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繧ャ繝ャ繝ュ縺ョ髱呈丼⑤--SYSTEM ERROR:[ガレロの青春⑤]


 魔王に見出され、魔王軍の幹部に抜擢されたゴドレッドだが、その地位と役回りに文句はなかった。


 百年前の人魔大戦のときも、合戦があれば常に先陣を切り、敵軍の主力を蹴散らして首魁へと至る道をいつも切り開いてきた。


 元々戦闘が好きだったというわけではない。だが、己の強さに気づいてからは強敵を打ち倒して得た武勲に誇りを抱くようになる。どうせ戦うのなら強い者とがいい。そうして勝ち得た誉れが、ゴドレッドを次の戦場へと駆り立てるのだ。


 常勝の鬼――。いつしかそのように呼ばれ、部下はもちろん魔王からの信頼も厚くなり、ゴドレッドは戦場の華となった。


 ただ一点、不満があったとすれば、強敵と巡り合う頻度が低いことである。


 戦場の先駆けになるのはいいが、ザコや雑兵の露払いに終始し、気づいたときには他の幹部に大将首をかっ攫われることが多々あった。


 殺戮が好きなわけではない。ゴドレッドは他の幹部とは違う。


 尋常なる仕合いがしたい。戦場に見出した楽しみはそれだけだったのだ。


◇◇◇


 砦の防衛役などという貧乏くじを引かされて、内心では王都アンハルへ侵攻した他幹部たちに嫉妬していたが、まさかこのような機会に巡り合おうとは。


 強敵だ。しかも、ゴドレッドと同じく斧の使い手。技比べをするにはこれ以上ない相手である。


(敵ではあるが、神とやらに感謝する――!)


〝木こりの勇者ガレロ〟の猛攻を、斧を盾にして防ぎ切る。


「喰らいやがれ――ッ! 《雷断ち》!!」


 電撃をまとわせた振り落としを受け止める。


 続けざまに放たれた横殴りの一撃は刃先で迎えていなし、衝撃に弾かれるたびに踏ん張った地面が抉れていく。


「オォオォオオオオオオオオ――――ッッッ!」


 加速する――!


 勇者の間断のない攻めはゴドレッドに反撃の機会を失わせ、それ自体が最大の防御を為していた。ガレロはこれこそが最適解の戦法であると直感的に見抜いているようだった。


 そうとも。ひとたび足を止めたなら、その瞬間ゴドレッドの斧がガレロの首を刎ね飛ばすことになる。


 一切隙を見せるな。この戦いを終わらせてくれるな。


 もっと! もっとだ!


 我はおまえのような男を待っていた――!


 だが――


 バギィッ!


 百号には満たぬ打ち合いの末、ついにガレロの斧の木製の柄が砕け散った。


「――――なあっ!?」


「……ッ」


 木こりの手によく馴染む得物。


 しかし、それはあくまで木を伐るための道具でしかない。


 戦闘用でないのはもちろんのこと、勇者の力で振り回し、ゴドレッドのような鬼に何度も打ち付けていれば早々に壊れるのも自明であった。むしろ、よく持ったほうと言えるだろう。力任せに振り回していた序盤の失態がなかったとしてもここらが限界だった。


「……なんとも興醒めな幕引きよな」


 ゴドレッドは地面に飛び散った斧の残骸を虚しい心持ちで見下ろした。


 自分より強いかもしれぬ強敵。


 自分を打倒するかもしれぬ一撃。


 心のどこかで待ち望んでいた。百年もの間、抱えてきた乾きを、飢えを、満たしてくれる者がようやく現れてくれたと思ったのに。


 わかりきった勝敗ほどつまらないものはない。そもそも敵を生かして帰すつもりがないゴドレッドにとって、無防備の敗者にトドメを刺す瞬間が最も居たたまれない時間であった。辛くも勝利した末のトドメならば敬意を持って処することもできるが、不完全燃焼のうえ相手の不手際のせいで決着がついたときなどは、命を奪う感触には後味の悪さしか残らない。


(またしても貧乏くじであったか……)


 そのように諦めかけたそのとき、


「待たせたな。さあ、続きをしようぜ!」


「なに!?」


 顔を上げると、そこには予想だにしなかった光景があった。


 ガレロの手には〝斧〟が握られていた。


 その斧は緑色に光り輝き、物体ではなく炎のように揺らめいていた。勇者のオーラで構築された幻想武器。気力が続くかぎり何度でも複製できる無限斧――


 勇者スキル《グロウアックス》


「おお……」


 今にも破裂しそうなほどけたたましく発光している。そこに充填されたエネルギーは、ゴドレッドが背後に背負う砦を丸ごと吹き飛ばす威力を秘めていた。


 若々しくも瑞々しい若葉を思わせる緑。


 向こう見ずな根拠なき自信に満ちた幼気な闘争心。


 悪戯っぽく笑みを浮かべるガレロは今、英雄に憧れるばかりだった悪童のような顔をしている。


「へへっ! アンタに驚いてもらって何だが、俺が一番驚いてる! こんなことまでできたんだな! まるでアテア王女みたいだぜ!」


 ガレロは背後に回した斧の先を今にも振り回さんと腰を低くした。


 ゴドレッドは思わず微笑した。


「ほう。乾坤一擲……か。どこまでも我が好む戦い方をする……!」


「ここまで強くなれたのはアンタが相手だったからだ! 全力をぶつけてやる! アンタを越えて、俺は最強の英雄になる! そんで、後世にはアンタの名前を語り継がせてやるよ! 鬼武者ゴドレッド!」


