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制圧


 ルゥアムは目の前の光景を信じられない思いで眺めていた。


 屈強な男たちが小柄な王女に殺到する。


 格闘が得意な男の拳は岩をも砕き、大型の象すら素手で討伐したことがある。


 しかし、


「おら! おらあ! くそう! おらあぁああああ!」


「ボクのオーラは金剛石よりも硬いんだ。そろそろ手を引っ込めたほうがよくないかな? もう血まみれだよ? これ以上やったら本当に使い物にならなくなるよ?」


 剣技を極めた男は音もなく抜刀し、人ごみの中でさえ誰にも気づかれることなく標的を斬殺することができる達人だ。


 しかし、


「いくら速くってもさ、刃が届かないんじゃ意味ないよね。その子、ボクを斬りたくないって泣いてるよ。折れる前に鞘に戻してあげたほうがいいんじゃないかな」


 どんなに遠い場所からでも的を撃ち抜く飛鏢使い。勁力を込めた鏢は人体を粉々に吹き飛ばす。


 しかし、


「あ、ごめん! ボクに飛び道具は効かないんだ。ボクに恐れをなして返っていっちゃうから。数倍の威力で戻ってくるから気を付けて……って、あー、間に合わなかったか」


 アテアは無防備に立っているだけ。


 なのに、立ち向かっていった男たちのほうが再起不能の大怪我を負って吹き飛ばされていく。一人一人が裏社会で名の通った暗殺者で歴戦の手練れであるのに、アテアには手傷一つ負わせられない。悪夢のような光景だった。


 全体の半数が倒された時点で次に続く者がいなくなった。


 集団の一人が声を震わせて全員の心情を代弁した。


「バ、バケモノ……!!」


「違うったら! ボクは勇者で正義の味方さ!」


 眼光が星々のきらめきのように光り輝く。質量を伴った輝きが外界にまで侵食し、空気に触れた瞬間に弾けて爆発した。どこまでも無邪気に周囲を威圧する。


 ただ在るだけで場を蹂躙する暴力。


 ヒトはそれを災害と呼ぶ。


「どうする気? 大人しく投降するならボクも引き下がるけど?」


 暗殺者の一人が声を震わせて反論した。


「……生憎と、我々にはもう後戻りができない。雇い主に付いていくほかないのだ。是が非でも我々は計画を成し遂げねばならん」


「占星術師君を殺すことだっけ? 何度だって言うよ。そんなこと絶対に無理だし、ボクがそれを許さない」


「掛かれ!」


 一斉に飛び掛かった。


 暗殺者は本来闇に紛れ、人目を忍び、標的に感づかれることなく暗殺を遂行する者たちだ。こうした正面からの斬り合いはどちらかと言えば不得手であり、集団戦法も慣れていない。数を頼みにする戦闘は言うなれば最終手段であった。


