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黒幕


 ヴァイオラの戴冠式が終わり、第四ステージ『王都侵攻』の準備も整った。


 あとはバカ妹が、東西南北の門に侵攻させる幹部を割り当てた瞬間に戦火の幕が上がる。


 いつ戦いが始まってもおかしくない。


「時間がないな」


 ヴァイオラが王位を継承したことで国民の士気は上がったし、国内から大量の志願兵が王都に集まってきている。まだ戦力として使えないが、最終決戦までにはなんとか仕上がってくれるはず。ここまでは計画通り。順調だった。


 それだけに俺を付け狙う何者かの存在が瑕疵となってわずらわしかった。俺と妹のケンカに水を差すものはどんな些細なことであっても許せない。


 排除しなければ。


「――それで、このお散歩ですの?」


 王都アンハルをぶらぶら歩いていた。目抜き通りで露店を冷やかしつつ、城壁に向かって進んでいく。


「見張りは昼夜問わず付いているっぽいしな。夜だと襲われるが、昼間のうちならその危険はない。それに、街中は人通りが多い。追跡者の数も夜より数倍増しで多そうだぞ」


 目視だけでも二人の尾行者をすでに見つけた。おそらく、さらに複数人から見張られていると見ていいだろう。


「木を隠すには森の中とはよく言うが、尾行者の数を増やしてくれればこっちも掌握できる確率は上がる。反対に、この尾行者たちを尾行し返してやろうと思う」


「ああっ! つまり、この散策は罠! 撒き餌に群がる魚をあぶり出すためだったんですのね!」


「そういうことだ。……でも、人ごみの中だと特徴が捉えづらいな。もうちょっと人気のないところへ移動するぞ。尾行者をもっと鮮明にあぶり出す」


「はいですの! お兄様がこのあと尾行者さんたちをどんな目に遭わせるのか見物ですわね!」


「俺に何を期待してんだ……」


 そして、不本意ながらその期待に応えられそうなのが少し癪だった。


 城壁に辿り着き、周囲を適当に歩き回る。壁の上に登ればより広範に見渡せるだろう。城壁周辺は開けた場所も多く、一般人の姿も少ない。こちらを監視している人物をさらに見分けられるはずだ。


「上に登りませんの?」


「いま登ったら尾行者は警戒するだろ? 下手すりゃ撤退するかもしれん。警戒心を煽ることなく上に登れたらいいんだが」


 人気のない城壁にまで近づいている時点ですでに警戒されているだろう。


 どうしたものか。


 ……ん?


「あれは……ガレロか?」


 見張り台の上にガレロがいる。つい最近勇者になった男だ。


 城壁の門番に配置しなかった唯一の勇者。


 正規版ではチュートリアルにしか登場しなかった完全に脇役だった男である。門番から外したのはその存在がイレギュラーすぎたためだ。妹がプレイするゲーム上に登場させたらどんな不具合が起きるかわからないし、何より俺の正体が見破られる恐れがある。ガレロにはプレイ画面外でのみ活動してもらわないと困るのだ。


 丁度いい。あいつに会いに行くという態で城壁に登ろう。


 城門から城壁内部に入って回廊を渡り、見張り台まで階段を上っていく。


 近づくと、足音に気づいたガレロが振り返った。


「よう。久しぶりだな」


「アニ……」


 ガレロが呆けた顔で俺をじっと見つめた。


「何だ? 俺の顔に何かついてるか?」


「あ、いや。何でもない。あんたに出会ってからずいぶん遠くに来ちまったなと思っただけだ」


 何やら苦悩を抱えている様子である。


 まあ、勇者様にもなればいろいろ思うこともあるだろうさ。


「何の用だ? 作戦の変更でも伝えに来たのか?」


 わざわざこんなところにまで来た俺を訝しがっていた。


「おまえに用があって来たわけじゃない。ぶらぶら散歩していたら偶然目についたんでな、気まぐれに話しかけてみようと思っただけだ」


 嘘は言っていない。ここにガレロが居てくれて本当に助かった。


 おかげでこんな見晴らしのいい場所から下界を観察できるのだから。


 俺は脳内で呪文を唱えた。


==聞け 光の精霊よ 我を断罪する者よ==

==内と外を繋げ、肉体を開き、魂に触れよ==

==清めたまえ 善なるものを迎え入れよ==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《アナリシス》==


