連携
その頃、リームアン平原を目指すアンバルハル王国軍が東の街道に行列を長く伸ばしていた。
先陣の騎兵五千が今日中に平原に到着する勢いで駆けていき、間を歩兵が後を追い、最後尾を総帥の陣が悠然と行軍していく。
歩兵部隊と殿の間を行ったり来たりする騎馬に対し、見かねたヴァイオラが馬車の上から諫めた。
「アテア! 少しは落ち着いたらどうだ? そんなに走ったら馬も疲れてしまうだろ」
「この仔は強いから平気だよ! それよりも――」
出発した当初こそ無邪気にはしゃいでいたアテアであったが、今はその表情がどこか固い。全方位を警戒して馬を走らせていた。
「どうかしたのか?」
「うん。魔物の気配を感じるんだ。こっちに向かってきてる」
ヴァイオラはすぐさま行軍を停止し、馬車から降りて状況の確認を急いだ。
「どこからだ?」
「それがわからないんだ。近くないけど遠くでもない。なのに、その影がどこにも見えない。変だよ。向こうは襲う気満々って感じがするのに」
アテアの言葉に随行する王族護衛騎士団の間にも緊張が走る。団長ケイヨス・ガンベルムの謎の不在に浮足立っていた心にさらなる不安が広がった。そんな周囲の動揺を感じつつヴァイオラは疑問を口にした。
「魔王軍の斥候だろうか。こちらを急襲するつもりか?」
リームアン平原での合戦を取り決めておきながら、もし行軍中の主将の暗殺を企てていたとすれば興醒めも甚だしい。魔王に正々堂々を期待すること自体間違いなのかもしれないが、とはいえ魔王を名乗る者には姑息な手を使わずにどっしり泰然と構えていてもらいたかった。でなければ倒し甲斐がない。
アテアは首を横に振った。
「魔王軍の斥候とかそういうんじゃないかな。この感じは。たぶん野良の魔物だよ。人間がこんなに大勢で移動するのが珍しいから森や山から出てきちゃったんだと思う」
十分ありえる話だが、ではなぜ魔物の影が見えないのか。この街道は連なる丘の谷間を抜けるように敷かれており、部分的に視界を遮るが、丘はさほど高低差がなく見渡せないというほどではない。それに魔物が駆けてくれば必ず土煙が舞い上がる。注意深く見ていれば接近に気づけるはずだ。
そのとき、獣の甲高い雄叫びが聞こえてきた。――真上から。
ヴァイオラもアテアもすかさず顔を上げた。
「まさか、空から!?」
これにはアテアも驚愕した。勇者化し覚醒までして強くなっても、未知のものに対して考えが及ばないのはどうしようもないことだった。これまで見てきた魔物は鬼や魔獣の類がほとんどだったので空からの急襲の可能性は端から頭になかったのだ。
眩しい日差しの中、地上へと接近してくる影が徐々に大きくなってきた。
「あれは……もしや、竜か!?」
頭部は完全に竜のそれだが、四足ではなく二足。前肢と翼が一体化しており、その形状は蝙蝠の羽――ワイバーンだ。
三頭の巨大なワイバーンが上空高くから落下する勢いで向かってきた。
「総員戦闘準備! アテア、一体ずつ確実に仕留めろ!」
「アイアイサーッ!」
「騎士団は部隊を三つに分けて各個体を引きつけ、勇者を援護せよ! 親衛隊は――」
ヴァイオラが振り返ると、後続の馬車に乗っていたはずの【ヴァイオラ親衛隊】の姿がすでになかった。
彼らはとっくに馬車から降りており、三組に分かれてそれぞれの標的に狙いを定めていた。
隊長リリナがヴァイオラの前に躍り出る。
「私たちで仕留めます。騎士団の皆さんは周囲の警戒を。アテア殿下はヴァイオラをお願いします」
「リリナ……」
「大丈夫よ、ヴァイオラ。勇者の力はできる限り温存しておかないとね」
今ではもうすっかり肌に馴染んだ魔導兵のローブをひるがえし、親衛隊はリリナの号令で一斉に討伐行動を開始した。
「行くよ、みんな!」
「了解!」
戦闘開始――
――――――――――――――――――――
ヴァイオラ親衛隊ⅤSワイバーン①②③
