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アニVSリンキン・ナウト


 第四ステージ『王都侵攻』が終わった。


 北門ではサザン・グレーが首を吹き飛ばされ、東門ではオプロン・トニカが焼死体にされた。


 西門ではサンポー・マックィン神父とシスターベリベラ・ベルが、南門ではジェム&ルッチ姉妹が命を落とした。


 そして、ゲームには反映されない裏側で、〝木こりの勇者ガレロ〟が戦いに敗れてこの世を去った。


 それら死体を回収し――予定通りに計画を進めていく。


◆◆◆


 ヴァイオラは国王執務室でその報せを聞いた。


「占星術師に逮捕状だと? またアニを拘束する気か?」


 以前にも、商業都市ゼッペが陥落した際に囚われたことがあったが、そのときは狼藉を働いたバーライオンからヴァイオラを救い出した功労によりなんとなくうやむやにされた。


 ヴァイオラが眉根を寄せると、報告した大臣が物々しい態度で首肯した。


「左様です。ですが、此度は自由を奪うだけでなく、地下牢にも入っていただきます。魔王軍との決戦が近いので処罰については後回しにさせていただきますが」


「……理由を言え。罪状は何だ?」


「七人の勇者を死なせた罪」


 間髪入れずにそう返されて、ますます眉間にしわが寄った。


「何を言っているかわかっているのか? 確かに七人を門番に配置し、主に作戦を立てたのは占星術師だ。だが、彼の腹案を聞き入れて命令を下したのは私を含めた軍上層部ではないか。責任の所在を問うのなら明らかに順番が違うだろう」


 軍法会議に掛けることもせずに罪人扱いというのも拙速すぎる。


「それに、今がどういう状況か理解した上でなお占星術師に罪を擦りつけようというのなら、私はその神経をこそ疑うぞ。積極的に作戦を立案し周りがそれに賛同したというのに、いざ失敗すれば全責任を取らされる。それも戦争が行われている最中にだ。こんなことがまかり通れば今後誰も意見しなくなるぞ。軍は正常に機能しなくなり、それで困るのは我々ではないか!」


 良くも悪くも占星術師はこれまで目立ちすぎている。釘を刺すにしてもこのような見せしめでは王宮兵を丸ごと委縮させかねない。


「仰るとおりです」


 だが、大臣は臆することなくヴァイオラを正面から見据えた。


「別に理由がございます。占星術師は複数の殺し屋から命を狙われているようです」


「なに? それは本当か!?」


「存じ上げておられなかったようですな。これまでに何度も襲撃を受けているそうです。陛下の最側近になられた占星術師に妬心が向くのは仕方のないこと。命を狙う輩が現れても不思議ではありません。しかし、暗殺などされたらそれこそ軍も国も乱れましょう」


 新体制になってまだ日が浅い。そんなときにヴァイオラの腹心が暗殺されたとなれば、確かに国は動揺する。


「それで監禁か。……なるほど。警備が固い地下牢ならおいそれと賊も潜入できないし、もし身内の犯行なら監禁場所が身近すぎる故にうかつに手出しができなくなる――か」


 逮捕はアニを守るための方便というわけだ。


 なんと回りくどいことだろう、とヴァイオラは呆れた。


「しかし、その茶番をいつまで続けるつもりだ? 魔王軍との決戦にアニは必要不可欠なのだぞ」


「もちろんでございます。占星術師には〝勇者をわざと不利な戦況へ追いやった〟という嫌疑を掛けます。監禁期間は、その検証が終わるまで、とするつもりです」


 最終的には容疑が晴れて無罪放免――という筋書きにするのだろう。それでも王宮兵は多少混乱するはずだ。目下、ヴァイオラの仕事はその抑え役といったところか。


「わかった。ただし、その期間に殺し屋を雇った人物を突き止めろ。それが条件だ」


「畏まりました」


 大臣が下がり、ヴァイオラは深い溜め息を吐いた。


 国が戦争状態にあり、勇者も多く失ったというときに、懲りずに利権を争っている人間がいるという事実に眩暈がする。アニを殺してどうなるというのか。その代わりに自分が登用されると本気で信じているのだろうか。あまりにも短絡的で、そんな者たちに足を引っ張られていることについやるせなさを覚えてしまう。