《空間分析》は半径一キロメートル以内の状況を立体的に把握する解析系魔法だ。ゲーム内では隠しアイテムやトラップの場所を暴く補助魔法としても使用頻度が高い。


 理屈でいえば〝五感を強化〟した形だが、精度に問題はなさそうだ。少なくともどこに何があるかくらいは把握できる。


 探るのは俺を見上げていて、なおかつ物陰から動こうとしない人影だ。


 ……四、……五。――五人か。


 この中から一番の腕利きを見極める。実力と役職が比例していれば、間違いなくそいつが最も黒幕と接触する機会が多いはず。


 ……うん。こいつだな。中年のおっさんで俺を監視していながらも立ち姿に不自然さはなく、街中に無理なく溶け込んでいる。しかし、歴戦の猛者を思わせる鋭い目つきは隠しきれていない。


(よし。あいつにしよう。赤い屋根の民家の脇道に立っている男だ)


(? レミィに言ってますの?)


(見えるか?)


(はいですの。おひげがたくましいダンディな殿方がおりましてよ)


(やつを尾行しろ)


(……レミィがですの?)


(ああ。おまえなら誰にも姿を見られることがないし、無理なく尾行できるだろ? それとも、ああいう名前のない脇役相手でも俺の味方をするのはルール違反になるのか?)


(……)


 レミィはしばらく黙り込む。瞳から光が消えて人形のように固まった。おそらく、システムとやらに接続して問い合わせているんだろう。


 不意に、瞳に光が戻った。


(仕方ありませんわね。やってやりますわよ。その代わり、お兄様にはレミィのわがままをたっくさん聞いてもらいますわよ!)


(ああ。何だって聞いてやるよ。――頼む)


(はいはい。行ってきますわね)


 レミィが飛んでいく。割とあっさり許可が下りたな。こんなことならもっと早くレミィを利用しておけばよかった。


 用事は済んだ。それからガレロがハルスやリリナの近況を聞いてきたので適当に答えてやり、その場を後にした。


 あとはレミィが帰って来るのを待つだけだ。


◆◆◆


 夜――。第一教会地区。


 とある豪邸の寝室に、男は音もなく現れた。


 豪邸の主であるエレサリサ大臣は、雇った殺し屋が寝室にまで出現したことに驚き、思わず手にしていたグラスを床に落とした。


「き、君か……っ!? お、脅かさんでくれ……」


 狼狽するものの、すぐさま毅然として見せた。


「で、このような夜分にどうした? ――はっ!? も、もしや、頼んでいたことがうまくいったのか!?」


 期待が先行して思わず顔をほころばせた。


 エレサリサ大臣はヴァイオラが王位を継承するまで先代国王ラザイ・バルサの最側近にいた宰相であった。譲位後は宰相を退任し、現在では国務大臣の一人として政に参加している。


 かつては国王と直接意見を交わし、国政を裏から操れるほどの権力を有していた。時勢を読み、ラザイ・バルサの治世の終焉を感じ取ると、ヴァイオラに譲位するようにラザイ・バルサを説得した。ラザイ・バルサが退いてもバルサ王家があり続けるかぎり自身もまた宰相として登用されるものと信じて疑っていなかった。


 しかし、ヴァイオラはエレサリサ大臣を宰相から外した。代わりに得体の知れない若者を相談役としてそばに置いたのである。占星術師アニという男だった。


 まさに青天の霹靂であった。エレサリサ大臣は、ラザイ・バルサとともに過去の遺物として排除された。完全に計算違い。予定では、今頃は年若いヴァイオラの腹心になり彼女を傀儡にしてこの国を支配していたはずなのに。そして行く行くは、バルサ王家に代わり我こそが国王となるはずだったのだ。


 計算を狂わせた元凶は明らかだった。


 占星術師アニ――この男の存在が最大の障害。ヴァイオラ陛下を篭絡するにはまずこいつを排除する必要がある。


 だが、大臣には術がなかった。これまでは国王を言いくるめて政敵を排除してこられたが、今やヴァイオラ陛下に進言するのも難しく、そのうえ排除対象が陛下から最も信頼を得ている占星術師である。奴を排除しようものなら逆に国賊として処罰されかねない。


