千人隊長リンキン・ナウト
「これならどう!? 魔法ならあなたにも通じるはずです!」
振り返ると、セルティが中指にはめた魔法の指輪をかざし照準を俺に定めていた。
訓練の賜物か、ほぼ無意識にセルティが編んだ魔法を瞬時に分析していた。
あれは《ヒートボール》――《ファイアーボール》の上位互換で、高位に位置する人撃魔法。爆撃の威力は《ファイアーボール》より数段高く、そのうえ炎がまとわりついて対象を燃やし尽くす効果がある。ゲームでは、魔法を受けたあと【状態異常】となり、ターンが回ってくるごとに《残り火》がHPを削っていく。
そんなもんをこんな狭い地下牢でぶっ放せばどうなるか。
まず間違いなくここは灼熱の海となり、たとえ直撃を免れても《残り火》に全身が焼かれることになる。
同程度の魔法で相殺しようとすれば衝撃の余波で地下牢が崩落する恐れがある。それに、拡散される熱波はどちらにしろ止められない。
あらゆる可能性を思案した結果、セルティに撃たせないことだけがこの場を無事に切り抜けられる唯一の道であった。
「馬鹿っ、よせ! おまえも死ぬぞ!?」
「覚悟の上ですわ! セバーキンの仇を討って、わたくしも死ぬぅ!」
夢見がちな十五の小娘の覚悟など、想像力が足りていないだけの単なる捨て鉢でしかない。
説得は不可能。
なら、力づくで止めるだけ。
セルティを殺してでも――
「……っ」
セルティの幼い顔つきを見て思わず体が固まってしまう。
瞬間――、同じ年頃のむかつく顔が脳裏にちらついた。
俺が最も苦手とするアイツの顔が……
「御免」
「え?」
その呟きは俺とセルティどちらの口から洩れたものだったか。
気づいたときにはもうリンキン・ナウトがセルティの横を駆け抜け、すれ違いざまに抜き放った剣を鞘に納めているところだった。
セルティの体が崩れ落ちる。
両断された上半身と下半身が前後逆方向に倒れた。
石畳の地面に真っ赤な血液がドクドクとあふれて広がっていく。
胴体を真っ二つにされた死体を前にして、俺は思わずよろめいてしまった。
「あ……あ……」
「危ないところでしたな。一刻を争うこのときに、子供の復讐ごっこに付き合っている暇はありません」
「どうして……」
「はい?」
「どうして殺した!? こいつはまだ子供だったんだぞ!?」
リンキン・ナウトなら今の一瞬でセルティの意識を刈り取るだけで事を収めることもできたはず。最悪、指輪を嵌めた中指、あるいは腕ごと切り落とすという選択肢もあったのに。
他にも止めようはあった。わざわざ殺す必要はなかった。
激昂する俺に、リンキン・ナウトは不思議なものを見るかのように目を細めた。
「はて。これは異なことを仰いますな。占星術師殿こそ、相手が子供だからといって手心を加えるような真似はしないものと思っておりましたが」
「それは……」
「それに彼女、セルティ・バルティウス様はただの子供ではありません。十五という齢でありながら王立アカデミーに飛び級で入学するほどの才女です。権謀術数にも長けており、実際に占星術師殿をこの地下牢に閉じ込めるよう手配したのがセルティお嬢様でした。並々ならぬ知力と行動力。そして、強い憎悪を抱えた彼女を生かしておけば、再びあなたの命を狙いにくるでしょう」
「……」
「かかずらっている暇など今のあなたにはないはずです。この場で殺しておくことがすべてにおいて最善です。私はそう判断しました」
「……わかった。もういい。わかった。……あんたの言うことが全面的に正しい」
息を整え、動揺を鎮める。脳裏にちらついた顔もたちまちのうちに振り払った。
リンキン・ナウトの言うとおりだ。こんな脇役にいちいちかかずらっている暇はない。
邪魔なら排除するだけ。これまでもそうしてきたはずだ。
シバキ――セバーキン・ヒュンポス。やつを殺したのだって同じ理由からだった。
相手が少女だからといって手を抜くのは間違っている。それがシバキの縁者だというのならなおさら半端をしてはならない。残忍を極めるつもりならきっちりと務め上げろ。俺は密かに自省する。
リンキン・ナウトは、それに、と何気なく付け加えた。
「私の主はクロード・バルティウス氏でもなければこのセルティお嬢様でもありません。無論、アンバルハル王国王族バルサ家でも、祖国ダカルマイルの法王ウダイト・ゼン・マ・イールでもない。
――あなたです。占星術師アニ殿。あなたに身命を捧げると誓った。あの日の誓いに嘘偽りはありません」
真っ直ぐな視線に、俺は思わず苦笑してしまった。
そう。リンキン・ナウトはずっと俺の味方だった。
このゲーム世界に取り込まれた当初から――ずっと。
まず真っ先に、仲間に、と口説き落としたのがこのリンキン・ナウトだった。
リンキン・ナウトの生い立ちはゲーム本編で軽く語られる。
彼は砂漠の国【西邦ダカルマイル】出身で、若いときにアンバルハルに送り込まれたスパイだった。
本国の指令どおり着実に階級を上げてアンバルハルの中枢に潜り込んだリンキン・ナウトだったが、その成果に特に喜びを見出すわけでもなく、抜き取った情報が本国で役に立ったという実感もなかった。
それもそのはず。魔王軍が復活するまでアンバルハルは農業に特化したのどかな国でしかなかった。脅威にならない国に対して諜報も何もあったものではない。形だけのスパイ活動に人生を賭すほどの価値があったのかどうか。彼はずっと疑問を抱えていた。
第一章最終決戦後。そのエピローグ時に、魔王軍に囚われ殺される際にこのバックボーンがさらりと紹介される。
リンキン・ナウトは今わの際に一言「何一つ面白味のない人生だった」とこぼして退場していくのだ。
俺はこの情報からリンキン・ナウトの正体を占星術で看破したように見せ、迫る人魔大戦でおまえの存在価値を教えてやる、と説いた。俺にも懐疑的だったリンキン・ナウトはそれでも現状よりはマシだと思ったらしく、仕える相手を鞍替えしたのだ。
リンキン・ナウトには王宮内部の動きを監視してもらい、俺と敵対しそうな奴がいればその都度報告するように命じていた。
もっとも、俺の器量を試したいとも考えていたこいつは、無条件に俺の味方をしてくれていたわけじゃない。クロードから暗殺依頼があれば保身も考慮して本気で俺を殺そうともしたし、知り得た情報を積極的に報告しに来てくれた試しもない。
自分を従える人間がこの程度の修羅場で退場するわけがない、というはた迷惑な思想で試してくるのは、それだけ彼が誰にも心を開いていないことの証でもあった。
しかし、先の試練を乗り越えたことで俺の価値はクロードやセルティよりも上に上がったようだ。
そしてリンキン・ナウトは今、セルティを殺害することでその忠誠を見せつけた。
ついでに、日和っているのはおまえだ、と詰ることも忘れずに。
ああ、……おかげで目が覚めた。
「セルティお嬢様の遺体はあとで私の部下に片づけさせます。それよりも、今は陛下の救出が最優先です。どうかお急ぎを」
「わかってる。――出るぞ。リンキン・ナウト」
「御意」
俺は最後にセルティの遺体をその目にしっかりと焼き付けた。
ゲーム世界のキャラクターだと自分に言い聞かせる。
俺は――この〝アニ〟という役割をロールプレイングしていくことを改めて決意した。
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