――――――――――――――――――――
「い、行き、ます……!」
まず動いたのは『目隠しのクレハ』――
風と光、二属性を融合させた魔法を唱えた。
==我に歯向かうもの 害為すものよ 招かれざる悪よ==
==この場はそなたを忌み嫌う==
==去れ、去れ、去れ==
==人の手になるものに祝福あれ いざ万物の力を授けよ==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《リージョン》==
旋風が巻き起こった。味方を全員半球状の空間に閉じ込めて、光属性の効果を付与した風のカーテンが外側から来る悪意ある者の侵入を一切拒絶する。
ワイバーン三頭は風の結界に阻まれて地上のヴァイオラたちに近づけない。
「準備はいい? エスメお姉さん。じっとしてたら風が空まで運んでくれるからね!」
「はーい。いつでもいいわよー」
ひらひら手のひらを振ってルーノの魔法に身をゆだねる。
ルーノは慣れた動作で指を、ぱちん、と鳴らした。詠唱を必要としない魔法発動のスイッチだ。そんなことができるのは親衛隊の中でもルーノだけである。
『恐妻エスメ』の足元に風が集まってくる。一定量の空気が凝縮された瞬間、超高圧の疾風となって弾け飛び、エスメは天高く打ち上げられていた。
間近に迫るワイバーン①に怖じることなくエスメは体勢を制御しつつ上手く風に乗る。風そのものは操れないが、ルーノの魔力に自身の魔力を反発させることで足場を作りそのまま滑空していく。ふわり、と羽毛のような柔らかさでワイバーン①の背に見事着地した。
「ごめんなさいねー。君に恨みはないんだけどー、お仕事だからー」
水と毒の融合魔法。エスメにしか扱えない禁断の秘術。
「紡げぇ――《ディケイ/腐敗》」
直接手で触れながら唱えると有機物ならどんな物であれ腐らせて崩壊させられる魔法である。
手を添えられたワイバーン①の肩口は瞬く間に腐れ落ち、片翼が千切れて取れた。ギャオオオォ、という鳴き声を上げながら墜落していく。
「嫌だわぁ、またお肌荒れちゃうー。どうしましょう……」
エスメは毒に侵され始めた己の両手を悲しそうに眺めながら、ルーノの風魔法の残滓に危うげなく飛び乗って地上へと難なく降り立った。
エスメがルーノの魔法で空に飛び上がっていたそのとき、他方では『教師アザンカ』が車椅子に乗ったまま右手の人差し指をまっすぐ突き立てて上空にかざしていた。まるで銃口を向けるかのように指先が照準を絞り、ワイバーン②に狙いを付ける。
==聞け! 雷の精霊よ! 我を扇動する者よ!==
==導に従いて、我が名を轟かせよ!==
==一なるものを切り裂き、刹那を満たせ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《サンダーシュート/雷砲》==
天を切り裂く雷光が指先から撃ち放たれた。
大気を貫く眩いばかりの一閃が、ワイバーン②の片翼に大穴を穿って突き抜けていく。悲鳴のような雄叫びを上げてワイバーン②もまたワイバーン①と同様に飛翔の制御を失い地面へと落下した。
しかし、腐っても最強の飛竜種。たとえ翼を失おうとも鉤爪を持つ後ろ足も、鋭く尖った尾も、炎息を吐き出す凶悪な口も、人間を蹂躙するのに十分すぎるほどの凶器であった。空を飛べずとも脅威の度合いは変わらない。
事実、二足歩行であれば問題なく地上を疾駆できる二頭の竜は、翼を攻撃してきた二人の女性に猛然と襲い掛かった。
エスメはすかさず後退できたが、《雷化》の代償により両脚が炭化して使い物にならなくなったアザンカが逃げるには車椅子を一旦方向転換しなければならない。
だが、アザンカは狼狽えることなく、迫り来るワイバーン②を毅然と睨み据えた。
「今です! ロア君! ラクト君!」
巨大な土塊がワイバーン②の胴体を薙ぎ払い、アザンカの目の前を横切っていく。
