繧ャ繝ャ繝ュ縺ョ髱呈丼③--SYSTEM ERROR:[ガレロの青春③]
東の空が白み始めた頃、一頭の馬が魔王軍要塞・ハザーク砦を目指して草原を駆けていく。
荷馬を連れない単騎、しかも早馬かと見紛うばかりの速度で駆けるその様は戦場を勇壮と突っ切っていく騎士のようである。
実態は違うが、少なくともそういう気持ちでいる騎者は手綱を手繰りながら、くっ、と口元を歪めた。まるで絵物語の英雄みたいだ、と愉快になった。
剣に代わって斧を掲げ、武装は鋼ではなく馴染みのある作業服。
父親が今も変わらずこなしているであろうささやかな営みを従事しに行くかのように、ガレロは〝木こり〟の姿で戦いに赴く。
その不恰好をどうして笑わずにいられようか。心底なりたかったものがあったというのに、最も嚙み合う理想的な戦闘形態は、結局は卑下していた頃の自分でしかなかった。
しかし、不思議と気持ちは落ち着いていた。憑き物が落ちたかのように爽快だ。
それはなりたかったものになれたからか?
違う。人間はなれるものにしかなれない。ただ、それに気づいただけだ。
理想を追い求めて賢いフリなんざするからよりバカを見た。バカはバカなりに頭空っぽにしていたらよかったのだ。そしたら、もっと早くに自分というものを弁えられた。
何者になるも何もねえだろ。
俺は、俺でしかねえ。
斧の勇者? かっこつけてんじゃねーよ、バーカ!
「俺は『木こりの勇者』だ! 待ってろ、魔王軍!」
――俺は俺のまま、勇者の務めを果たす!
◇◇◇
――数刻前、未明の暗闇の中、王都を出発しようかというときのこと。
馬を曳いて歩くガレロの前に、魔術師のローブを着込んだハルスが現れた。
ガレロのしようとしていることを察知して先回りでもしなければこのタイミングで鉢合わせることはないはずだ。
止めにきたのかと勘繰ったガレロは思わず顔をしかめた。
「どうしてわかった?」
「アニに聞いたんだ」
ハルスは悪びれず答え、ガレロは舌打ちした。
「あの野郎、余計な真似を。ンなことまで占いでわかんのかよ。だったら戦いの結果も占ってくれりゃあいいのに」
そうすれば余計な犠牲を払わなくて済むのに。
「さすがにそこまではわからないんじゃないかな。戦いは常に流動的なんだから」
「まあ……な。そりゃそうか。こっちが対策すれば魔王軍も臨機応変に戦略変えてくるし、結末なんてその都度変わるよな」
いつ攻めてくるかを読めるだけでもすごいアドバンテージである。それ以上を望むのはさすがに欲張りすぎだろう。
「で? 俺を止めにきたってわけか、ハルス?」
「その気があったらアニはこのこと教えてくれなかったと思うよ」
む? 確かに。アニは勇者を「駒」としか見ていないようなやつだ。都合よく利用しようとするし、本気で止めたければアニが直接説得しにくるだろう。
ガレロの決意の程を承知した上で放置したということはアニにガレロを止めるつもりはない。ハルス程度では足止めにならないとわかっているからあえて教えたのだ。
もしかしたら、これが最後になるかもしれないから。
「……別に俺、死ぬ気なんてないんだけどな」
「何言ってんのさ。僕だってこれを今生の別れにするつもりはないよ。それに、アニがそんな気遣いすると思う?」
「思わん。ってことは何だ、激励にきたってか?」
「うん。アニも、ガレロには大いに暴れてほしいってさ」
へっ。だったら、そういうことは直接言えってんだ。見つかったら止められると思い、夜明け前に出発しようとしていたのがバカみたいだ。自意識過剰も甚だしい。
そう。自意識過剰。ガレロはずっとそんなものに振り回されてきた。
『勇者』の役割を押し付けられたと悲観に暮れていたくせに、ハルスやリリナが出世をすると羨ましく感じた。何のことはない。ガレロはただ与えられた役割にびびっていただけなのだ。
荷が勝ちすぎていると自らを貶め、「生贄」になるものかと周囲に当たり散らした。
思い返すだに格好悪い。穴があったら入りたいとはこのことだ。
役割を気にする必要なんてなかった。『勇者』なんて単なる肩書でしかなく、たとえ神から選ばれなかったとしてもやるべきことは同じだったはず。
自分の戦場で、自分なりに戦うこと。
ガレロにしかできない戦法で、ガレロの身の丈に合った戦果を挙げること。
求められているのはそれだけ。それ以上を望むのは欲張りすぎってもんだろう。
――そうさ。俺は『勇者』であって『勇者』じゃねえ。〝木こりのガレロ〟だ。挙げた武勲をもって『勇者』と称えたければ好きにしろ。それまではただのガレロだ。
