繧ャ繝ャ繝ュ縺ョ髱呈丼②--SYSTEM ERROR:[ガレロの青春②]
王都アンハル城門防衛戦が始まった。
魔王軍が東西南北の各城門に押し寄せてきた。
時間差は多少あれど、ほぼ同時に攻めてきた魔王軍に六人の勇者たちは連携を取ることができず、奴らの目論見通り戦力を分散させられた。
だが、戦力を分けたのは魔王軍も同じだ。
条件が一緒なら、勇者が負ける道理はない。
そのはずだったのに……
「勇者ジェム氏とルッチ氏の戦死が確認されました……。最後の南門も破られました……!」
兵士から最悪の報告を聞いても、王宮の会議室ではもはやざわめきの声すら上がらなかった。大臣をはじめとする参加者は一様に消沈した面持ちで頭を抱えていた。
ヴァイオラと背後に立つ二人の騎士だけは別だった。毅然と結果を受け止める。
「今世に現れた勇者は弱いのではないか?」
ぽつりとこぼれた発言に、ヴァイオラは目を怒らせて椅子を蹴った。
「大臣! 今の発言は聞き捨てならんぞ! 殉死していった者への侮辱だ!」
「陛下! ではお尋ねするが、これでもまだ勝機があるとお思いですか!? あれほど持ち上げていた勇者ですら歯が立たなかったのですぞ! 城門を破られ籠城はもはや困難! 王都に攻め込まれるのも時間の問題! 一体どれだけの民が死ぬことになるか! 陛下はどう責任を取るおつもりですか!?」
「いま気にするべきことはそれですか? 愚かしいことだよ、まったく」
ケイヨス・ガンベルムが吐き捨てるように言った。
リンキン・ナウトも後に続く。
「ならば、最初から牙を剥くこともせず王都を明け渡しておけばよかったと、そう仰られるつもりですかな? 無抵抗でいれば魔王軍は慈悲をかけてくれるとでも? 考えが甘すぎると言わざるを得ませんな」
「き、貴様ら!? 騎士風情が誰に向かって口を利いておる! 無礼であるぞ!」
「先代のラザイ王の方針を取っていたほうがよかったのではないか!? こんな、いたずらに勇者を死なせることもなかったはず!」
そうだそうだと呼応する大臣たち。
さすがは優王ラザイ・バルサに長年仕えただけはあるな、とヴァイオラは密かに溜め息を吐く。日和見加減は父上にそっくりだ。
一度は賛成し戦闘前は散々気炎を吐いていたというのに、いざ劣勢になると責任逃れの言質取りに走る。今それをすることに何の意味があるというのか。ヴァイオラが責任を取って命を差し出せば魔王軍が引き返すとでも本気で思っているのか。
妄想をこねくり回すのは現実逃避でしかない。それにも気づかない大臣たちがこの国の命運を握っているという事実に改めて寒気がする。よくもまあ今まで持ったものだ。
この場は会議ではあるが、ヴァイオラが勅令を下すだけで大臣たちの意見は初めから当てにしていない。賛同もいらない。
責任というならこれが王としての責任の取り方だ。
こうなることも想定して用意しておいた「次なる一手」を発表する――
大臣たちは唖然とし、次の瞬間には会議室が割れんばかりに反対を唱えた。
しばらく好きなように喚かせておき、息が上がったところでヴァイオラは一言口にした。
「ならば代案を出せ。より良い案なら再考してみるが?」
誰も何も言えなかった。
大臣たちとてわかっているのだ。
それしかない、と。
こうして、最後の王宮会議は閉会した。
◇◇◇
会議室を出たヴァイオラに、ケイヨス・ガンベルムが問う。
「あの作戦は陛下が?」
そこに込められた嫌味に気づき、ヴァイオラは顔を渋くした。
「どういう意味だ?」
「いえ、他意はありません」
「嘘を吐くな。どうせアニの提言を鵜呑みにしたものと思っているのだろう。見くびるな。私は占星術師の操り人形ではない」
「ほう。では、陛下のお考えでしたか」
リンキン・ナウトは意外そうに目を見開いた。ケイヨス・ガンベルムと同じくアニの策略と思っていたようだ。
「本当に失礼なやつらだな、まったく。私とて今の状況が見えぬほど愚かではない」
「聞かせていただけますか?」