「まったく。人には敵を作るなといつも言ってくるくせに、自分はあちこちから恨みを買っているじゃないか」


 だがそれもヴァイオラの風除けをしてくれているからだということは十分理解していた。ヴァイオラに献策し、ヴァイオラの命で勇者を動かせば、その責任と批判は当然ヴァイオラに向く。それを防ぐためにアニはあえて自分の存在を表舞台に現した。


 最初にアテアが勇者になったときからそうだった。勇者への交渉は必ず自ら行ってきた。それ自体秘匿することなく、むしろ周知させるように動いていた。


 平気で他人を利用するくせに、なぜか責任逃れだけはしない。


 そのすべてが〝ヴァイオラを守るため〟だったと考えるのはさすがに自惚れが過ぎるだろうか。


「……差し入れくらい持って行ってやるか」


◆◆◆


 国王執務室から出たエレサリサ大臣は、くっ、と暗い笑みを浮かべた。


 アニに屋敷を襲撃されたあの夜以降も、アニ暗殺の奸計は続いていた。


 エレサリサ大臣に接近してきたクロード・バルティウス男爵との会話を思い出す。


 クロード・バルティウスは次のことを提案した。


〝占星術師を逮捕し監禁してください。外にいては逃げられる。ならば、地下牢に閉じ込めて逃げ場を失くした上で殺すのです〟


 それでは暗殺を目論んだのが王宮の関係者だとバレてしまうのではないか。


 その懸念をクロード・バルティウスは一蹴した。


〝たとえ内部に疑いの目を向けられたとしても、容疑者は王宮関係者の数だけいることになります。証拠が出ないかぎりあなただけが疑われることはありません〟


 魔王軍との決戦が迫っている中、捜査に時間を費やしている暇も意味もないことはヴァイオラ陛下が一番よくわかっている。このことでエレサリサ大臣が罰を受けることは絶対にないと確信できる。


〝それに、大臣の中の半数以上が我々の計画に賛同するはずです。新体制に代わり、閣僚が半分以上入れ替わりました。それまで大勢を占めていた一級貴族が退任させられ、爵位すらない者が登用されることになりました。実力重視も結構ですが、中にはいやしくも商人まで混ざっている始末。我々軍人貴族にとってはこれ以上ない屈辱です。それはあなたも同じ気持ちではないですか。エレサリサ宰相〟


 宰相と呼ばれ、かつての地位への未練がぶり返す。


(そうだ。私は王の側近として、王に代わり国を動かしてきた。私こそがこの国の実質的支配者だったのだ!)


〝ヴァイオラ陛下はあの占星術師に操られています。一刻も早くお救いし、以前のような正常なアンバルハル王国を取り戻さねばなりません〟


 そのためにもやはり占星術師を殺さねばならない。


 今度は地下牢に監禁だ。たとえ暗殺に失敗しても、地下牢に閉じ込めている限り暗殺の報復にエレサリサ大臣を襲いに来る心配はない。エレサリサ大臣はクロード・バルティウスの提案に一も二もなく乗っかった。


 ただし――


(ヴァイオラ陛下をお救いする――というのは如何なものか。あの小娘がいるかぎり、私が返り咲くことは難しい。やるならば――)


 エレサリサ大臣は密かに温めていた企みを実行に移した。


◆◆◆


 昼間、街中を歩いていたところを王宮兵に囲まれた。


「というわけですので、これより身柄を拘束させていただきます。占星術師殿」


「……おい」


 さすがに怒りが湧いた。


 こんなことは俺の計画の中に入ってない。


「誰の差し金だ? リンキン・ナウト」


 よりにもよってこいつが俺を捕まえにくるとは……


「議会の総意です。あなたはもうこの場から逃げることはできません」


 リンキン・ナウトは鞘から剣を引き抜くとその切っ先を俺に向けた。話し合いの余地は端からない。だだ洩れている殺気を惜しみなく振りまきながら、問答無用の果し合いへと誘っている。


「……逃げるつもりはねえけどさ。あんたは戦う気満々じゃないか?」


 最初から抵抗する気なんて俺にはさらさらなかった。


 ここは大人しく投降し、王宮で事情を確認するのが最も建設的な行いであろう。


「いいぜ。どこへなりとも連行しな」


 両手を上げて投降する姿勢を見せた。


 にもかかわらず、リンキン・ナウトは実力行使に出る構えを崩さない。


「怪我をさせるなとは言われておりませんので。また、生死も問われておりません」


 剣を正眼に構える。このリンキン・ナウトの有無を言わさぬ迫力に、連れて来られた兵士たちもただただ困惑している。


(お兄様、リンキン・ナウトは本気でお兄様を殺す気でいますわよ?)


