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ネクロマンサー


 魔王軍との決戦日前日、主力となるアンバルハル王国軍は戦いの舞台となるリームアン平原に向けて進軍した。


 総帥ヴァイオラと大将アテアもその部隊の殿についていく。


 傍らにはヴァイオラ親衛隊の面々が護衛として随行する。


 王宮兵千人隊長リンキン・ナウトは前衛の先頭に位置し、全軍を牽引していた。


 主要な人員のほとんどが王都を出立し、残された者たちは戦い往く者を不安と感謝と期待の眼差しで見送った。国中の意識が東の平原へと向けられていた。


◆◆◆


 そのとき、アニは王宮の地下迷宮に足を踏み入れていた。


 本来ならヴァイオラと共に出発していなければならなかったのに、そうしなかった。できなかった。一緒に連れていくべき人物が不在であったためだ。


(ハルスが消えた……。同じくケイヨス・ガンベルムも。団長以外の護衛騎士団は全員ヴァイオラについて行ったってのに)


 この二人が示し合わせたようにいなくなった。


 考えられる可能性は一つだけだった。


(早まるな、ハルス! 英雄ハルウスを復活させたら駄目だ!)


 松明の明かりだけでは心許ない暗闇の中を全速力で駆けていく。


 遺体が安置されている封印の部屋へと急ぐ。


◆◆◆


 バルサ王家の紋章が刻まれた鋼鉄の扉に閉ざされた封印の部屋。


 その中央に置かれた台座には一つの遺体が横たわっている。


 エトノフウガ族の戦装束を着た白骨体――【英雄ハルウスの遺体】である。


 ハルスは以前この部屋を暴いたときにも同じものを見ているが、そのときは数々の罠を解除するのに集中していたので遺体そのものにはさほど注目していなかった。


 だが今、改めて見てみて感じたのは、はたしてこれは本当に英雄ハルウスの遺体なのか?――という疑念であった。


「信じられません。英雄ハルウスがアンバルハルの民じゃなかったなんて」


 ハルスの向かいで同じく台座の遺体を検めていたケイヨス・ガンベルムが苦笑混じりに応えた。


「歴史は改ざんされるものだよ。不都合な真実ではあるが、そのおかげでアンバルハルの国の威信が保たれた。【六花剣雄】の一人にアンバルハル人がいた。その事実は現代に至るまで我々の誇りであることに変わりはないのだよ」


【六花剣雄】とは、百年前の人魔大戦において活躍した六人の英雄のことである。世界を救った六人は各国の代表として持てはやされた。アンバルハルにも英雄はいた――それがケイヨス・ガンベルムの言うとおり祖国の誇りであったのに、どうやら違うらしいという見解は、子供の頃から英雄に憧れていたハルスを落胆させた。


「……僕は複雑です。この遺体が別人のものだったらいいのにと思ってしまうくらいに」


「これほど厳重に封印されていた遺体なのだよ。そのうえ、世界一の戦闘民族エトノフウガ族の戦士ともなれば【英雄ハルウスの遺体】に遜色はない。間違いなくハルウスだよ」


 そう断じられてしまうと反論の余地もない。ハルスの感情はますます複雑に絡まっていく。


「そういえば、アテア姫殿下が着ている鎧。あれはハルウスの鎧だと聞いていますけど、本物ではないのでしょうか?」


「いや、あれも本物だよ。おそらく、当時のアンバルハル国王が下賜したものだろうね。ハルウスをアンバルハル人に偽装するために。式典があればアレを着させられていたんじゃないかな」


「ハルウスはなぜそこまでアンバルハルのためにしてくれたのでしょうか?」


「さあね。ただ、エトノフウガ族には一度忠誠を誓った主には生涯仕え続けなければならないという掟があるそうだよ。このハルウスは王族かそれに近しい者に仕えていたんじゃないかな」


 我が身を犠牲にし、素性すら別人のものに書き換えられる。


 生きた証を何一つ残せぬまま、死後も人目に触れない地下深くに封印される。


 何て空虚な人生だろう。


 それを良しとするエトノフウガ族の掟には何ら共感するものがなく、ハルスは目の前に安置された名も無き遺体に対しにわかに憐憫のようなものを感じた。


 ケイヨス・ガンベルムの言葉がその感情の行き場を指し示した。


「英雄を元の姿に戻してあげよう。今の私たちにならそれができる」


「はい」


 そう。そのためにハルスたちは地下迷宮にやってきた。


 魔王軍との決戦に向けて一つでも戦力を増やしておこうという真っ当な動機からだったが、英雄の復活に立ち会えるとなるとやはり胸の昂りを抑えきれない。


 ハルスは遺体の頭から爪先まで指先で触れていく。触れた先からご利益を得られるものと信じているかのように、敬虔な信者の態度で恭しく頭を垂れながら。


「それは魂を降ろす準備かね?」


「いえ、僕の集中を高めているだけです。遺体さえあれば降霊自体は難しくないんです。ただ、降ろす位置を意識してないと失敗しそうで」


 苦々しく唇を噛んだ。


「以前もここでハルウス復活を試みましたが、あのときは魔法の発動さえうまくいかなかった。今度こそ成功させます」


「ふむ。まあ、慎重なのは結構なことだよ。あまり時間を掛けてもらいたくないが、確実性を高めるためならば仕方ないね」


 ケイヨス・ガンベルムは一歩引いた場所からしたり顔で頷いた。


「改めて訊くが、君のその《喪屍/コープスリバイバル》は《死者蘇生》とは違うのかな? 魂を遺体に降ろして死者を動かすというのは復活と呼べるものではないのかな?」


「復活は必ずしも生き返ることではありません。僕の魔法はただ死体を操るだけです。死者の意識はどこにもないんです」


 闇魔法《喪屍/コープスリバイバル》とは、ハルスがバーライオンの死体を操ったときにも使用した魔法だ。


 降霊することで生前の癖や口調などその人物ならではの動きを再現するが、操作するのはあくまで術者である。それは糸の無い操り人形のようなもの。《死者蘇生》などという奇跡には遠く及ばない低位の操作魔法でしかなかった。


