王都視察②~チンピラにカツアゲされました~
チンピラどもに絡まれていたシスターが俺に助けを求めてきた。
今さら悔やんでも遅いが、こんなことなら卑怯者キャラに転生したかったぜ……!
「やるしかなさそうだな……」
「ああ? んだよ、俺たちとやり合おうってか? あ?」
シバキが凄んできた。頭一つ分背が高く、見るからに喧嘩番長という風情だ。
正直、腕力で敵うとは思っていない。
この世界にきていろいろ試してみたが、俺の腕力や喧嘩の腕っ節は死ぬ前の現実世界にいた頃とほとんど変わっていなかった。魔法が使えるようになっただけで運動神経とか基礎体力なんかはそのままだ。
てことはだ――今の俺は一般的な高校生と大して変わらない。
一対一ならわからないが、三人組を相手に勝つなんてほぼ無理だ。不可能だ。生前だって、殴り合いの喧嘩は小学校低学年のときに一回しかしたことがないのだから。
中学や高校では品行方正で通してきた。暴力で人を従わせるのは無能の証明であると同時に恥だとも思っていたからだ。野蛮な行為で得られるものなど何もない。
いやむしろ、暴力行為は積み上げてきたもの――社会的信頼を失うリスクを孕んでいる。格闘技でもしていない限り、喧嘩に強くなることに価値はない。これまでそう考えて生きてきた。
こんな事態に陥るなんて完全に想定外だ。女を庇って喧嘩を買うなんざ俺の趣味じゃないってのに……
魔法を使って撃退させるか? ……いや、それは駄目だ。もっと駄目だ。人気が無い場所でならともかく、ここで人間相手に魔法を使うのはまずい。絶対に禍根となる。占星術師アニは人間の味方であらねばならない。
「通行料、てめえが代わりに払ってくれるってんなら見逃してやってもいいぜ?」
「今なら特別価格だ。有り金と身につけてるモン全部置いていきな。命までは取らねえよ」
「死体の処理が面倒だしな!」
何が可笑しいのか大口を開けて笑う三人。
「……」
どの世界にもこの手の輩はいるものだ。視界に入るだけでも虫唾が走る。
「おおい、聞いてんのか? あ? 恐くて顔も上げられねえか?」
「だっせえなあ。男ならシャンとしやがれ」
肩を小突かれ、足を蹴られる。下手に反応すれば抵抗したと見做されて暴力がエスカレートする恐れがある。そうなるのだけは避けたい。
この場を最も穏便に乗り切るには――
こうするしかない。
「これでいいか?」
有り金とアクセサリーの類をすべて差し出す。これらはヴァイオラから貰った小遣いなのだが、ヒモみたいで嫌だったので一切手をつけていなかった。衣食住は『このキャラクター』の持ち物でまかなっているので問題なかったし、この先も贅沢をする気はない。
いざという時の為に貯めておこうという魂胆もないではなかったのだが。……いや、今がそのいざという時だと思って諦めよう。
差し出した銭袋に左右の子分どもは目を輝かせているが、シバキだけは顔から表情が抜け落ちた。
「何の真似だ?」
「? 通行料を出せと言ったのはおまえたちだろ――がっ!?」
顔面を殴られる。
強烈な一撃にたたらを踏んだ。
「くっ……てめ、――おごっ!?」
みぞおちにも一発。思わず膝を折った。
「ぶっ!?」
さらに顔面を足裏で蹴りつけられる。ドウッ、と地面に背中から倒れ込んだ。
「……ッ、……うぐっ」
いってー……
何だってんだ、くそっ。
出すもん出してやったのに、何で殴られなきゃならないんだよ!?
シバキは地面に落ちた銭袋と首飾りを拾った。首飾りはバルサ王家のエンブレムを象った金製品。それをシバキは仏頂面で眺めた。……何だ? 売ればかなりの額になるだろうに、何が気に入らないんだ?