高速で撃ち出された《ゴーレムハンド》の拳の上には二人の少年がいた。『軍人ロア・イーレット二世』と『やんちゃ坊主ラクト』は平時の年相応の子供らしさが鳴りをひそめ、一端の兵士らしい精悍な顔つきをしていた。
「ロアっち! ゴーレムの拳を引いて引いて! もう一発いくよ!」
「わかってる! 急かすんじゃない! 君も失敗は許されないぞ! 用意はいいか、ラクト!?」
「いつでもどうぞ!」
==聞け! 火の精霊よ! 我を監視する者よ!==
==孤独を排し、我の胸を暖めよ!==
==永久の眠りから目覚め、不正を殺せ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《フレアバースト》==
==聞け! 土の精霊よ! 我を束縛する者よ!==
==中心を保ち、我の肉体を支えよ!==
==星星の廻転を拡げ、支配を崩せ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《ゴーレムハンド》==
ラクトが発動した爆炎が、ロアが召喚した二体の《ゴーレムハンド》に絡みつく。二人が《ゴーレムハンド》の上から離脱した瞬間、炎を吸い取った《ゴーレムハンド》が溶けてマグマ化し、ワイバーン②を両手で挟んで掴み高々と振り上げた。そして――
「喰らえぇえ!」
「オイラたちの合体技!」
《偽・ゲヘナゴレム/溶岩兵》
地面に叩きつけた。出来た亀裂に燃え盛る溶岩流が流れ込み、灼熱に焦がされたワイバーン②を地中深くまで引きずり込んでいく。
ワイバーン②をやっつけた!
だが、火炎と熱波は広がり続け、延焼は留まることを知らず、瞬く間に草原を火の海へと変えていく。
急速に地表の温度が高まって結界内にいる兵士たちの額に汗が浮かぶ。
ラクトの頬にも汗が流れたが、その汗は冷たかった。
「ロアっち……、もしかしてオイラたちやらかしちゃった……?」
「たちって言うな! ぼぼぼ、僕のせいじゃないからな! 作戦を立てたのは君だからな!」
「うっわ! 二人で考えて練習した魔法なのに! そりゃないよロアっち!?」
年相応の子供らしい諍いをし始めた。
そんな少年たちに叱責の声が飛ぶ。
「うっさいわよ、そこの二人! 余計な仕事増やしてんじゃないわよ!」
少年たちと同年代なのに口調も顔つきもあか抜けたその少女は、地面を滑るようにして高速移動しながらやってきた。
少女の両脚は氷のスケート靴を履いていて、足を出した瞬間に接地した地面が氷の膜を張り彼女が滑る道を形成していく。
氷上を滑っていきながら、少女――『じゃじゃ馬娘レティア』は魔法を唱えた。
==聞け! 氷の精霊よ! 我を隔絶する者よ!==
==永遠に祈りつづけ、我が道を閉ざせ!==
==不死でありながら呼吸を止め、境界を映せ!==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《フローズンバインド》==
草木に燃え移っていく火の手を、空気さえも凍てつかせる冷気が先回りして鎮火していく。水蒸気が発生し白い霧が辺りを覆う。氷点下にまで下がった温度が冷えた先から地面を凍らせていき、少年たちが起こした火災を見事にかき消した。
凍結はさらに広範囲に拡がっていく。エスメに翼をもがれたワイバーン①の後ろ足を凍らせて身動きを封じた。
さらにレティアはワイバーン①に向かって滑走していき、目の前に氷のジャンプ台を生成してワイバーン①を飛び越す勢いで高く跳躍する。体を駒のように回転するアクセルジャンプを披露しながら宙返り。眼下にワイバーン①を見下ろして、氷属性魔法を重ねて撃ち落とす。
「紡げ! 《ヘイルバラージ/雹幕》!!」
拳大の氷の塊が豪雨のように降り注ぎ、ワイバーン①に容赦なく襲い掛かる。氷弾の雨はワイバーン①の原型さえ留めずに粉砕した。
ワイバーン①をやっつけた!
