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悪徳神父と背徳シスター


 ベリベラ・ベルは長椅子に座ったまま、男が出て行った扉をじっと眺めた。


 戻ってくる気配がないとわかると、ふう、と息を吐き、無造作にフードを取る。燃えるような赤毛が肩口まで降りてきて、それを手ぐしで乱暴に梳いた。


 アニに見せていた血色ある表情が、寝起きのような覇気のない顔つきに変わる。


 無気力でいて、しかしどことなくくたびれた色気をかもし出す。


「……相変わらず蒸しますね」


 媚薬効果のある香を焚いていた。嗅いだだけで劣情を催すというマジックアイテムだ。蒸し暑さは発情に伴う体温上昇のせいである。


 修道服の脇を閉じていたボタンをすべて外し、スリットから美脚を露わにした。修道服にはありえない機能性、聖職者らしからぬ扇情的なデザイン。ベリベラが自分で仕立てた勝負服だった。


 スリットの隙間から指をさし入れ、昂ぶった体をひとり慰める。


「――――ッッッ、…………ふう」


 気だるげに体を長椅子に横たえたとき、礼拝堂の扉がバンッと乱暴に開いた。


「おおっ神よ! 香の匂いがしたので来てみたら案の定ですよ! おおっ神よ!」


 カソック姿の中年男が入ってきた。


 芝居がかった台詞に自分で噴きだし、いっひっひっ、と笑う。


 第十三教会の神父【サンポー・マックィン】


 酒瓶を片手に、赤ら顔をベリベラに向けてきた。


「まーた男を咥え込んだのですか? シスター・ベリベラ」


「……そういう神父さまもまた飽きずに毒酒漬けですか」


「もーちろんです! これは生命の水! 呑んでないと死んじゃいます、私!」


 ラクン・アナ産の酒精は度数が高く味と匂いがきついのが特徴で、【毒酒】という異称で呼ばれている。サンポー神父は毒酒をラッパ飲みし、鼻を曲げるほどの酒臭い息を豪快に吐き出した。


 ベリベラが不快そうに眉をひそめても何ら気にすることなく近づいていく。


「その男癖、いい加減直してくれませんかねえ? あなたの評判ガタ落ちですよお? 素材は良いのにお股が緩いって」


「最悪ですね、神父さま。では、試してみますか? 天にも昇るような快楽を味わわせて差し上げますよ」


「わーお、ご勘弁を! そのままポックリ逝かせちゃうのがあなたでしょう。その妙技で今まで何人の男を昇天させてきたのですか?」


「数えたことがありません」


「ビッチ! いやいや素晴らしい! 事後処理まで考えてもらえるとなお良し! いえね? お掃除をするこっちの身にもなってほしいのですよ。臭いを消すのがもー大変で大変で」


「酒臭い人に言われたくありません」


「それで? シスターの毒牙、あーいえいえ! シスターの愛を一身に受けた幸せ者はどこのどいつです? ……んー? 死体は? 見当たりませんが?」


 ベリベラが座る長椅子をざっと見渡す。椅子の下まで覗き込むと、ベリベラはすぐさまスリットを閉じて身嗜みを整えた。


「おやおや? おかしいですね。いつもだったらシスターのあの強烈な臭いが漂っているというのに。……スンスン。いや、微かに臭いますねえ?」


「最悪です、神父さま」


「隠し立ては困りますよぉ。後片付けを引き受ける代わりに遺品の回収をこちらに任せてもらう――そういう約束じゃないですか?」


「……いたしておりませんもの」


「はい?」


「彼、魅了する前に出て行きました」


「ほ? ほっほう! それはそれは! レアマジックアイテム【淫靡の香】を焚き、なおかつシスターの色香をもろに受け、それでも正気を保っていられるとは! 相手はどんな聖人君子だったのですかねえ!? それとも、その方は男色の気があったのでしょうか。だったら、私がお相手したかったなあ! おヒゲを蓄えたおじさまが大好物ですよ私はっ!」


「残念ながらお若い方でした」


「それはそれで大好きですよお! カワイイお尻を撫で回したいですねえ! ありとあらゆるモノを突っ込んでえ! 許しを乞うその表情がまた……いっひっひっひ!」


「……わたくし以上に男性の敵だと思います、神父さま」


「愛ゆえに、ですよお! 愛があればすべてが許されるのですよ! あなただってそうでしょう、シスター・ベリベラ? 男性を愛するあまり生気すら吸い取ってしまう淫魔。男好きの極致とはこうあるべきです!」


「褒められているようには聞こえませんね。……ですがまあ、そのとおりです」


 ぺろり、と下唇を舐める。


 自身の異常性愛には気づいている。相手を殺し尽くすほどの行為でないと達せないというもどかしさ。それもいまや中毒となってしまっている。


 組み伏した男の快楽と恐怖に歪んだ顔ときたら……


(……ああ、先ほどの殿方は一体どのような表情を見せてくださるでしょうか)


 ベリベラは想像し、密かに太股を擦りあわせた。


「それはそうと獲物を逃してしまったのは痛いですねえ」


「……思えば、このような事態は初めてです。失敗したのも、気を遣れなかったのも……」


「あのですねえ、イクイケないはともかく、このことが公になったら厄介ですよ。天下の教会とはいえ王宮に目を付けられると面倒です。私たちの悪事がバレたら懲戒どころじゃ済まされません! その殿方は一体どこのどいつです? 探し出して、えい、ってしなければ!」


「さあ、知りません。旅人のようでしたが」


「だ、か、らっ! そういう下調べはきっちりしてくださいよぉ! 後片付けするのは私なんですからあ! 前に貴族の殿方を腹上死させちゃったじゃないですか! あれ、揉み消すの大変だったんですよ! そこら辺わかってます!?」


「? その件でしたら、『婦女暴行の末に』という不名誉な死を隠蔽する代わりにご遺族から口止め料をふんだくっていませんでしたか?」


「はて? そうでしたっけぇ? いっひっひ」


「問題ないのでは? これまでも見逃されてきました」


 取り逃がしたのは初めてだが、教会内部では悪行自体が周知の事実だ。


「きっと神様もお許しになります」


「そうですねえ。なんせここは第十三地区。悪い噂が立ったところで痛くも痒くもありません。ですが、シスター・ベリベラ。少しは自重してくださいな」


「善処いたします、神父さま」



 悪徳神父、サンポー・マックィン。

 背徳シスター、ベリベラ・ベル。



 ここは泣く子も黙る第十三教会地区。


『壁沿い』の教会に派遣された神父とシスターがまともだった例は一度もない。


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