻惑ならそう時間を掛けずに無視できた。危機的状況であればあるほどケイヨス・ガンベルムは冷静になれる。敵の意図するところを読み解き最善の行動を予測する〝己の律し方〟をすでに身に着けていた。


 混乱から立ち直りさえすれば、ケイヨス・ガンベルムの優位は変わらない。


「……ふん。それで終わりかな? 一体何をしたかったのかわからないが、無駄な足掻きだったようだよ」


「ああ。終わりだ。これが今の俺の限界だ。でも、――てめえを倒すには十分だぜ」


 そうして、アニはおもむろに拳を振り上げた。


 ケイヨス・ガンベルムもハルスも気づかなかっただろう。アニが挙動を開始した瞬間、アニの体にノイズが走ったのを。まるでホログラムが乱れたときのような塩梅だが、この世界にはない概念、現象なので気づけなかったとしても無理はない。


 渾身の右ストレートをその場で打った。


 ケイヨス・ガンベルムはアニの拳から放たれるであろう魔力波を警戒して――


 バガンッ!


 気づけば左頬を殴られていた。


「……ッッ!?」


 激痛を頬に感じたケイヨス・ガンベルムも、端から見ていたハルスにも、一体何が起こったのかわからなかった。


 アニが左拳を中段に打ち込む。離れた場所から繰り出すそれは単なる素振りでしかない。にもかかわらず、振り抜いたときにはもう左拳はケイヨス・ガンベルムの腹部に深くめり込んでいた。


「があっ!?」


 後方に吹き飛ばされて壁に打ち付けられた。


 アニの攻撃は止まらない。両拳を連打する。打撃は余さずケイヨス・ガンベルムの胴体を打ちのめし、十五メートルの間合いをゼロにしていた。


 拳が飛んでくる――。だが、ケイヨス・ガンベルムの感覚では、魔法衝撃や拳圧による攻撃とは思えなかった。魔法が放たれている気配はなく、その感触は強化された単なるパンチであった。


 解釈として最もしっくりくるのは〝瞬間移動〟――。インパクトの瞬間に拳だけが空間を跳躍してケイヨス・ガンベルムの肉体に到達していた。


 滅多打ちにされる。防御は不可。ガードしようにもどこを狙われるかわからないし、ガードをすり抜けてくるからそもそもガードの意味を為さない。痛みだけが伝達してくるようだ。


(こんな魔法、聞いたことがない……! 光と闇が融合した結果がこの現象というのも不可解なのだよ……!)


「はあ! はあ! はあ! はあ! ――らあぁあアァアァアアアァっ!」


 息を切らすアニ。実体が失われるかのように途切れ途切れノイズが走る。そのたびに全身が引き裂かれんばかりの激痛に襲われていた。


 腕を覆っていた黒色の爛れた痣が肩にまで這い上がってくる。


 だが、アニは呼吸も激痛も黒化する体もすべて無視して、全力でケイヨス・ガンベルムを殴り続けた。


「何者かを演じ続けることが辛いだと!? そんなの、てめえだけの話じゃねえだろ……!」


 我慢ならなかった。きっとどんなに殴っても、どんなに言い返しても足りないとわかりきっているのに、アニは叫ばずにいられなかった。


「誰だって理想と現実の違いに苦しんでんだ! 勇者になれなかった奴もいりゃあ、なってみて後悔する奴もいる! 望んでない生き方しか選べなかった奴なんてごまんといる!」


 ハルスはその言葉を聞いて自分とガレロのことを思った。


「それでも歯ぁ食いしばって耐えてんだ! 納得できる道を模索してんだ! 何もかも放り出して他人に理想を押し付けてるてめえなんかと違ってなァ!」


「アニ……」


 ガレロは勇者になりたがっていた。英雄になろうとしていた。だが、結局は生まれもった気質に引っ張られて木こりに落ち着いた。それが嫌で村から出てきたのに、最後はその役割を受け入れた。


 それは逃げだったのか? 違う。目指した場所が偶々出発点だっただけで、ガレロは確かな答えを得たのだ。懊悩と遠回りの果てに理想に辿り着いたのだ。


 だが、きっとそれも通過点に過ぎなかったのだろう。ガレロの旅はまだまだ続いていくはずだった。


(僕はどうだ? 僕は今の自分に納得しているだろうか? ガレロや他の勇者たちに理想を押し付けてないか? 今のガンベルム団長と同様に『名も無き英雄』という立場に甘んじていないか?)


 彼らを英雄にすると嘯いて、何かをした気になっている卑怯者。


「とどのつまり逃げる口実じゃねえか! 抗ってはいけない理由を並べ立てて! この人生を進むしかないんだと悲劇ぶって絶望したふりをして! ンなもん、ガキが拗ねているのと何が違う!?」


 誰に強制されるでもなく、誰に期待されるでもなく。


「てめえはただ流されただけだろう! 自ら茨の道を選んだわけじゃないだろう! 抗いたきゃ抗えばよかったんだ! 抗える余地があるだけおまえは幸せだったんだ!」


 そこから目を逸らして、駒だの役割だのと卑下して楽な道を選んだ。


「英雄になりたきゃなりやがれ! 英雄ってのはなあ、勇者でなくてもなれんだよ!」


「ぶふっ!」


 渾身の一撃が顔面を捉え、ケイヨス・ガンベルムの体が前のめりにゆっくりと倒れた。



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