あと一匹――ワイバーン③は恐れをなして大空に逃げ帰っていく。
「リリナ、あんたの番よ!」
レティアが叫び、それを受けてリリナが風の結界から抜け出る。
横に並ぶ年老いた魔導兵は残るワイバーン③を見据えてしわがれた声で問う。
「リリナ隊長殿。逃げていくあの飛竜との距離は如何に?」
「……五秒後におよそ二百メトルに到達します」
老兵――『色爺ジャンゴ』は、よろしい、と厳かに頷くと、
「逃がせば仲間を引き連れて戻ってくるやもしれませぬ。一撃で仕留めるのです」
「はい!」
ジャンゴに師事し剣技を鍛え、ただひたすらに精進した。
部分エンチャントで《光化》した右腕でレイピアの柄を握りしめ、光属性魔法の効果をレイピアの剣先にまで浸透させていく。
消費する魔力を最小限に抑え、最大の効果を発揮する必殺剣。
ジャンゴと共に編み出したリリナの戦闘術の最適解。
「行きますッ!」
エトノフウガ族の秘奥義――《剣の極意》の一部を継承した抜刀術。
《参型・楼風破》
居合切りで光の斬撃を撃ち出した。
黄金に輝く風の刃は飛翔するワイバーン③に瞬時に追いつき追い越していった。抜刀して一秒にも満たない刹那。振り抜いた動作がそのままワイバーン③の長首を切断したかのようにしか見えなかった。
レイピアを鞘に戻し構えを解いたそのとき、落下してきたワイバーン③が地面に墜落した。
ワイバーン③をやっつけた!
「お美事! ……しかし、まだまだ目測が甘いですな。首を斬るのはよいが、ならば最も細い箇所に当てるべきでした。もちろんそこを狙ったのでしょうが、毛先ほどのズレでも遠当ての狙いは大幅に外れるもの。そこまで計算し命中率を高めなければおそらく魔王軍の幹部には通用しませんぞ」
「はい……。練習します」
悔しそうに歯噛みするリリナ。ジャンゴは褒めてくれたが技はまだまだ未完成。ジャンゴが見せてくれた本物には遠く及ばない威力だった。
傍目には完勝にしか見えない勝負であっても、余人には想像もつかない葛藤が少女の胸にはわだかまっていた。
こうして三頭のワイバーンがヴァイオラ親衛隊によって討伐された。
陣を供にしていた兵士たちは一様に歓声を上げ、最強の魔導兵たちを称えた。
「ちぇー、ボクも戦いたかったなー。あの魔物を相手にしたくらいじゃボク疲れないのにさー」
残念そうに唇を尖らせるアテアに、ヴァイオラは苦笑した。
「いや、リリナたちの実力が見られたのはいいことだ。アテアも私を心配しながら戦いになんて集中できないだろう? 彼らならきっと私を守り抜いてくれる」
「ん……。そうだね。ボクはもう前だけを見ることにするよ」
ルーノが戦いで荒れ果てた草原に《癒しの息吹》を掛けた。人体ではなく自然を治癒する極大魔法。もはや神の領域にまで届くほどの魔法力だが、当の本人も周りの誰もその凄さに気づいていない。
再び行軍を開始したヴァイオラ陣営。
ヴァイオラは最後尾に付いてくる補給車と――それとは別に一台の荷車を気に掛けた。
「アニから預かった荷物は無事だろうな?」
それに応えたのは馬上のアテアだ。
「大丈夫だよ。さっき見回ったときにちゃんと六つ、無傷で載ってたよ」
「ならいい。もし一つでも置いてきたりしたら後でどんな嫌みを言われるかわからないからな」
アニから運搬を頼まれた荷物とは六つの大きな木箱である。
中身は知らない。が、アニのことだから戦局を左右するとてつもなく重要な切り札を仕込んでいるに違いない。必ずやリームアン平原まで無事運搬しなければ。この行軍における重大ミッションの一つであった。
だが、それも程なく完遂できそうだ。
「いよいよだね。姉様」
「ああ……」
リームアン平原が見えてきた。
◆◆◆
《参型・楼風破》――!