「英雄ってのはおまけだよな」
ハルスはキョトンとする。うまく伝わらなかったことが恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。誤魔化すようについ声を張り上げた。
「まだ何にもしちゃいねえのにその気になって何様だって話だよ! いいか! よく聞けっ! 俺は逃げたくなったら逃げるし、死にたくなかったら無様に命乞いだってしてやるよ! 勇者とか英雄とかクソ喰らえだ! 俺に期待なんぞすんじゃねえ!」
ハルスは目を丸くし、ガレロの言った言葉を咀嚼するように理解していくと、ぶはっ、と腹を抱えて噴き出した。
「てめ、笑うな!」
「だって、ハハハ! めちゃくちゃだよガレロ! そんな勇者、聞いたことがない!」
ひとしきり笑い目尻の涙を拭き取ると、ハルスは妙にすっきりした表情を浮かべた。
「前代未聞だけどいいんじゃない? そういう勇者がいてもさ。ガレロらしいって思うよ」
俺らしい、か。他でもないハルスに言われてようやく肩の荷が下りた気がした。
「前に言ったこと憶えてる? 僕がガレロを英雄にしてあげるってやつ」
「ああ」
確か、そんなことを言っていた気がする。
「約束するよ。僕の力でガレロを英雄の位に押し上げる。手を出して」
「あん?」
ガレロが差し出す前に手を握られた。無理やり広げられた手のひらに、ハルスの魔力が詠唱を通して注ぎ込まれる。
==聞け 闇の精霊よ 我を容認する者よ==
==悪しき者 暁を求めるものよ==
==不敗を誇り、万能を知らしめよ==
==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==
==紡げ――《……》==
針を刺したような痛みを手のひら中央に感じ、そこから全身に渡ってじんわりと熱くなっていく。ハルスの魔力に覆われていく感覚。空気に同化した真綿に包まれたみたいで若干息苦しかったが、数秒後には慣れて異常はすっかり消え去った。宿したはずの魔力ごと霧散してしまったのではと心配になるくらい何事もなくなった。
ハルスを窺えば何事かやり切ったような満足顔。どうやら魔法は成功したらしい。
「何したんだ? 魔法の名前を聞き取れなかったんだが」
「加護だと思ってくれていい。その魔法はガレロを戦場から返してくれるものだ」
補助魔法か。どんな効力かはわからないが、ハルスがやることなら信じられる。それに、ともに戦場へ赴く仲間を得たような安心感もある。
恐怖は完全に払拭された。
「――そんじゃ、ちょっくら行ってくる」
「魔王の首……は高望みしすぎか。幹部の首を取ってきてくれるだけでいいよ」
「お土産感覚で言うんじゃねえよ!」
最後にひと笑いし、拳同士を打ち付け合ってガレロは馬上のひととなった。
顔を上げれば、見渡すかぎりの草原。
遥かな世界へと繋がっている。
「ハアッ!」
颯爽と馬を駆け出した。
さあ、冒険のはじまりだ!
◇◇◇
馬影が見えなくなるまでその場で見送った。
ハルスの背後から、今の一部始終をしっかり見ていたアニが近づいてきた。
「予定通りに送り出せたようだな。辛い役回りをやらせて悪かった」
悪いなどと微塵も思っていないくせにぬけぬけと言えるその神経を羨ましく思う。
「じゃあ、次の準備に取り掛かるぞ」
「はい」
ハルスの硬い声にアニは苦笑した。
「何だよ、後悔してんのか?」
「そんなんじゃありません。ただ、僕はきっと天国へは行けないだろうなって。前向きなガレロを見て諦めがついたっていうか。自分が情けなくなったというか」
「何だ。そんなことか」
アニはハルスの心の葛藤を十分に理解したうえで、大丈夫、と悪びれもせずに言った。
「天国に行けないのはガレロも一緒だ」
「……」
だからこそ、胸がちくりと痛んだ。
ハルスがガレロに施した〝おまじない〟はそういった類の呪いだからだ。無事帰ってきてほしいと願って行使した魔法であることは疑いようがない。ただ、そこに隠された思惑にハルスは自己嫌悪する。
「君を英雄にしてあげる……か。とんでもない詭弁だ」
結果としてそうなったとして、はたしてガレロ本人が喜ぶかどうか。
だからこそ、願わずにいられない。
(ガレロ、どうか無事帰ってきてほしい! 危なくなったら逃げ帰ってきてほしい! 僕は君を失いたくない! 本当の兄のように思ってきた君を死なせたくない!)
相反する言動と本心に今にも胸が引き裂かれそうになる。
アニが去った後も、ハルスはいつまでもガレロが走り去った草原を眺めていた。