「これ、てめえのもんか?」
「……そうだ」
「王家の紋章が入った首飾り。何でてめえがこんなもんを持っているのか知らねえが、そんな大事なもんを平気で差し出すてめえの根性が気にいらねえ!」
持ってろ、と子分に投げて渡し、シバキは倒れている俺にもう一度蹴りを入れる。
「ごほっ!?」
強烈な一撃が腹に直撃した。全身がバラバラになっていくような衝撃が走った。たかが物理攻撃。剣も魔法も使っていない、単なるキックだ。そんなものに死の恐怖を感じてしまっている。
「おら! おらっ!」
二発、三発……。四発。
痛みから逃れたい一心で亀のように体を丸めて守りに入る。
その無様な姿を、子分どもは鼻で笑い、シバキは「ちっ」と不愉快そうに舌打ちした。
頭を踏みつけにされる。ぐりぐりと地面に押し付けられる。
「……ッ!」
あまりの屈辱に眩暈がした。
「俺たちゃ物乞いじゃねえんだ。どこの貴族様か知らねえがな、施しのつもりならそりゃ俺たちを舐めすぎってもんだぜ」
「……」
何言ってやがんだ、こいつは。
金目の物を寄越せと言っておきながら、あまりにも理不尽だ。
「うおっ!? お頭、見てくだせえ! 銭袋ん中、めちゃくちゃ入ってますぜ!」
「どうせ庶民から巻き上げた金だ。ありがたくもなんともねえ。俺たちが使ってやるよ。テメエがありがたく思いやがれ、クソガキ!」
「がっ!?」
頭を蹴られ、耳の奥がキーンと金切り声を上げた。
……だが、なんとか凌ぎきった。
金が手には入って程よく気も晴れたのだ。気持ちよくお帰りいただけるはずだ。
これでもう二度とこいつらと関わり合いになることはない……。
「ようし。こいつをアジトに運び込め。本当に貴族なら身代金もふんだくれるだろ」
「うーっす」
「くっ……!」
握りこんだ拳に力が籠もる。無意識のうちにギリと奥歯をかき鳴らしていた。
(殺してやろうか……)
おまえらみたいな三下に構ってやるほど暇じゃないんだ。
命が惜しくないなら遊んでやるよ。
魔法を――、詠唱を――、…………
「お? おいおい驚いたぜ。お頭、こいつ自力で立ち上がりましたぜ」
子分のひとりが俺の髪の毛を掴んで無理やり顔を上向かせた。
「けっへっへっ、見てくださいよこいつの目。まだ反抗的っすよ。もうちょい痛めつけときますかい?」
「今度は俺たちで両腕押さえておきますぜ!」
シバキは手のひらをひらひらと振った。
「俺ぁこういうクソザコイ野郎はでぇ嫌ぇなんだよ。これ以上やったらケチが付くぜ。やりすぎて殺しちまってもつまらねえ」
「だそうだ。よかったなあ、おい。お頭が寛大なお人でよお」
「くだらねえこと言ってんじゃねえ。さっさと連れてこい」
「……」
腹が据わった。
おまえらまとめてあの世に送ってやる……
「お、お待ちなさい! もう十分でしょう!? その人をどうする気です!?」
そのとき、シスターが叫んだ。
……そういや、居たな。存在自体忘れていた。ったく。さっさと逃げておけばいいものを……
「ンだよ、シスター。まだ居たのか。もうおめえに用はねえ」
「そ、その人を連れていくというなら、わたくしも行きます! 元はと言えばわたくしが巻き込んでしまったのですから」
「はっ! 笑わせるぜ! どうせおめえもこいつの金に目が眩んだんだろが! 知ってるぜ。おめえんトコの神父、市民から集めた税金を着服してるってな。どうせおめえもおこぼれに預かってんだろう」
「な、なんということを……っ! 神父さまへの暴言は神に対する冒涜も同然です! 取り消してください!」
「けっ、構ってらんねえや。――おい、男は俺が連れていく。おまえらはその女、適当にいたぶっておけ」
子分どもは下卑た笑みを浮かべた。
「いいんですかい? 俺たちだけで頂いちまって」
「俺は聖職者ってのがでぇ嫌ぇなんだよ。触りたくもねえや」
「んじゃ、お言葉に甘えて……。悪く思うなよ、シスター」
「げっへっへっへっへ」
いやらしい手付きをしながらシスターににじり寄っていく。
「――チッ」
……たくっ。見ちゃいられない。
「あ、あなたたち、自分が何をしているのかわかっているのですか!? わたくしの体に指一本触れてみなさい! 神の裁きが下りますよ!」
「そりゃすげえ! なら、その裁きってのの具合を直に確かめてみなきゃなあ!」
「優しく頼むぜぇええ! けっへっへ」
シバキに首根っこ持って引き摺られながら、俺は――魔法を発動させた!