王宮の奥にある王の執務室を目指す。長い回廊にヴァイオラの澄んだ声が反響した。
「魔王軍が城門破壊を目的に軍を四つに分けた。これは勇者をばらけさせるための罠。各個撃破がやつらの目的だった」
「その策に乗り、こちらも勇者を四カ所に分けて配置しましたな」
リンキン・ナウトが付け加えると、ヴァイオラは頷いた。
「うむ。魔王軍の幹部を四カ所にばらけさせられるからな。各個撃破は我々にとっても望むところだった。羊飼いのバジフィールド然り、商人のポロント・ケエス然り。彼らは一度の戦いで何人もの魔王軍幹部を相手にしなければならなかった。だから負けたのだ。一対一であったなら結果は違っていただろう。勇者は魔王軍に負けたのではなく、数に負けたのだ」
「だからあえて城門防衛戦に挑んだ。いや、引き込んだ、と。……結果は最悪なものになってしまいましたが」
「結果論だ。策自体は最善であったし、こちらの陣地に誘い込んでの戦いだ。万全の備えで迎え撃った。それでも負けたのだから、敵が一枚上手だったと認めるしかあるまい。……まあ、中でも最悪の結果を引いたのは少し堪えたがな。たとえ負けるにしても何人かは勇者を生還させられると思っていたのだが、まさか全滅するとは」
「勇者の生還は占星術師殿の指示だったと聞いております」
「そうだ。その任務に親衛隊の魔導兵を付かせたのは少し合点がいかなかったが、経験を積ませるためと言われればこちらも否とは言えん。私のための護衛部隊をまさか弱いままでいいとは言えないし、勇者を連れて帰るだけなら彼らでもできると思ってしまった」
ケイヨス・ガンベルムが自嘲気味に口を挟んだ。
「連れて帰れるのは〝瀕死でない勇者〟だけですよ。今にもトドメを刺されんとする勇者を救い出せる実力があるなら最初から戦力として投入しています」
「そういうことだ。……しかしまあ、親衛隊は誰一人欠けることなく帰還した。それだけは素直に喜ぶことにするよ」
戦況を振り返り、ようやく「次の一手」の話に移行する。
「魔王軍は勇者を各個撃破した。それで目的は達成できたはずだ。なのに、律儀に城門を破壊したのはなぜだ? 破壊しておいて攻め込んでこなかったのは?」
「ついでであれ、敵陣の守りを破壊することに理由はありません。攻め込んでこなかったのは勇者との戦いで疲弊したからでは?」
「北門では侵入を許した【殺戮蝶】に大量殺戮されましたがね」
リンキン・ナウトとケイヨス・ガンベルムの二人の指摘を受けて、ヴァイオラは面持ちを暗くした。
「あの大量殺戮はサザン・グレーに追い詰められたことによる悪あがきだったそうだ。あと一歩というところまで魔王軍を追い詰めていたのだ。サザン・グレー……本当に惜しい武人を亡くしてしまった」
悼むように目を閉じた。王宮兵が誇る『剣』と『槍』の双璧が崩された事実も堪える。
「陣地に誘い込めば地の利を活かせるが、人民にも被害が及ぶ恐れがある。そんな簡単なことにも気づけなかった私は愚かだったというほかない」
「なぜでありますか? なぜ人民に被害が及ばないとお考えに? 魔王軍はそれが目的で攻めてきたのではありませんか?」
リンキン・ナウトの至極真っ当な疑問に対して、ヴァイオラは逆に不思議そうな顔をする。
「それが目的? 民を殺戮することがか?」
「違いますか?」
「違う。考えてもみろ。さっき名が挙がった【殺戮蝶】は空を飛べるのだぞ。魔王軍の配下に有翼の魔族が大勢いる。対して、王都アンハルは城壁を越えればすぐに城下町だ。わざわざ城門を壊さずとも攻め込むのはたやすいし、人間を殺したければいつでも行える」
「――ああ、なるほど」
「あえてだ。では、なぜやつらはあえて城門を破壊した? そして、人間を無駄に殺さないことにもちゃんと意味がある。やつらはアンバルハルをなるべく無傷で占領したいのだ」
「――」
「……」
二人とも絶句しているが、想像していなかったわけではないだろう。