 最後に残された手段は暗殺しかなかった。しかし、暗殺者に伝手はなく、伝手を求めていることを他人に悟られるのもまずい。誰にも相談ができず、八方塞がりであった。


 そんなときだ。ある男が大臣に話を持ち掛けてきたのである。


 そうして、大臣は紹介された暗殺者集団を雇い入れ、占星術師の見張りに付けたのだった。


 隙あらば殺せ――と、そう命じて。


 いま寝室に現れたのは暗殺者集団のリーダーだ。ひげ面で歴戦の猛者を思わせる鋭い目つきが特徴的な中年男性である。


 任務の性格上、暗殺者が依頼人と接触するのは定期連絡の時以外では任務の成否が確定した場合のみである。


 エレサリサ大臣はリーダーが訪問してきたことで依頼が達成されたものと考えたのだ。


「どうなのだ!? え!? 占星術師をこ、殺せたのか!?」


 知らず笑みを湛え、リーダーからの返答を待つ。


「ど、どうした? なぜ黙っている?」


 だが、リーダーはいつまで経っても口を開かず、ただ黙って立ち尽くしていた。


 よく見れば、目の焦点が合っていない。口端からは涎が垂れていて、生気がまるで感じられなかった。


 すると、リーダーの背後の空間が蜃気楼のように揺らめいた。次の瞬間、その揺らめきから一人の人間の姿が浮かび上がり、その場に現れた。


 占星術師アニだった。フードを目深に被っているが、そのローブと背格好は見間違いようがない。


 如何なる奇術か。エレサリサ大臣にはアニが瞬間移動してきたようにしか見えなかった。


「き、貴様は占星術師! い、一体どこから入って来た!?」


 アニはそれには答えずに、リーダーの首根っこから手を離すと床に突き飛ばした。


「こいつは隣国【リュウホウ】の暗殺者集団の頭領だ。なぜあんたがこんなやつを雇っている? 一体誰の差し金だ?」


「し、知らん! 私は何も知らんぞ!」


「こいつらのアンバルハルでの拠点を提供したのがあんただってことはとっくに調べが付いている。だが、あんたは黒幕じゃない。あんたをけしかけた人物がいるはずだ。そいつは自分に責任が及ばないようにあんたを挟んで俺を殺そうとしている。あんたはただ利用されているだけだ」


「私が利用されている? はっ! 小賢しい! 私はアンバルハル王国の宰相であるぞ!」


「元、な」


 アニの指摘は聞き捨てならない。エレサリサ大臣のプライドが許さなかった。


 大臣は、自分に取り入り懸命に尻尾を振る輩をこれまでごまんと見てきた。今回の一件も同じだ。大臣が再び宰相に返り咲いた暁には決して少なくない褒賞を奴は要求するだろう。暗殺者はそのための助け舟に違いなかった。


 それを、〝利用されている〟などと軽んじられるのは我慢ならない。権力ある者にこびへつらうのは当然の処世術であり、エレサリサ大臣自身もいまだ権力側にいるという自負がある。


(むしろ、利用しているのは私のほうだ! そうとも。私はひとを使う側の人間だ。私の命令に従わぬ者はおらんのだ!)


「誰かっ! 賊が侵入しておるぞ! 早く捕まえにくるのだ!」


 屋敷には警備兵を常駐させている。いくら占星術師といえども所詮は文官。拘束するのも容易いはず。


「くっくっく。殺し屋なんてものは知らんが、これでおまえも一巻の終わりだ!」


 どうやら暗殺は失敗したようだが、法を破った占星術師は明日にも王宮から追い出すことができる。奴に恩を売ることもなくなったし、すべてエレサリサ大臣の都合のいい結果に繋がった。


「……」


 しかし、待てど暮らせど警備兵はやって来ない。


「おぉい! 誰か! 賊だ! 賊がいるのだぞ! 早く助けに来い!」


 廊下から足音は聞こえてこない。


 屋敷全体が不自然なほど静まり返っている。


「ど、どうしたのだ!? 誰かぁ! 誰かああ!?」


「残念だが、使用人は誰も来ないぞ。いや、来られないと言ったほうが正しいか」


「ど、どういう意味だ!?」


「この屋敷にいる人間、あんた以外の全員には眠ってもらっている。そういう魔法を掛けたんだ。あんたとは誰にも邪魔されずに話がしたかったんでな」


 アニが一歩前に出ると、エレサリサ大臣は肩をびくりと震わせて慌てて後退した。


「誰か! 誰でもいい! 起きている者はおらんのか! おい!」


「さあ、答えてもらうぞ。あんたに話を持ち掛けたのは誰だ? リュウホウの殺し屋を紹介できるほどの人物だ。要職に就いているのは確実だな。それに、リュウホウに伝手があるってことは外交官も兼務している可能性が高い。違うか?」


