幹部シナリオ⑧『神影(不死影アーク・マオニー)』
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・ 鬼になった日 (鬼武者ゴドレッド)【既読】
・ 蝶よ、花よ (殺戮蝶リーザ・モア)【既読】
・ 流浪の果て (魔忍クニキリ)【既読】
・ ノブレス・オブリージュ (女王蜂グレイフル)【既読】
・ 君に名を (赤魔女ナナベール)【既読】
・ 世界で一番美しい花 (殺戮蝶リーザ・モア)【既読】
・ GARDEN (女王蜂グレイフル)【既読】
◇ 神影 (不死影アーク・マオニー)【NEW】
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◇◇◇
深く暗い海底のような淀んだ場所で其れは生まれた。
祝福された誕生ではなかったのだろう。その証拠に、無音に支配された闇底から誰も掬い上げてくれなかったし、誰にも其れの声は届かなかった。
幾星霜の刻が流れ、其れは自我を形成することなくただ在り続けた。
体はなく、神経は薄弱、思考する機能は付いていない。
〝観る〟ことはできても〝識る〟ことができない、とある事象にのみ反応するだけの物質的現象。
遥か天上から降ってくる〝もの〟を取り込む。餌ではない。むしろ廃棄された〝もの〟たちだ。
〝もの〟にも形はなかった。だが、志向性の含意はあって、取り込むことでそこに意味が生まれた。其れという主体に心的現象を生じさせた。
〝もの〟が堆積していくに従い多様性を留意し、其れ自体の特性にも変化が見られた。〝識る〟に至ったのだ。
あらゆる観念の押し付けはやがて其れに体を与えた。
結論から言うと、〝もの〟とはすべての悪性であり、其れは世界から排斥された醜そのものに成った。
深く暗い海底のような淀んだ場所で其れは生まれた――否、その場所自体が其れを表していた。
形成は不十分で、まだ其れに意思は生まれなかった。
しかし、〝もの〟は其れを母胎としてこの世に現れようとした。〝もの〟の志向性は常に外側に向けられており、斯くあれという呪いをまとった泥人形が発生した。
泥人形の意識が其れに自我を分け与えた。
其れに魂が宿り、結晶化が為される。
このときより、其れは泥人形の『影』となった。
◇◇◇
人魔大戦はいよいよ佳境を迎えた。
人類の猛攻は凄まじく、魔王軍は〈最果ての島〉へと追いやられた。
ここに至るまでに女王蜂グレイフル、魔忍クニキリ、赤魔女ナナベール、反英雄ドクロック、龍帥シェーンといった幹部たちがことごとく各地に封印されてしまった。
殺戮蝶リーザ・モアも、鬼武者ゴドレッドも、黒騎士アディユスも、最後の決戦で勇者に討たれた。
差し迫る『六花剣雄』の勇者たち。
中でも英雄ハルウスの剣技が冴え渡り、最初に会心の一撃を魔王に浴びせた。間断なく蹂躙してくる勇者の剣、拳、賢――
《闇衣》で完全武装した魔王はそれらをいなし、治癒魔法で瀕死から復活してくる勇者たちを退けること数百合。
まさしく死闘。世界の命運を懸けた一戦は七日間にも及び、ついにそのときは訪れる――
勇者たち渾身の総攻撃が闇の鎧を粉砕し、魔王の実体に風穴を開けた。
存在を綻びさせるほどの破壊エネルギーに魔王は数瞬の間、動きを止めた。それが致命的な隙を生み、赤魔女を凌ぐ大魔導士の封印術の展開を許してしまう。
レアマジックアイテム『魔封鏡』が写した対象を亜空間へと吸い込んだ。魔王は鏡の世界に取り込まれ、唯一の出入り口である鏡面を割られて永遠の牢獄に囚われることになる。
こうして世界は人類によって支配された。
◇◇◇
割られた『魔封鏡』のカケラは世界中に散って捨てられた。
ただの一カケラであろうとすべてが揃わなければ亜空間への出入り口は開かれない。
どれほど細かく砕かれたか定かでなく、海に山に砂漠に捨てられでもしたら見つけ出すことはまず不可能。
大きなカケラは勇者たちが手分けして保管し、あらゆる国で厳重に管理された。取り戻すことも困難であった。
しかし、影は諦めなかった。
魔王が生きているかぎり、カケラさえ集めれば再びこの世界に呼び戻すことができる。魔王軍を再興し、今度こそ人類を根絶やしにするのだ。
百年間、影は動き続けた。
たった一人でカケラを集め続け、たった一人で勇者や国に挑み続け、何度細切れにされても立ち上がり、絶望しかない苦境を乗り越え続けた。
回収したカケラを『魔封鏡』の額縁に嵌めていく。
小粒ほどの大きさしかないカケラまで丁寧に嵌め込んでいく。
その作業さえ途方もないものだった。いつ終わるともしれない苦行。どう考えても先に心が折れる。あるいは、壊れる。魔族であれ人間であれココロの脆さは変わらないのだから。
それでも百年間、影は動き続けた。
そしてついに、影はカケラをすべて回収し終えた。永遠に終わるはずのない試練を見事踏破したのだった。
はたして……不眠不休で活動し続けた百年間を短いと思うか、長いと思うか。期間だけを見れば明らかに短いと言えるだろう。だが、思考することを止めず、一つのことに邁進したその熱量は、永遠を生きるよりも遥かに濃密なものであった。
完成した『魔封鏡』は魔王を吐き出すと、使命を終えたその瞬間に再び砕け散った。
これでもう魔王を封じることは二度と叶わない。
復活を遂げた魔王はまず腹心の労をねぎらった。
『忠心、大儀であった』
影が感動に身を震わす。
人間の目から逃れるために潜ませていた正体をこのときようやく解放した。人型を形作り、恭しく片膝をつく。
「やっと――やっと、やっと会えました。魔王様……♪」
少年は笑みをこぼした。
無邪気な微笑をひと際神聖なものとして飾る、清らかな涙を幼い頬に伝えながら――
(幹部シナリオ⑧ 了)
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