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後悔


「はあ、はあ、はあ――――ッ」


 ポーチに備蓄していたポーションが底をついた。


 ルッチはアーク・マオニーから距離を取りつつ、魔王に嬲り殺されているジェムを救いに走る。


 ルッチはジェムの力を信じていた。一対一でなら魔王が相手でも勝てると思っていた。弱いルッチじゃ役に立たないから、せめて魔王の部下たちを引き離していた。遠隔でも〈聖約の指輪〉の効力で生命力を分け与えられる。それだけに集中していた。


 あたいのバカ。


 そうやってまたジェム姉にだけ戦わせて……


 ジェム姉にだって敵わない敵はいる。そんなのわかっていたはずなのに。


 また、――また、あたいはジェム姉に助けられている……!


「ジェム姉……っ! ごめんなさいッチ……! いま、助けるッチ!」


 一人一人では敵わなくても二人でなら勝てるかもしれない。


 どんなに確率は低くても、やってみなければわからないのだから。


 もう二度と、ジェム姉にだけ戦わせない!


「はぐぅ……ッ!?」


 地面を縫って走ってきた《影槍》が両足を串刺しにした。


 そのまま前のめりに倒れ込む。


「あうっ!」


 影が一体伸びてきて、ルッチの眼前で実体を現した。《影槍》を飛ばしてきたのはアーク・マオニー①で、両足を貫通していた槍を引き抜くと手の形に戻った。


「僕たちの射程距離は長いんだ♪ 足で追いつけなくても手は届くよ♪ それに……《拘束錠/ロック》♪」


「――ッ!?」


 影が錠前に変形し、ルッチの手足を地面に縫い付けにした。一定時間『行動不可』にするアーク・マオニーの影スキルである。


 うつ伏せに磔にされた状態では真上で何が行われているかわからない。だが、低い視界に入り込んだ影の数は把握できた。


「さっきはよくもやってくれたね♪ 腐っても勇者ってトコかな♪」


「僕たちは五体に分かれているけれど元は一つ♪ すべてを共有しているんだよ♪ もちろん痛みもね♪」


「君たちに倒された僕たちの報復はきっちりやらせてもらうから♪」


 三体のアーク・マオニーの影に囲まれていた。頭上を見上げることができず、明るい声とは裏腹に彼らが今どんな表情をしているかわからないのが恐ろしい。


「んっ! くっ! 抜け出さないと……!」


 手足をがっちりと固定されて力が出せない。


 もがいているうちに、アーク・マオニーの《影爪》が背中に振り下ろされた。


 グサッ!


「んあああああああああッ!?」


 痛い、痛い、痛い、痛い――――っ!


 泣きそうなくらい痛いッチ! つらいッチ!


 で、でも、負けないッチ……!


 ジェム姉はこれ以上の痛みにずっと耐えてきたんだ! あたいが弱音を吐いちゃ駄目だッチ!


「あっ、魔王様から通信念波だ♪ 何々? ふんふん♪ へえ♪ あのねあのね♪ あっちを生かしておくからこっちは殺しちゃっていいってさ♪」


「手加減しなくていいんだね♪」


「じゃあさ、どの僕が息の根を止めるか寸止め遊びしようよ♪ なるべく急所を狙わないでさ♪」


「あはは♪ 楽しそう♪ じゃあ僕から♪ 目玉を潰すね♪」


「うわあああああああああッッ!」


「僕は舌を引っこ抜くよ♪」


「ぎゃわッッッ!? ……………ッッ!!」


「わお♪ 勝負師だね♪ なら僕は手足を切断しようかな♪」


「――」


「あ、死んじゃった♪ くすくすくす♪ 勇者でも人間の壊れやすさは変わらないね♪」


「さあ、早く復活してよね♪ 二回戦開始だよ♪」


「今度は負けないぞぉ♪」


◇◇◇


 荒野に絶叫が木霊する。


 ルッチが何度も何度も何度も何度も惨殺されていた。


「も、もう許してェ……っ。許してッチぃ……。――ぎゃひゃ!」


 後頭部から顔面にかけて影槍が貫通した。


 即死したルッチはしばらく時間を置くとまた復活した。傷口は塞がれ、流した血も元通り。だが、痛みと恐怖の余韻に狂うほど泣き喚いている。


「ル、ルッチ……」


 ジェムが手を伸ばしても、その手は魔王によって踏み潰された。


『少しだがアーク・マオニーにも経験値を積ませたい。なに、あと四、五回妹が死ぬところを見届ければいいだけのこと。すぐ終わる』


「てぇ……め――ェ……ッッ!!! てめえラァ……ッッッ!!!!」


 血が出るほど強く唇を噛む。


 カッと見開いた目からは血涙が流れた。


 何を後悔すればいいかわからない。


 戦力か、戦略か。ルッチとのコンビネーションは? 自分自身でももっとやれることがあったんじゃないのか?


 そもそも勇者になんてならなければよかった。強制されたものだったとしても、王国の招集に応じなければこうはならなかった。


 さらに振り返る。アンバルハルに来たことが大きな間違いだったのではないか。


 それとも、ロゴールを出たことか。ロゴールで、ベアキルサンの許でクソみてえな仕事さえ我慢して続けていれば少なくとも裕福な暮らしはできていた。


 ……いや、そこに後悔はない。


 やりたいようにやった。好きなように生きた。もうこれで終わりでも構わないという生き方を貫き通してきた。


 あたしに後悔はない。しかし――


 ルッチ。


 泣いているルッチを見る。あいつはああやって泣かないやつだった。エメットの子供たちのお墓を作っているときだってずっと笑顔を咲かせていた。どんなにひどい怪我をしても押し隠していた。やせ我慢の強い女の子だったんだ。


 その仮面を剥がしたのはあたしだ。ルッチを妹にして甘やかして泣かしてやった。あいつは素直な子になった。心が壊れる前にかつての自分を取り戻したんだ。


 幸せにしてやりたいと思った。


 幸せになれると信じていた。


「くそ……ッ」


 あたしが連れ出したばっかりに……ッ!


「ぎぃぃいああああああああっ!」


 何度目かの絶叫が轟いた。


 ルッチの胴体が真っ二つに切り裂かれていた。


「ルッチ……ッ!!!」


 これ以上はもう耐えられそうにない。


「やめろ……っ、頼むから。もう、やめてくれ……ッッ」


『ん?』


「殺すならあたしだけにしろ……。妹は解放してやってくれ……」


 魔王に懇願する。


 だが、返ってきたのは無慈悲な事実だけだった。


『おまえだけを殺すことは叶わぬ。その指輪があるかぎりな。殺すときは二人同時にだ』


「……ッ! だったらさっさと殺せよ! いたぶるような真似しやがって! 何がしてえんだよ、てめえらはッ!」


〈聖約の指輪〉の呪いを打ち崩す方法を知っていて、どうしてこんな殺し方をする? ひと思いに殺せばいいものを、どうしてそうしない? こいつらの目的は一体何なんだ? 殺戮をただ楽しみたいだけなのか? 何を考えていやがる……!


「呪うぞ! てめえら全員……ッ!」


『余の力は覚醒し、経験値も十分得た。案ずるな。おまえたちはもう用済みだ。すぐに姉妹仲良くあの世に送ってやる』


 いつしか雨が上がっていた。





 分厚い雲間から光が差し、魔王の黒衣をうっすらと照らし出す。


 震える声で、ジェムが問う。


「……………誰だ、てめえ?」



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