「でも……このハルウスの遺体であれば、あるいは――」


 あれからハルスは研鑽を積んだ。闇魔法を極めんとアニに師事し、魔族との戦いで出た死者の体を解剖して〝死〟と〝呪い〟について知識と理解を深めた。心を冷やしてどこまでも残酷に死体を切り刻んだ。おかげで死体使いとしての素質が開花し、今やアニを越える適性を見出していた。


 死体使い――ネクロマンサー。


 現時点でのハルスの実力であれば――降霊は百発百中。十体以上の死体を同時に扱える上に、それぞれを自動人形化させることも可能。確実に成長していた。


 それに、これまで繰り返し実験してきたことでいくつか証明された理論がある。中でも無視できないものが〝魂の質量〟に関する事柄だった。


 魂の質には、生前のその人物の人としての在り方――〝人間力〟とでも言うべき存在感が色濃く反映されることがわかっている。


 後世に名を伝える偉人であればあるほど、また、たとえ無名でも世界に影響を与えた者ならば、その魂は一般人のものよりも密度が大きく凄まじい熱量を内包しているのだ。


 そして、そういった魂ほど死後も自我を持ち続け、降霊された際にも意識を取り戻すことがあるという。


 ハルスはいまだお目に掛かったことがないのだが、それはそれほど強い死者に巡り合っていないせいなのか、はたまたハルスの実力がまだ足りていないかのどちらかだろう。


 今回復活させるのは【英雄ハルウス】である。魂の強さは申し分ない。これでただの操り人形しか作れなかったとしたらやはりハルスの実力不足ということになる。


 魔王軍との最終決戦に切り札は絶対に不可欠だ。ハルスのこの魔法が戦局を覆す一手になるかもしれず、それを考えたら慎重になってもなりすぎるということはない。


「行きます」


「健闘を祈るよ」


 準備が整った。ハルスは深く息を吸い込むと、厳かに闇属性魔法の詠唱を口にした。


==聞け! 闇の精霊よ! 我を容認する者よ!==

==悪しき者 暁を求めるものよ!==

==不敗を誇り、万能を知らしめよ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《コープスリバイバル》!==


 魔法名を告げた直後、ハルウスの遺体を中心に魔法陣が展開し、部屋中を紫電が駆け抜けた。


 逆巻く風に煽られて目を開けていられない。


 遺体が淡い()()()()の膜に包まれて発光を繰り返す。この紫色の輝きこそが降霊の光であった。


「おお……! ついにハルウスが現代に蘇る……!」


「はい……! ですが、一つ気掛かりな点があります! 僕はこれまで一度も〝白骨体〟に魔法を掛けたことがない! はたして骨だけの遺体に魂は宿るものなのでしょうか……!?」


 魂を降ろす上で、〝遺体〟そのものは生前のゆかりの物としてこれ以上ないほど申し分ない触媒なのだが、白骨体が魂を定着させる器として機能するかどうかは別問題だ。


 最悪の場合、魂は降ろせても微動だにしない置物で終わる可能性がある。そのときは文字通り骨折り損になるだけだ。


 突風とも呼べる風圧が途端に収まった。にわかに訪れた静寂にハルスとケイヨス・ガンベルムの間にも緊張が走る。


 固唾を吞んでハルウスの遺体を見守っていると、カリッ、と台座を引っ掻く音がした。


 ハルウスの遺体が……骨だけの体が、指先が、動いたのだ。


 だが、指先は動いてもそれ以上の動きはない。今度は足も動いたが、やはり足の指だけだった。……いや。


「少しずつだが動く箇所が全体に広がっていないか?」


「はい。それに、降霊がこんなに長引いているのも初めてです」


 紫色の光は依然として輝き続けている。その光が白骨体に吸収されていくにつれて可動域が増しているように見えた。


 光の収束速度を見るに、完全に落ち着くまであと五分は掛かりそうだった。


「五分後には全身が動くようになる。ハルウスが復活する……」


 本当にあの英雄ハルウスが復活するのか。ハルスは自身の魔法なのに……いやだからこそ、信じられない思いでいっぱいになる。いま自分は確実に歴史の転換点の中心に身を置いている。


(こんな僕なんかが……。こんな僕でも……英雄になれる……!)


 かつてアニが言ってくれた。


〝汚れ仕事があって初めて実る偉業もある〟


 本当だった。闇魔法だからと毛嫌いしていたのに、自分にしかない特性はついにハルスを英雄の座にまで押し上げようとしていた。


(ガレロ、見ていてくれ……! 僕は僕なりのやり方で君に追いついてみせる……!)


 しかしそのとき、ハルスの偉業の邪魔をする無粋な音が封印の部屋に響いた。


 鋼鉄の扉を蹴破って現れたのは占星術師アニだった。


「ハルス! 今すぐ魔法を止めろ!」



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