 そんな捨て身の特攻は、相手が同じ人間であるならいざ知らず、相対するものが勇者とあっては自殺行為も同然で――


 わかっている。わかっていてなお一か八かの賭けに出るしかなかった。


 歴戦の猛者たちだからこそ理解する。


 アレに単身挑んで勝てるはずがない、と。


 万に一つの可能性に賭けるしかもう道はない、と。


 彼らは絶望的なまでに理解していたのである。


「――――ハハッ!」


 勇者の満面に笑みが咲く。一切の悪意なく、どこまでも無邪気に。


 大きな瞳が一層輝きを放ち、襲い掛かってくる暗殺者たちを強く眩い赫耀の中にまとめて飲み込んでいく。


 光が爆ぜた。倉庫内が太陽に照らされたかのように白に塗り潰される。


 暴力的な光のシャワーが駆け抜けていった後、意識を飛ばした暗殺者たちが次々に倒れていった。


 ただ一人、ヴァイオラの背後で毒針を構えていたルゥアムだけが呆然自失の態で立ち尽くした。


「勝負あったね!」


 アテアが笑顔でそう宣言すると、ルゥアムの手にある毒針が熱で溶かされたようにぐにゃりと曲がった。ヤケドしそうなほど高熱になった得物を思わず手放す。


 戸惑う暇もあらばこそ、アテアがいつの間にか息が掛かりそうな距離まで詰めており、ルゥアムは思わず悲鳴を上げた。


「ひっ……!?」


「姉様を返してもらうね!」


 その瞬間、ヴァイオラの両手を拘束していた縄が自然と解かれた。


 ルゥアムはアテアの瞳に畏怖を抱き、「神様……」と呟きながらその場に膝を突いた。失禁していることにさえ気がつかず、アテアを恍惚の眼差しで見上げていた。


 こうして暗殺者集団は完全に制圧されたのだった。


「さっ、姉様! 帰ろっ!」


◆◆◆


 遅れてやって来た護衛騎士団が暗殺者集団を拘束していく。


「陛下……、王女殿下もよくぞご無事で」


「あとは任せたよ。ガンベルムさん!」


「……」


 ケイヨス・ガンベルムが恭しく頭を垂れる。アテアとヴァイオラは暢気に徒歩で王宮に帰っていく。


 護衛も付けず不用心な――などと心配する人間はもはやこのアンバルハルにはいない。どんなに堅牢な王城よりもアテアがそばにいるほうが遥かに安全なのだから。


「……」


 ヴァイオラはアテアの覚醒にあらためて慄いていた。


 自分の家族が、妹が、順調に人間離れしていっている。しまいには神的と言えるまで超越してしまった。


 正直、どのように接すればいいのかわからない。


「姉様と二人きりだなんて久しぶり! えへへ!」


 そんなヴァイオラの心情など知らぬかのように、アテアが無邪気に腕に絡みついてきた。


「お、おい、アテア……」


「あはは! なんだか昔に戻ったみたいだね!」


 姉妹で何の気兼ねなく町中を散策できたのは幼少期のみ。ヴァイオラは成人を迎えた頃から国政に参加するようになり、四六時中国務に走り回っていた。アテアはそんな姉を誇らしく思うのと同時に寂しい気持ちで眺めていた。


 やっと追いついた。それがヴァイオラすら知らないアテアの偽らざる本音であった。


 そして――、……少しだけ追い抜いてしまったようだ。


「ボク、バケモノなんだってさ」


 先ほど、暗殺者集団のひとりが言った言葉だ。笑顔でそのことを蒸し返すアテアの瞳には一片たりとも陰りがない。


 なのに、ヴァイオラの目にはアテアの姿が悲しげに映っていた。


「おまえは勇者だ。バケモノなんかじゃない」


 咄嗟に否定したが、アテアはからっとして、


「別にいいよ。誰にバケモノ扱いされたって、ボク、全然気にならないし。むしろ、それだけ恐れられるってことは魔王軍と渡り合えるくらい強いってことの証明でしょ? 今はまだ失いたくない力さ」


 でも――、とにわかにアテアの声に苦りが混じる。


「戦いが終わってもボクはずっと勇者のままなのかな?」


「それは……」


 考えたこともなかった。神の導きにより勇者化した者たちは、倒すべき相手が不在となった場合その矛先をどこへ向ければいいのか。


 神が放っておくとは思えない。なぜならば、脅威を取り除いた世界で次の脅威になり得るのが勇者たちそのものだからだ。彼らが神に叛逆しないとも限らない。おそらく勇者の力を失いせしめ、元の人間に戻すことだろう。


