王都視察③~助けたシスターに襲われました~
改めまして、とシスターは頭を下げた。
「危ないところを助けていただきまして本当にありがとうございました」
「それはもういい。――痛ッ」
礼拝堂に声が響く。祭壇へと延びる身廊の左右に並んだ長椅子に座り、シスターに傷薬を塗ってもらう。何度も辞退したのだが、手当てさせろと言って聞かなかったのだ。
「この第十三教会地区は治安があまりよろしくありません。あのようなことは日常茶飯事なんです」
「だろうな。教会に対して不満があるみたいだったが、あれは?」
「彼らのような反社会勢力はどの区域にも存在しますが、直接ちょっかいを掛けてくるのはここの区域にいる人たちくらいです。お恥ずかしい話ですが、教会内部にも彼らの悪行をわざわざ見逃す職員が一部いらっしゃいます」
「賄賂か?」
「それだけならよいのですが、……中には積極的に結託している者もいるようです」
「権力の腐敗なんざ珍しい話じゃないけどな」
普段、ヴァイオラと一緒にいるせいか、こういった側面を国内に見つけてしまうとどうしても意外に感じてしまう。いくら潔癖なヴァイオラでもすべての不正を取り締まることは不可能であるようだ。
「となると、アテア王女の勇者覚醒を面白くないと感じているやつも多そうだな。今の体制のまま、ぬるま湯に浸かっていたいと思っている連中は特に」
「魔王が復活したという噂もありますし、これからこの国はどうなっていくのでしょう。私、とても不安です……」
「あ、ああ……」
殴られた箇所に傷薬を塗っていくシスター。
気のせいか、やけに密着しすぎているような……
それに、さっきからなんだか蒸し暑い……
「ともかく、今後街中を歩くときは気をつけることだ」
「そう申されましても……」
まあ、相手のほうから一方的に絡んでこられるんじゃ気をつけようがないか。
「――なるべく一人で出歩かないことだ。あいつらは教会の者ってだけでカモにしている節があったからな。だろ? そうやって絡まれてたじゃないか、アンタ。――と、名前」
「あ、そうでした。うっかり忘れていましたわ」
シスターはぽんと両手を叩いた。
「申し遅れました。わたくし、この教会のシスターで【ベリベラ・ベル】と申します。以後、お見知りおきのほど」
べりべらべる?
変わった名前だな。
ん?
まてよ。どっかで聞いたことあるような……
「まあ、こんなところにも傷が」
俺の首元を指先でつつと擦った。自分からでは見えない位置なのだが、触られても特に痛みはなかった。
「本当に傷なんてあるのか?」
「はい。薬を塗るのに邪魔なので上着を脱いでください」
「……は?」
「ですから、服を脱いでください。恥ずかしがる必要はありません。なんでしたら私が脱がして差し上げます」
上着の裾に手をかけてくるシスター。
ひんやりとした手が服の中に滑り込んできた。
「お、おい……」
鼻先が触れそうな距離で、溜め息のように囁いた。
「大丈夫です。何も怖くありませんから」
シスターの声が脳内に直接響く。
「やめろ、なんの……つも、り、だっ」
なんだ、口が思うように回らない。
「わたくしに身も心もお預けになって」
…………頭が……回らない……
酩酊したかのように視界が揺れた。
覆い被さられ、抵抗も出来ずに仰向けに倒される。
「やさしくいたしますわ」
「…………っ」
全身が気だるくフワフワとした心地。
ささやかばかりの乳房も押し付けられれば柔らかく、薬を塗る指先はそれ自体が愛撫のようであり、迫る唇にも自然と引き寄せられていく。
「シ……スター……」
「ベリベラと、お呼びください」
その名を……どこかで……
「んむっ……」
唇が塞がれる。ベリベラの舌が侵入してきて、脳天に刺激が走った。
蕩けるほどの甘味に視界が狭まっていく。
シスター……ベリベラ……
ベリベラ……ベル……
教会の、べり、べら。
べる。
「――――、っ!?」
シスター、ベリベラ・ベルっ!
まさかこいつはっ!
慌てて体を起こしてベリベラを引き離す。
急に立ち上がった俺に、ベリベラは目を瞬かせた。
「ど、どうなさったのですか!?」
「きゅ、急用を思い出した! 帰るっ!」
ふらつきながらも駆け足で礼拝堂を出ていく。その様は間男が愛人宅から逃げだすのに似ていた。
ベリベラは声を上げることもせずに見送った。
◆◆◆
――走る。教会から全力で離れていく。袖で口許をごしごし拭い、あいつの味が残る唾を吐き捨てた。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
最悪だ! なんたる失態か!
失念していた。王都アンハルの教会って時点で警戒しておくべきだったのに。
ベリベラ・ベル――あいつはメインキャラクターのうちの一人だ。
フードを被っていたから気づかなかった。あいつはゲーム本編では立ち絵付きで出てくるシスターで、立ち絵ではフードを脱いだ状態だったから髪型の印象で覚えていたのだ。でも、よく見れば確かにあの顔はベリベラ・ベルそのものだった。
普段から二次元キャラに興味が無さ過ぎてキャラの見分けができなかった弊害が、まさかこんなところで出てくるなんて。俺としたことが。不覚!
あのままあそこに居たらおそらく俺は……
背筋が凍る。そのことすらも屈辱だった。
教会から出た途端に体の自由が戻った。どうやら薬物を嗅がされていたようだ。
ったく、今日は本当に厄日だぜ。チンピラに絡まれるわ、アバズレに手を出されるわ。逃げているこの状況すら恥ずかしい。
こんなのは俺じゃない!
もう金輪際、この「第十三教会地区」には近づかないと心に決めた。