「驕るな小童! 力を抑えていたのは我も同じ! 次は手加減なくいかせてもらうぞ!」


 鏡合わせのようにゴドレッドも斧を下段に構えて半身に体を開いた。


 膂力を解放する。高まった気力をスキル発動に全振りする。


 ガレロも、ゴドレッドも、本気。


 余力を残すことなど欠片も念頭にない。


 次の一撃が正真正銘最後の打ち合いとなる。


「消し飛べ! 《グロウアックス》!!」

「呻れ! 《鬼轟円戟斧》!!」


 いざ――


「ウオォオオォオオォオオオオオオオッッッ!!!」

「ゴオォオォオオオォオオオォ――――っっっ!!」


 眩い光が激突した。


 その瞬間、あまりの熱量に地表が溶解し、地形が変わるほどの大爆発が起きた。


◇◇◇


 コ――……ン

 コ――……ン


 耳をすませば聞こえてくる、あの木こりの歌。


 日々の糧を得る、労働の木霊。


 コ――……ン

 コ――……ン


 思えば、ずっと昔から聞いていた。


 揺りかごに乗せられていたときから馴染みのある音。


 コ――……ン

 コ――……ン


 脳髄に染み渡る。骨身に伝導する。


 親父が大自然に闘いを挑んでいる。


 耳を澄まさずとも、ガレロは原初からすべてを理解していたのだ。


(俺はアコン村の〝木こり〟のガレロだ……)


 英雄を目指す必要なんてなかった。


 何者かになりたがっていたバカなガキは、すでになりたかった者に成れていた。


 ただ、それだけのお話。


 遠回りに遠回りを重ねて、気づいたときにはもう手遅れだったある勇者のお話。


「……ッ」


 真っ白に塗り潰されていく世界の中で、ガレロは確かにその音を聞いた。


(ああ……)


 目の前には巨木がそびえている。


 腕が鳴る。斧を振る。音を鳴らす。


 コ――……ン

 コ――……ン


 ただひたすらに幹に打ち付ける。


 決して終わることのない人生の営み。


 それを幸せだと感じられた時点で、彼は囚われていた妄執から解き放たれていた。


 そして――最後に見た幻想と同じく、静かで力強い斬撃を繰り出した。


◇◇◇


「――――ごはあっ!?」


 その一撃はゴドレッドの胸部を覆う分厚い鎧を砕き、鋼の肉体を深々と抉った。血しぶきが舞い、ゴドレッドは思わず片膝を突いた。


「ぐうぅうぅ……ッ! 見事なりッ、若き勇者よ……!」


 ゴドレッドの視線の先、巨大に陥没した地盤の底にガレロは倒れ伏していた。


 全身をヤケドで負傷し、その胸にはゴドレッドが受けたものと同等の一撃が刻まれていた。致命傷となったその傷口からは内臓が生々しくも覗いていた。


 ガレロの目からは光が失われ、どんな意思さえ映し出さない。


 即死だった。


「……」


 ゴドレッドは立ち上がると背後を振り返った。


 守護すべきハザーク砦は無傷でそびえ立っている。だが、もしゴドレッドの力量があと一歩足りていなければ、あの砦も無事では済まなかっただろう。


 ゴドレッドを貫いた最後の斬撃は、《鬼轟円戟斧》でさえ相殺できないほどの威力だった。こうして生きていられるのは、単なる経験の差でしかない。土壇場での力の制御。全力を撃ち出すタイミングを測る勝負勘。そういった要素がこの戦いの明暗を分けた。


「木こりの勇者ガレロよ。貴公の名、決して忘れぬ」


 満ち足りた気持ちがゴドレッドの声音を柔らかいものにした。


 戦士の遺体をいつまでもこのまま野ざらしにしておくわけにいかない。敬意をもって丁重に弔うべきだ。


 ガレロの遺体に近づく。すると、遺体が突如として輝きだした。


「ぬっ……」


 光は小さな点に収束し、鳥のように大空に飛び立った。


 光の向かう方角には、たしか王都アンハルがあったはず……


「遺体を回収したか……。人間にもまだ死者の尊厳を重んずる心根は残っているようだな」


 少し安心する。敵とはいえ、人類もそこまで非道でなかったようだ。


「これでこの国にいる勇者は残すところあと一人……」


 ここ、アンバルハルでの戦いがもう間もなく終わりを迎える。


 それを、少しだけ惜しいと感じるゴドレッドだった。


◇◇◇


「――ま、結局こうなったわけだが」


 わかりきっていたと言わんばかりにアニが吐き捨てた。ハルスは拳を固めるだけで特に言い返すことはない。空から落ちてきたガレロの遺体をじっと見下ろしていた。


 遺体が空を飛んでハルスの許に戻って来たのは、出発前にガレロに掛けた〝おまじない〟の効力によるものだ。


「ガレロ……死んだのか」


 損傷の激しい遺体を前にして――親友の死を目の当たりにしてでさえ――ハルスは不気味なほど平静でいられた。この落ち着きぶりにはハルス自身も驚いたが、その程度のショックしか受けないだろうことは予想していた。


「もう後戻りできないぞ。ハルス」


 ハルスは重々しく頷いた。


「わかっています。とっくに覚悟はできています」


 そうでなければ《葬還/グレイブロバー》の魔法をガレロに掛けていない。死体を回収する魔法。アニがわざわざ編み出した罪深き魔法である。


 ――そう。ハルスは初めからガレロが生きて帰ってこられないことを想定して彼を見送ったのである。


 予想どおり死体となって帰ってきた――ショックを受けないのも当然といえば当然。


 むしろ、こうなることを望んでいたと言ってもいい。


 遺体の頬に手を添えた。


「約束どおり、君を英雄にしてあげるよ。ガレロ」


 そして、ハルス自身が英雄になるために。


 名もなき英雄になるために。




 ――今、おぞましい契約が結ばれようとしていた。



(髫?縺励す繝翫Μ繧ェ 了)


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