 しかし、懸念もある。前回の人魔大戦が終結したときは、生き残った勇者たちはそのまま勇者として一生を送ったという記録があるのだ。


 英雄ハルウスがいい例だ。彼は魔王を討伐した後も、魔王軍の生き残りを狩りながらアンバルハル復興に尽力した。そして、生涯を閉じるそのときまで戦いは続いたらしい。


 今回の戦いが終わってもアテアが勇者で居続ける可能性は大いにある。アテアはそのことに早いうちから気づいていたようだ。


「できれば普通の女の子に戻りたかったかな」


 自嘲するその笑みには諦めの感情が貼りついていた。


 アテアはもう覚悟しているのだ。勇者として一生を過ごすことも、おそらくは女としての幸せを手に入れることもできないであろうことを。


 恋というものさえまだ知らないはずなのに。


 夢想する相手が誰であるか、姉であるヴァイオラにはすぐに察しがついてしまった。


「アテア……」


 どんな慰めの言葉も掛けられない。掛ける資格すらない。国を焚きつけて勇者を戦場へと送り出したのは他でもないヴァイオラなのだから。


 だから、掛ける言葉は激励の文句しかありえなかった。


「勝とう。勝って、私たちがこの国の礎になろう」


「うん! もちろんさ!」


 アテアの短い髪をくしゃっと撫でつけると「姉様、くすぐったい!」アテアは無邪気に笑った。ヴァイオラも穏やかに笑うことができた。


 せめて一緒の道を辿ろう――それがヴァイオラが志した覚悟であった。


◆◆◆


 エレサリサ大臣の屋敷を襲撃した。


 やはりというべきか、エレサリサ大臣のそばには暗殺者一味の刺客が一人いた。


「く、曲者っ!?」


「殺し屋に言われたくねえよ!」


 強化した肉体で正面から捻じ伏せる。暗器が得意らしいそいつは、袖に隠していた投げナイフを手から放す間もなく床に沈んだ。


 エレサリサ大臣は俺の登場に慌てふためきながら壁際まで飛び退った。


「き、貴様っ、こんなことをして只で済むと思っておるのか!? へ、陛下の身柄がどうなってもいいのか!?」


「問い質すまでもなくゲロったな。やっぱりあんたが黒幕だったか」


「ちっ! この者を見られたからには誤魔化しが利かぬことくらいわかるわ!」


 そして、ふん、と鼻を鳴らすとエレサリサ大臣は直ちに乱れた呼吸を落ち着かせた。


「……それに、貴様に知られたくらいで私の地位は揺るがぬ。こいつら暗殺者どもをこの国に招き入れたのはクロード・バルティウスだ。奴にすべての責任を押し付ければ何とでもなる」


「俺がそれを黙って見過ごすとでも?」


「そのとおりだ! 貴様がなぜここに来たのかも読めているぞ!」


 くつくつ、と肩を震わせる。笑いながらもエレサリサ大臣は壁に背を付けてゆっくりと移動した。


「占星術師よ。貴様が私の許へ来たということは陛下の居場所がわからないのではないか? いくら貴様に未来予知の才覚があろうとも、失せ物探しは専門外であったようだな。私に危害を加えれば陛下の身がどうなるか、わかっていような? くっくっく」


「あんたが無事ならヴァイオラも無事……っていう保証はないだろ」


「そうだろうとも。だが、私を殺せば少なくとも陛下の死は免れない。そのように命じてあるからな。貴様は私の言うとおりにするしかないのだ!」


 部屋の端まで行き着くと、エレサリサ大臣は天井から吊るされた縄を引っ張った。


「貴様のことだ。どうせ屋敷にいる使用人をすべて魔法で眠らせたのだろうが」


 その縄はカラクリ仕掛けの起動装置だったらしく、まもなく大音量の鐘の音が屋敷の外にまで響き渡った。


「前回の反省を踏まえてな。屋敷の中だけでなく、周辺の家々にも警備兵を常駐させておいたのだ。この鐘を鳴らすと一分以内に屋敷を取り囲む手はずになっている。貴様はもう逃げられん!」


「……ハァ。手が込んでいる割に大した仕掛けじゃないな。今さら兵士が十や二十増えたところで俺を止められると本気で思ってんのか?」


「五十人だ! しかも、武術大会において上位の成績を収めた者だけを集めて作った特殊部隊! いくら貴様でも今度こそ終わりだ!」


 それは少々厄介かもしれん。リンキン・ナウトほどでないにしろそれに近しい実力者が五十人もいたのではいくら俺でも歯が立たない。


 ま、こっちには戦う気なんてさらさらないけどな。


「いくつか誤解があるようだから言っておく。俺はあんたからヴァイオラの居場所を聞き出したくて来たわけじゃない。ヴァイオラの捜索はアテアに任せてある」


「ハッ! 王女が捜索したから何だというんだ!?」


「おい、舐めるなよ? アテアの嗅覚は犬っころよりも遥かに優れている。ヴァイオラの居場所なんざ王都の中なら一瞬で突き止めちまうさ」


「う、嘘を言うな! そんな人間がいて堪るものか!」


「忘れたのかよ。アテアは人間じゃない。勇者だ」


 大臣ともなればアテアの姿を日頃からよく目にするはずで、そういう者ほどアテアが勇者であることを失念しがちであった。怪力があるのは承知していても、特殊能力までは理解できないようだ。