英雄ハルウスの居合切りが空洞内に風の斬撃を奔らせた。
石畳を削り破片を宙にまき散らす。たとえ肉体がなく剣を持っていなくても、ただ素振りをするだけで魂に刻み込まれた意念が技を呼び起こす。
整然としていたかつての床は見る影もなく荒れ果てた。床だけでなく壁にも亀裂が入り、剥がれた瓦礫が至る所から降り注ぐ。今にもこの空間自体が崩落しそうである。
「アニ!? 団長!」
ハルスの呼びかけに応える声が二つ。
「心配すんな。生きてる……!」
「ハルス、剣士殿を引き留めておいてくれないか? 援護はありがたいがここでの大技は空洞を崩落させかねないのだよ」
無事を知らせる二人の返事にハルスをほうと息を吐いた。
「今はもう争っている場合じゃありません! この遺体はアニの言うとおり味方じゃありません! このままだとお二人を殺してしまう!」
骸骨はすでに自我を持っており今世への受肉を切願している。アニの体を狙い続けるかぎり骸骨の暴走は止まらないだろう。
「私は死なないよ! 事実、先の剣士殿の一撃も私への直撃がわずかに逸れた。狙ったのは占星術師のみ! 私は剣士殿と共に行くと決めたのだよ!」
再びアニを襲うケイヨス・ガンベルム。
アニは咄嗟に身を翻すと、ハルスに向かって叫んだ。
「ハルス、今すぐ逃げろ! 俺の死体を無事に手に入れられなかったら、次はおまえの体が狙われるぞ!」
「え?」
「魂の転移なんてのは闇魔法を多少かじっていれば誰にでもできる! もちろん、おまえが一番上手いだろうし間違いもないんだろうが、一旦ハルウスを現世に降ろしてしまえばもうおまえは用済みだ!」
ケイヨス・ガンベルムは相好を崩した。その顔を見て、アニは今言った言葉の確信を得る。こいつにとって英雄が復活するならば器は誰のものでもいいのだ。
「理想は君の体だよ、占星術師。ハルスのことは私もいたく気に入っている。皆が幸せになるには君が犠牲になるのが一番なのだよ」
ケイヨス・ガンベルムの剣をかわしながら逆に回し蹴りを放って反撃するアニ。顔面を狙った蹴りはケイヨス・ガンベルムの頬を掠めて血を滲ませた。
「黙ってろ! この変態ヤロー!」
「よかろう。今度こそ私と剣士殿とで君の息の根を止めてみせよう。――剣士殿! 今一度必殺剣をご披露願いたい!」
「……ちぃ!」
アニは正面のケイヨス・ガンベルムと背後にいる骸骨の双方を同時に警戒しなければならなかった。圧倒的不利な状況の中、一方だけに集中していられない。
「ア……ア……ググ……オ……ッ」
だが、骸骨が次を仕掛けてくることはなかった。
見えない何かに縛られるように骸骨はその場から動くこともできずに身を悶えさせている。
その傍らでは、ハルスが骸骨に向けて両手を伸ばしていた。
「アニ! ガンベルム団長を倒してください! そうしなければおそらく止まらない!」
「ハルス!? おまえ、何を!?」
額に珠のような汗を浮かべながらハルスは骸骨に呪文を唱えた。それは骸骨に降霊した魂を再び天に上げる呪法であった。
「ハルウスの魂はまだ僕の制御下にあります! これからハルウスの魂を天に返します! それまで団長を止めていてください!」
「ハルス……」
「英雄ハルウスは僕にとっても憧れです……。でも、アニの言うとおりだ。肉体のない復活は死者の尊厳を貶めるだけ。このまま眠らせておくべきなんです……!」
戦いの様相が変異する。
アニの肉体を手に入れる攻防から、ハルウスを昇天させるまでケイヨス・ガンベルムを止めておく戦いに切り替わる。
ハルスと骸骨が膠着しているため、奇しくも構図は一対一。
アニVSケイヨス・ガンベルム。
両者とも思わず不敵に笑った。
「結局――」
「我らの勝敗に掛かっている――ということだよ。そこをどけ。占星術師!」
「止めるなんて生温かった。おまえをここでぶっ倒す! ケイヨス・ガンベルム!」
地下迷宮の戦いはいよいよ佳境を迎える――!
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