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風の策略


 リンキン・ナウトは今、俺を本気で殺そうとしている。


 誰の命令かは知らないが、今も見張りがついていてそいつには逆らえないらしい。


 剣を振り回しながらリンキン・ナウトが挑発してきた。


「さあ、どうしました!? 防戦一方ですぞ! その両腕に巻かれた包帯は飾りですかな!?」


「てめっ、大声で言うんじゃねえっての!」


 包帯の下の両腕は、攻撃魔法をエンチャントしすぎたせいで肌も肉もボロボロだった。少なくともヴァイオラには見せたくなくて包帯で隠しているが、リンキン・ナウトが指摘するとおりこの両腕は今や殺傷能力の高い凶器でもあった。


 あえて隠しているものを暴露されては堪らない。かといって、すでに酷使しているこの両腕をこれ以上犠牲にするつもりもなかった。使いどころはこの先においても限られてくるだろう。こんなつまらない揉め事に切り札は使えない。


 それに――、リンキン・ナウトを見張っているという謎の人物にも見せるわけにいかなかった。


 リンキン・ナウトの攻撃をいなしながら、見張っているやつを倒す――それしかない!


「――紡げ、《空間分析/アナリシス》」


 半径一キロ圏内に五感を飛ばす。


 瞬時に地形や障害物、周辺の人間の数と動きをすべて観測する。


 リンキン・ナウトが意識を向けた方角にいる人間――中でも、物陰に半身を隠してこちらを窺っている男を捕捉する。明らかに怪しい。おそらくこいつがリンキン・ナウトに指示を出した男だろう。バルティウス本人か、その部下に違いない。


「――紡げ、《風脚》」


 バシィイイイイイ!


 一瞬の隙を突いて、風を踏んで空高く舞い上がる。


 リンキン・ナウトは空へと打ち上がった俺を見上げるのみで何もできずにいる。いくら王国一の剣士でも遥か上空にいる敵に対して剣撃をぶつけることはできまい。


「よし。これで片を付ける。――紡げ、《縛風》!」


 かざした手から風を送り出し、地上を荒々しい暴風が襲う。まるで竜巻が発生したかのような攻撃的な風圧が、地上にいるすべての人間をその場に縫い付けにした。


(あとは手頃な物を見繕って風に乗せれば完了だ! ――っ!?)


 わずかに地上から意識を外した一瞬の隙に、真下にいるリンキン・ナウトが上空に向けて剣を投擲した。打ち上げられた剣がまっすぐ俺目掛けて飛んでくる。


「野郎ッ!」


 体を捻ってかろうじて剣をかわす。危うく串刺しになるところだった。


「降りてこい! 卑怯者め! それほど私が恐いのなら、今投げた剣を拾うがいい! 丸腰の私でもまだ恐いか!? 正々堂々戦えい!」


 リンキン・ナウトが叫んだ。その声は暴風の中でも大きく響いた。


(――ったく、あのタヌキオヤジめ)


 こっちの思惑に気づいているからこその剣の投擲だったのだと理解した。


 だったら、俺が取るべき行動はこれしかない。


 暴風に巻き込まれて戻って来た剣を掴み、明後日の方向へ投げ捨てる。


「こんなもん要るかよ! こっちが手加減してやりゃ図に乗りやがって! 今すぐ降りて返り討ちにしてやるさ!」


「そうか! ならば、かかって来るがいい!」


 誰もが暴風で動けずにいる中、視線は俺とリンキン・ナウトに注がれていた。


 投げ捨てた剣がどこに向かったかなんて気にする人間は誰もいない。


 剣は回転しながら放物線を描いて落ちていき、こっそり制御した気流に乗せてU字の軌道で折り返す。そのまま地上すれすれを飛行していき、やがて物陰に隠れていた男の背中を斬りつけた。


 上空からでは見えなかったが、民家の陰でひとが倒れた気配を感じ取った。


 見下ろすと、リンキン・ナウトが深々と頷いた。同じく男の気配をずっと探っていたようで、見張りの視線が消えたことをたった今確認したのだ。


《縛風》を弱めて地上に降り立つ。


 そこで俺はよろめく演技をして膝を突いた。


「強力な魔法を繰り出した代償だろう。魔力が枯渇してしばらく動けないはずだ」


「ああ……、そのようだ」


 大人しく手錠で拘束される。囲んでいた王宮兵は一様に唖然としていた。


 リンキン・ナウトの部下たちは、いきなり戦いはじめた隊長に乱心を疑っていたようだが、魔力を出し切らせて無力化させるために占星術師を挑発していたのだ、とリンキン・ナウトが説明すると「さすが隊長だ!」と盛大に湧いた。


 ちっ。これじゃあ俺は単なるマヌケじゃないか。


「見張りを排除してくださったこと、感謝します」


 リンキン・ナウトが小声で言った。俺もそれに応じて小声で返す。


「剣を投げたのもわざとだったんだろ? 半分はあんたの思惑どおりじゃないか」


 珍しくリンキン・ナウトが微笑を浮かべた。


「占星術師殿が手頃な得物を探していたのはわかっていましたので、僭越ながら助力いたしました。私にとっても見張りを排除できる好機でしたので便乗させていただきました」


「……俺を串刺しにするかもって考えなかったのか?」


「そのときは、貴公がそれまでの人間だったと諦めておったでしょうな」


 このオッサン……本当にタヌキだぜ。


「幸い、見張りに気づいている人間はいません。無論、我々の小細工にも」


「で、誰の差し金だったんだ?」


「バルティウス男爵です。まだ一兵卒だった私を重用してくださったのが彼の父親でした。私はバルティウス家に大恩があるのです」


「大恩ある男爵様が見張りを付けての暗殺依頼か。出世の代償は高く付いたな」


「なに、これしきのこと日常茶飯事です」


 これまでにも男爵の政敵をリンキン・ナウトが暗殺してきたのかもしれないが……そっちの事情は今はどうでもいい。


「バルティウス様には初めての暗殺失敗を報告することになりますな。部下や衆人環視の中での無茶だったと理解してくださるとよいのですが」


「俺をどうする?」


「ひとまず地下牢へ。牢の中なら比較的安全です」


 元々大人しく捕まるつもりでいたから、やっとこさ、って感じだぜ。


 兵士たちに取り囲まれて厳重に連行されていく。


 王宮が見えてきたとき、リンキン・ナウトが何でもないことのように訊いた。


「ところで、占星術師殿は〝王家の紋章〟を持っているそうですな」


「え? ああ、前にヴァイオラ……陛下に貰ったんだ。正直、ありがたすぎて持て余している」


「一度どこかで紛失したことはありませんか?」


「……あるにはあるが、何で知っている?」


「そのときはすぐに取り戻した?」


「ああ」


「ならばいいのです」


 それきりリンキン・ナウトは口を開かなかった。


 何だ? 今の話題は今回の一件と何か関係しているのか?


 よくわからないことだらけだ。いろいろと考える必要がある。


 幸いと言ってはなんだが、地下牢暮らしなら考える暇はいくらでもありそうだ。




 占星術師アニ――投獄。


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