「俺がここに来たのはあんたを拘束するためだ。もう好き勝手されるのは懲り懲りだし、ヴァイオラを巻き込んだ以上内々で処理するわけにもいかなくなった。あんた自身に責任を取らせる必要がある。ほら、行くぞ。あんたを王宮まで連行する」


「ふ、ふざけるな! 兵士たちの囲みを突破できるものか!」


「だから、俺には戦う気はねえんだよ。それに、空を跳べばいくら囲まれたって意味ないんだし」


「そ、空を……飛ぶ?」


 エレサリサ大臣は当惑した。


 その隙を突くようにして、第三者の声が割って入ってきた。


「お待ちくだされ。内々でもみ消すこと叶わずとも騒ぎを広めていいわけではありません。アニ殿、大臣を抱えて跳ぶというような目立つ行為は慎んでいただきますよう」


「ん……、それもそうだな。あんたの言うとおりにしよう」


「聞き入れてくださり感謝いたす」


 老齢を感じさせるしわがれたその声は不思議とよく通った。壁越しにではなく、目の前から発されているかのように鮮明であるのに、声の主の姿はどこにもない。


「重ねて、僭越ですが差し出口を。クロード・バルティウス氏の邸宅に潜入し、本人の身柄を拘束しました。先ほど大臣が口にした策謀はもはや成り立たぬかと」


「だとさ。クロード共々、あんたは罪人として捕らえられる」


 だが、エレサリサ大臣は微笑を崩さない。


「ふん。やつが捕らわれたのなら好都合。私の身代わりになるにしても、所在が不明では罪を被せることもできんからな」


「このようなお姿になっても、ですかな?」


 そのとき、ごろん、と床に何かが転がった。


 両手で抱えるほどの大きさの物体はエレサリサ大臣を見上げる角度で止まった。


 クロード・バルティウスの首だった。


「ひゃあああっ!?」


 腰を抜かして尻もちをつくエレサリサ大臣。第三の声が平然と続けた。


「御覧のとおり、クロード・バルティウス氏はもう生きておりません。死人に口なしとは申せども、生きていなければ新たな冤罪を掛けることは難しい。逆に、此度の謀反を彼が起こしたと自白させることもできなくなりました。トカゲの尻尾切りも尻尾がなければできますまい」


 ひゃあひゃあ喚いたエレサリサ大臣だったが、やがて身の破滅を避けられないことを察したのか気絶した。


 にわかに静まり返った室内に、音もなく声の主が姿を現した。


「大臣はこのまま縛り上げて警備兵に確保させましょう」


「……兵士が屋敷を囲んでるって話だが?」


「某が事前に全員の意識を刈り取っておきました。皆、明日の朝まで目が覚めることはないでしょう」


「さすが。仕事が早いな、エトノフウガは」


「恐縮です。……が、呼ぶのなら一族の名ではなく『ジャンゴ』とお呼びくだされ」


 ヴァイオラ親衛隊の一人、〝色爺ジャンゴ〟――


 色爺というのは『色男』的な意味合いじゃない。色情、色欲……つまり女にだらしないジジイって意味で俺が名付けた。


 世を忍ぶ仮の姿。しかしてその実態は――


「エトノフウガ族一の剣士ゴウケツ」


「いや、じゃからわしのことは『ジャンゴ』と呼べと言うておるんじゃ!」


 白髭を蓄えた皺だらけの顔。杖を突いていなければ曲がった腰を支えることさえできない老体。見るからに老い先短いとわかるその姿からは、先ほどのような威圧感は微塵も感じられなかった。


 が、それすら擬態だ。実際は俺やリンキン・ナウトでは足元にも及ばないほどの傑人。


 今は与えられた役割――『色爺ジャンゴ』という皮を被っているので恰好や口調、性格までも仮の姿に寄せている。


「それにしても、あんたみたいな人を味方に引き込めたのは本当に幸運だった。こういう事態が起きたときは特にそう思う」


「元からアンバルハルに漂う不穏の気配を探っておったんじゃ。おぬしがその発生源だと気づき、そばで見張るなら協力したほうが都合がええと考えた。ただそれだけよ」


「ここまで働いてくれておいてか?」


 諜報や工作のみならず、ヴァイオラ親衛隊を内側から支えてもくれている。


 俺を監視するだけなら不必要な行動だ。


 ジャンゴは「フフッ」と相好を崩した。


「ヴァイオラ陛下やアテア王女、リリナ隊長殿……どのお方も気に入っておる。わしみたいな老いぼれからすれば皆孫のように可愛い。苦しまれたり悩まれたりするお姿はなるべく見たくないんじゃよ。じゃから、まあ、薄汚い大人を排除するのも吝かでないというか……のう?」