商業都市ゼッペに攻め込まれたときも隠れていた住人には手を出さず、ポロント・ケエスを倒すと浮浪者だけを連行しゼッペを去っていった。おそらく、浮浪者たちはやつらの拠点で飼われて奴隷のように働かされているはずだ。
「魔王軍は、――いや魔王は、人類の滅亡ではなく支配を望んでいる……」
「神に取って代わる気かな。厚かましいとはこのことだよ」
そして予想だが、魔王は人間の営みを無理やり変える気がないのだ。表面上はこれまで通りの生活を保障しながら、労働力のみを搾取するつもりでいる。
全人類を暴力で支配しようとすれば、それはかなりの手間となり、下手をすれば混乱と反乱を招いて統治を長引かせる恐れがある。
そこへいくと、国を滅ぼさずわずかな「理」と「利」を残して人間の心をへし折るほうが遥かに安上がりであるし、奴隷として従えるのにも効率は良い。
それが魔王の考えだ。
アニの考え方に似ていると思った。アニと長らく共に過ごしてきたからこそ魔王の思考に辿り着けた。そして、その裏付けには今回の結果だけで十分に証明されている。
「なるほど。だから、次の一手が――」
「草原での『総力戦』だ。城門を壊された以上、籠城は無意味。そもそも籠城戦は援軍が来ることが前提の策。他国はいまだ様子見。どころか魔王復活にも半信半疑だ。援助は期待できない」
各国大使がアンバルハルを脱出したというのにいまだに反応がない。この非常時に、神都は天使を調査にも寄越さない。世界はアンバルハルを最前線に立たせて成り行きを静観するつもりでいるのだ。
「姑息なことですな」
「責め立てる気にもならん。それに、逆の立場なら私も自国の兵は出し渋る」
「そう――ですね。それで、『総力戦』しか道は残されていない、と」
「そうだ。そしてこれは魔王軍の思惑とも合致する。やつらは次の戦いで徹底的に心を折りに来る。我々を降伏させるつもりでいる」
王都での乱戦を避けて魔王軍に合戦を申し込む――それが会議で提示したヴァイオラの腹案だった。大臣たちは正面からぶつかり合うことに反対していたが、ことごとく勇者を倒されたアンバルハルにはもう奇襲を成功させられるほどの戦力は残っていない。それに、局地戦を仕掛けたとしてもいたずらに兵力を削ぐだけだ。民間でも犠牲者が増えることだろう。
それよりも『総力戦』に持ち込めたほうがまだ希望は見えてくる。
魔王が大将として姿を現せば討つことが可能になるからだ。
「敵の親玉を倒すことができれば逆転勝利だ。というより、もうこれしか道はない。そしてアテアなら必ずやってくれる」
二人の騎士は力強く頷いた。アテアの武威だけは掛け値なしに信じることができた。
「占星術師殿は陛下の腹案に賛成されたのですか?」
「……ああ。あいつめ、上から目線で『よく自力でそこまで考えついたな。偉いぞ』なんて言うんだ。アニも同じことを思っていたらしく、私が考えつかなかったら提案していたと言っていた。どう思う!? やつめ、私の子守りにでもなったつもりか!? バカにするのも大概にしろ! この前もな、あいつめ酷いことを言ってきたんだ!」
口では怒っているものの、認められたことを喜んでいるのが丸わかりだった。
リンキン・ナウトとケイヨス・ガンベルムは留まることを知らないヴァイオラののろけ話を聞き流す。
「――――」
険しい顔つきで、女王に気づかれないように頷き合った。
◇◇◇
ガレロは今の話を回廊の柱の陰からこっそり聞いていた。
王宮会議の内容も盗み聞きして知っている。
今後、どんな指令が下るのか気が気でなかったのだ。
(『総力戦』だって?)
自分だけでなく、ハルスもリリナも戦うのか?
勇者という立場は関係なく、兵士であれば等しく戦場に投入される。
(俺がなりたかったものって何だ?)
自問する。
答えならもうとっくに出ている。
なりたかったものには、もうなっている。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、下の☆に評価を入れていただけると嬉しいです!