 レミィもこの不穏な空気を感じ取っていた。


(ああ。どうやらそうらしい。……でも、何でだ? どうしてリンキン・ナウトに殺意を向けられなけりゃならないんだ?)


(バルティウスとかいう貴族が放った新たな殺し屋が彼ってことはありませんの?)


(バカな。リンキン・ナウトは金で動くようなやつじゃない――し、俺と対立する理由もない……はずだ)


 バルティウスが何者なのか調べてみた。ところが、俺とは何一つ接点がなく、直接恨みを買った覚えもなかった。


 命を狙われる理由がわからない。バルティウスもやはりエレサリサ大臣同様にさらに裏にいる何者かに操られているだけなのか。


 ――って、今はそんなこと考えている場合じゃない!


 リンキン・ナウトの双眸が怪しく光る。


「お覚悟を」


 静かに宣言したその瞬間、獣の如き踏み込みで一気に俺との距離を詰めてきた。


「――!?」


 声を上げる暇すらない。気づいたときにはもうお互いに触れ合える距離にまで接近していた。リンキン・ナウトは腰を低く落とした姿勢のまま俺の懐に飛び込んできた。


 身を捩り、リンキン・ナウトの突進をかろうじてかわす。だが、地面すれすれまで下げた剣の切っ先はその瞬間に跳ね上がり、すれ違っていく俺の胴体を下方から掬い上げるようにして斬りつけた。


 ガキィイイイインッ!


 鋼と鋼がぶつかり合う音が木霊する。リンキン・ナウトは振り抜いた剣の衝撃ににわかに眉をひそめ、駆け抜けていくその脚を急停止し猛然と振り返った。


 俺はと言えば、剣の衝撃に弾かれて宙に浮かされ、数メートルも後退していた。


 が、ガードが間に合ったことに思わず安堵する。下手をすれば今の一撃で胴体を真っ二つにされていたところだ。


 傍目には不可解な状況であったろう。剣の達人であるリンキン・ナウトの一刀を、徒手空拳で凌いだ占星術師。リンキン・ナウトはもちろんのこと、周りを囲む王宮兵はおろか、その外周で注目する民衆の中にもいま何が起きたのか正確に把握できた者はいない。


 だが、リンキン・ナウトは今の一合を問い質すこともせず、すかさず次手に転じた。再び肉薄してきて剣を連続して振り下ろしてきた。おそらく、何らかの確信があり、それを確かめるための連撃。俺はそのすべてを受け止め、いなし続ける。


 金属同士が激しく衝突する快音が響く。キィン! ガギィイン!――火花を散らす。リンキン・ナウトの猛攻は一秒ごとに激しさを増していく。斬撃の恐怖よりも打ち付けられる痛みに顔を歪まされた。


(この野郎ッ! 一切手加減しやがらねえ!)


 リンキン・ナウトの殺意は本物だった。このままだとジリ貧だ。いつかは押し切られて致命打に到達する。


「おいっ! 本当にどうしちまったんだ!? 俺を殺したところでアンバルハルが救われるわけじゃないことくらいあんただってわかってんだろ!?」


「私にも立場というものがありましてな。ご理解いただきたい」


 理解できるかっ! 殺されかけてるってのによ!


 リンキン・ナウト――。この男の目的は〝国に尽くすこと〟だ。それだけを生きがいにしてきた。


 ヴァイオラを担ぎ上げて国をまとめ上げる計画にはリンキン・ナウトも賛同した。だから軍閥再興にも協力的だった。そうでもしなきゃ魔王軍に太刀打ちできない。それを肌で感じたからこそ軍備拡張にも反対しなかった。今の体制に不満はないはずだ。


 対して、旧体制の権力者たちはヴァイオラを引きずり降ろそうと画策しており、俺の暗殺計画もおそらくその一端だろう。そして、ヴァイオラが降格すれば新体制側にいるリンキン・ナウトも只では済まなくなる。


 立場があるだって? 今していることがその立場すら危うくする行為だとなぜわからない!?


「……」


 剣を打ち付けながら、リンキン・ナウトはわずかに視線を逸らした。


「?」


 リンキン・ナウトの目の動き。何かを伝えようとした?


 視線の先……いや、後方か?


 見張られているのか?