「知らんと言っているだろう! なぜ私が殺し屋なぞ雇う必要がある!?」


「最初に俺を殺したかどうか訊いてきたくせによく言うぜ。俺が知りたいのはあんたの後ろにいる奴の名前だけだよ。あんたのことなんて正直どうでもいい。暗殺未遂で訴えるなんてこともしない。正直に答えてくれるならこのまま帰ってもいい」


「……っ」


 アニを狙った暗殺未遂が発覚すれば二度と宰相にはなれないだろう。それどころか、地位も名誉も一切剥奪されて投獄なんてことにもなりかねない。ヴァイオラはそれだけ不正に厳しい女傑である。


 アニの言葉が信用ならない以上、白を切る以外に選択肢はなかった。


「知らんものは知らん! 誰か! 誰かぁ!」


「……あんまりやりたくなかったが、少し素直になってもらうとするか」


 アニがこれ見よがしに手をかざす。咄嗟に身構えるも、アニの手は床に横たわっているリーダーに差し向けられた。


==聞け 闇の精霊よ 我を容認する者よ==

==そなたの頭蓋が落ちていく==

==深い眠りに落ちていく==

==悪夢に身を委ねよ==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《ポイズンブレイク》==


 詠唱が室内に木霊する。


 残響がなくなった瞬間、リーダーの体から白い蒸気が噴き出した。もうもうと白く視界が塞がれる中で、じゅくじゅく、という耳障りな音が聞こえてきた。


 徐々に煙が晴れていき、そうして見えてきたものは毒魔法に侵され顔面の皮膚が爛れて溶けていくリーダーの姿だった。


「オォオオォオオオ――――ッッッ!」


 苦しみに喘ぐリーダーの顔は死霊そのものであった。


「ひぃっ! ひいぃいいぃいぃいいいい!?」


 やがて皮膚の溶解は全身にまで広がり、皮が薄い箇所から骨が見え始めた。


「どうする? 威力を抑えれば手だけ足だけを溶かすこともできるぞ。あんたはどの部位を腐らせたい?」


 リーダーはとっくに絶命している。が、皮膚の溶解は依然として続いている。


 エレサリサ大臣に見せつけるように。


「わ、わかった! 言う! 言うから助けてくれ! ――バルティウスだ! クロード・バルティウス! 私は奴にそそのかされただけだ! 私は嫌だと言ったのに奴が無理やり! わ、私のせいじゃない! 本当だ! 信じてくれえ!」


「クロード……バルティウス?」


 アニは小首を傾げつつも、「わかった」とエレサリサ大臣の言葉をあっさり信じた。


「今回のことは見逃してやる」


「おお……、あ、ありがとう、ありがとう……」


「だが、今後俺の前にまた殺し屋が現れるようなことがあれば、今度こそあんたを殺す。たとえその差し金があんたでなかったとしてもだ」


「そ、そんな……っ」


「それが嫌なら俺に反感を抱いている他の大臣たちを抑え込んでおけ。こっちはあんたらに構ってる暇なんてないんだよ。わかったな?」


 エレサリサ大臣はこくこく頷くと、消沈して項垂れた。


◆◆◆


 大臣の屋敷を出ると、レミィが言った。


「クロード・バルティウスなんてお名前初めて聞きましたの。正規のゲームには登場していないキャラですわ」


「ああ。俺も初耳だ。王宮の中にもそんな名前の大臣はいなかった。ったく、どこで恨みを買われたんだ、俺は?」


「さっきの大臣に詳細を訊きに戻りませんの?」


「いや、大臣の口ぶりからして王宮の関係者か貴族には違いない。言えば通じると思ったところからしてそこそこ有名人なのかもしれないな。明日、ヴァイオラにでも聞いてみるさ」


 とはいえ、クロード・バルティウスが黒幕という確証はまだない。そいつも大臣と同じく仲介させられただけという可能性も残っている。


「面倒なことが続きますわね」


「ふん。望むところだ」


 これから第四ステージ『王都侵攻』が始まる。


 結果はわかりきっているが、いろいろとやりたいこともある。


「この際だ。徹底的にバグを取り除いてやる!」



お読みいただきありがとうございます!

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