突如として突風が四方から地面を走って俺の周囲に集まってきた。
足許に溜まった大気の渦が、俺の体を宙へと押し上げる。
「なに!?」
驚愕するシバキ。その声に、子分どもも宙に浮く俺にようやく気づいた。
「《風脚》」
バシィイイイイイイイッ!
風が地面を滑り、高速移動を可能にした。
子分どもの間を縫うようにして走り抜ける。目にも留まらず。疾風の如く。……瞬く間に、シスターの真後ろへと滑り込んでいた。
「逃げるぞ……!」
「え? え? えっ? きゃあ!?」
返事を待たずにシスターを抱き寄せ、再び《風脚》を発動させる。
「《風脚》――、うぐっ!?」
時間を置かずに連発した反動からか、体の芯が軋んだ。だが、発動した魔力はすでに風を呼び込んでおり、シスターを抱えた俺をもう一度宙に運んでいく。
ついでに砂埃も巻き上げておいた。チンピラどもは目を潰され、俺たちの姿を完全に見失う。
突風が止み、にわかに静寂が漂った。
「……な、何だったんだ今の風は。――はっ!? やつら、どこに行きやがった!?」
「お、お頭ァ、ふたりともどっかに消えちまったぜ!?」
「探せ! まだそこら辺にいるはずだ! 探し出してぶっ殺すぞ!」
シバキたちは三方向に分かれてあちこちの狭い路地を順に覗き込んで回った。
それを俺とシスターは真上から――住居の屋上からこっそり眺めた。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
一か八かだった……
垂直方向への移動。一度も試したことがなかったが、なんとか成功した。
高さは十分。人ひとり抱えた上での跳躍で、二階建の屋上にまで昇れたのだから上出来だろう。
だが、……もう二度と垂直移動には使うまいと心に誓う。失敗すれば十数メートルの高さから落ちることになり、下手をすれば死んでしまう。
練習すら迂闊にできない。練習するなら、せめてアテアのような身体能力の高い人間の補助がないと駄目だ。しかし、こういった魔法の開発は大っぴらにはしたくない。余計な知恵をこの世界の人間に与えることになる。それはたぶん危険な気がする。
っと。今は冷静に分析している場合じゃないな。
早くここから立ち去ろう。あいつらだってよっぽど馬鹿じゃなければ、俺たちが建物内に逃げ込んだことくらいすぐに気づくだろう。
「俺はこの地区の住人じゃないから土地勘がない。シスター、この近くにやつらから隠れられそうな安全な場所はないか?」
「それでしたら教会に行きましょう。ほら、あそこに見えます」
シスターが指差した先には、石造りの物々しい尖塔が空に伸び上がっていた。どこからどう見ても宗教的な建物だ。それほど遠くないのもわかる。だが……
「教会だと? そんなの真っ先に先回りされていそうじゃないか」
シスターが逃げ込む先と言えば本命はそこだろう。
「いえ、おそらく大丈夫でしょう。教会に表立って楯突けば彼らも只では済みませんから」
「……そういや、この世界では教会は官吏の詰所だったな」
警備兵の管理も行っているという。現実世界で例えるなら警察署に逃げ込むようなものか。チンピラたちにとってはできれば近づきたくない場所のはずである。
「わかった。行こう」
シスターの案内で教会に向かう。なぜか裏道、抜け道をたくさん知っていたシスターの機転に助けられて、なんとかチンピラたちに遭遇することなく教会に辿り着く。
念のため、正門からではなく裏口に回る。鍵が掛かった裏扉はかなり厳重であるため、裏口付近には警備兵がいなかった。
「不用心ではありますが、ここに忍び込むような者もおそらくおりませんので」
「そうだろうな」
忍び込んだところで取る物なんてなさそうだしな。
シスターが鍵を開け、中に入る。
教会内は凄まじく広かった。外からではそれほど大きな建物には見えなかったのだが。
「地下もございますし、上は職員の官舎となっております。神に祈りを捧げる礼拝堂は全体の一割ほどの面積しかございません」
教会とは名ばかりで完全に役所であった。
「こちらです。どうぞ」
一階の最も正門に近い場所に一般公開された礼拝堂はあった。