 ……なるほど。……そういうことか。


「立場……ね。お互い苦労するな」


「あなたほどではありません」


 軽口を叩いても剣撃の威力は一切衰えない。確かに、実際苦労しているのは俺だけらしい。


「――ッ!」


 口の中いっぱいに血の味が広がる。体の節々に激痛が走る。しかし、止まることはできない。止まればそのときこそ命運は尽きてしまう。


 吐血を抑えて血を飲み下し――俺は四つ目の魔法を平行展開する。


「紡げ――《風撃》!」


 風の弾丸を放出する。リンキン・ナウトは突然の風圧に押されて堪らずその場に踏みとどまった。その隙にリンキン・ナウトから距離を取る。


 剣撃の猛攻をなんとか凌ぎ切ると、ようやく一息つけた。


《硬化》《強化》《加速》に加えて風魔法を行使した俺の体は早くも悲鳴を上げ始めていた。


(魔法を同時に四つも行うなんて自殺行為ですの!)


(そうでもしなきゃ殺されてたろ!)


《硬化》した体がリンキン・ナウトの剣を弾き、《強化》した肉体が衝撃を緩和させ、《加速》したことでリンキン・ナウトのスピードにも対応できた。どれか一つでも欠けていたらやつの猛攻は捌き切れなかっただろう。


(エンチャントの重ね掛け……。普段から慣らしていてよかったぜ……!)


 ぶっつけ本番だったら絶対に失敗していた。無詠唱が得意だったことも有利に働いた。これがアニにとって最適とされる戦闘スタイルだと自覚する。


 エンチャントは全身に対して〝強くなれ〟というような曖昧な命令を掛けるよりも部分的に特性を付与するほうが効果は大きい。ただ拡散するのではなく一点集中したほうが威力は増すのは当然と言えば当然。その代わり、部分的とする範囲は極端に狭まり、全身を強化するには魔法を重ね掛けする必要があったのだ。


 そして、行き過ぎたエンチャントは肉体を破壊する。通常実現しえない運動機能は肉体を酷使し、血流を速めて心臓にも致命的な負荷を与えた。血液の激流に血管が悲鳴を上げ、毛細血管は破裂し、そのたびに全身の至る処で内出血が起きた。内蔵にも影響するらしく、どこを痛めたのか知らないが、血が喉元をせり上がってきて吐血することも珍しくない。


 これはこれで確実に寿命を縮めているのだが、いま死ぬよりは断然マシだ。俺は躊躇することなく魔法を行使しつづけた。


 リンキン・ナウトは目を細めて俺の体をしげしげと眺めた。


「なるほど。補助魔法を絶えず肉体に掛けつづけているわけですか。そのようなことをすれば遠からず体を壊しますぞ」


「大きなお世話だ。今あんたに殺されるわけにいかねえんだよ……ッ」


「誤解なさいませぬように。私は占星術師殿を拘束しにきただけです。殺すつもりなど微塵もありません」


「あんだけタコ殴りしといてよく言うぜ」


「占星術師殿の手の内は読めました。これ以上の抵抗は無意味です。大人しく投降してください」


「いや、だから俺は初めから抵抗するつもりは」


「なおも抵抗するというのなら、やむをえませんな。私も本気で挑ませていただきます」


「ああくそっ! そういう設定かよ!」


「お覚悟!」


 再び襲い掛かってくるリンキン・ナウト。咄嗟に補助魔法を掛けて肉体強化を維持。怒涛の如く振り下ろされる一刀をなんとか捌いていく。


 リンキン・ナウトの剣をかわしながら、俺は考えた。


 リンキン・ナウトは誰かの指示で俺を殺そうとしている。逮捕に抵抗する俺をどさくさに紛れて殺害してしまう――ってシナリオだろう。


 言い換えれば、逮捕拘束を待てないほど早急に俺を殺したい誰かさんがいて、そいつはリンキン・ナウトですら従わせるほどの圧倒的権力を保持しているということになる。


 バルティウス家――


 名家には違いないがそれほど大きな権力を持つ家柄ではなかったと思う。軍人貴族でもあるし、どちらかといえば新体制側のはずなのに。


 考えられるのはもう私怨の線しかない。


(あっちこっちから恨みを買っていらっしゃいますものね)


(いい迷惑だぜ! クッソ! だんだん腹が立ってきた!)


(ではお兄様、戦う気ですのね!?)


 ああ。悪目立ちしたくなかったが、仕方ない。


「悪いが、返り討ちにさせてもらう――!」



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