「結局女のためじゃねえか。色爺って名付けたのは俺だが、間違ってなかったな」


「むむっ」


 ジャンゴは不満そうな顔はするものの反論してこなかった。自覚はあるらしい。


「ふん。おぬしにとっても都合がいいじゃろ」


「まあな。――で、クロードを殺したのもあんたか?」


 実は、これには少し驚いていた。


 ジャンゴはエトノフウガ族の掟には逆らえない。主の命に逆らったり、武人でない一般人を殺害したりするような真似だけはしないと思っていたのに。


 ジャンゴは首を左右に振った。


「わしではない。殺ったのはリンキン・ナウト殿じゃ」


「あいつが?」


「わしよりも先にバルティウス邸に押し入ったリンキン・ナウト殿は、氏の弁明に耳を貸すことなく容赦なく首を刎ねた。おぬしへの忠誠のつもりかもしれんが、なかなかどうして空恐ろしいものを感じたわい」


 リンキン・ナウトは今、クロード・バルティウスの死を強盗の仕業に見せ掛ける偽装の真っ最中らしい。


 確かに恐い男だ。


 が、味方でいてくれるうちは心強い。ジャンゴと違い汚れ仕事も率先してこなしてくれるのは俺としてもありがたい。


「エレサリサ大臣には氏の首が最も効果的だろうと判断して持ってきた。これでもう悪巧みする気力も消えてなくなったことじゃろう」


 エレサリサ大臣は白目を剥いて口から泡を吹いている。心がぽっきり折られたと願いたいところだが。


「どうだかな。こういう輩はなかなかしぶといぜ?」


「だとしてもじゃ……、魔王軍との決戦を邪魔されることはもうなかろう」


「ああ……」


 あと一つ残った懸念を取り払うことさえできれば。


 ようやく〝最終決戦〟にコマを進められる。


「リンキン・ナウト殿から伝言じゃ。――ケイヨス・ガンベルムに気を付けろ、だそうじゃ。おぬしの命を狙っているようじゃぞ? リンキン・ナウト殿にもケイヨス・ガンベルム殿からおぬしの殺害依頼があったそうじゃ」


「マジかよ……」


 クロード・バルティウスだけでなくケイヨス・ガンベルムからも同時に依頼されていたとは。どんだけ俺を殺したいんだ。こいつらは。


「何じゃ? 言う割に大して驚いておらぬようじゃな?」


「ケイヨス・ガンベルムに煙たがられていたのはずっと前から知っていたからな。リンキン・ナウトを仲間に引き入れてすぐのとき、あいつはリンキン・ナウトに俺を殺せと命じたらしい。それから俺はあいつをずっと警戒してきた」


 今さらだが、セルティ・バルティウスが魔法の指輪を持っていたことに違和感を覚えた。


 魔法の指輪は、俺自ら魔法大国ラクン・アナの国境まで行って買い付けを行っている。当然、管理も保管もすべて俺が一任している。別ルートで入手しないかぎりセルティに入手できるはずがない。


 ケイヨス・ガンベルムがこっそりくすねて渡していたと考えると実にしっくりくるのだ。タイミング的に見ても間違いないだろう。


「ずいぶん嫌われておるようじゃのう」


「まったくな。その理由もいまだにわからないままだ」


「同族嫌悪かもしれんのう。おぬしら、どことなく似ておるし」


「……」


 どこが? 今の発言は殺意を向けられるよりも頭にきた。


 俺をあんな野郎と一緒にするな。


「とはいえ、このまま放っておくわけにもいかんじゃろう。戦場では後方から背中を撃たれるやもしれん。最終決戦までにケイヨス・ガンベルム殿との因縁を清算しておくべきじゃな」


「ああ。わかっている」


 心置きなく妹と遊ぶためにも。


 ケイヨス・ガンベルム。


 あいつとの対決は避けられない。



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