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勇者シナリオ⑩『賞金稼ぎジェム&ルッチ』その3


 他家の極道が踏み入ってはならないシマと流儀があるように、衛兵にも縄張り意識というものが確固として存在している。


 お上から割り当てられた担当区域が我がシマとなり、そこでの荒事と賄賂を享受できるのは担当班の権利だとされている。たとえ目の前で略奪や暴動、殺人があったとしても他班の衛兵は見て見ぬふりをして通り過ぎるのが筋であり暗黙の了解だった。


 盗人が隠したお宝が担当区域で見つかったならば、その手柄は担当班の物であり、お上に報告せずくすねるにしてもそれも担当班の権利となる。噂が出回った瞬間から各地区の衛兵が目を皿にして徘徊しているのはそういった背景によるもので、火事以降は忌避され続けて警備もほぼ皆無となっていたエメット地区に平時ですら見たことのない人数で押し掛けた日には周囲の耳目も集まるというものだった。


 やれ殺人犯が潜んでいるなどと脅して野次馬を蹴散らすと、オオカミの亜人で班長のマルクは拷問を再開した。


「俺もあまり酷いこたぁしたくないんだ。だが、ここにいる部下の手前、引くこともできねえ。な? いい加減に口を割ってくれや。貴様が隠していることを話すだけでいい。簡単だろ。なあ。〝盗人〟はいつ現れた? どんなやつだった? 〝盗品〟をどこに隠したんだ?」


「うう、ううう……」


「唸ってるだけじゃわかんねえよ!」


 ぐい、と髪の毛を掴んで引っ張り上げる。少女の顔を上向かせると、マルクは少しの躊躇もなく顔面を足裏で踏み蹴った。


「ぎゃう!」


 そして、再び髪を掴んで身を引き起こす。


 何度繰り返されたのか、少女の顔は鼻血と唾液に塗れ、直視に耐えない有様だった。


 しかし、マルクを囲む八人の部下たちは下卑た笑みを浮かべるだけで誰も止めに入らなかった。


 捜索の途中で捕まえたリスの亜人だった。十四、五といったところだろうが、痩せこけている上に全身泥だらけなのでさらに幼く見えた。声に覇気がなく、目は据わっており顔色も血色を失っていて真っ白だ。栄養失調なのは間違いなく、放っておけば今日か明日にでも死にそうだった。


 死なれては困る。


 貴重な証言者だ。


 マルクは、はあ、と疲れた溜め息をこぼした。


「ほれ。さっさと吐かねえか。貴様がエメットの孤児で、火災があった日からずっとここに隠れ住んでいたのはわかってんだ。怪しいやつが来なかったかと訊いている。なぜ答えない? そいつを庇う義理でもあんのか? あ?」


「知らないッチ……。ここには誰も来てないッチ……。何度も言ってるッチ――ぶっ!?」


 思わず顔面を殴りつけていた。


 望まない答えについ手が出てしまった。


 さすがに片目を潰したのはまずいと思ったが、こいつがわけのわからんことを言うものだから苛立ちもするし腹も立つ。どうしてわかってくれないのか。


「わゔぅ……ッ! やめて……、やめてよぉ……っ! ――ぇぼぉ!?」


 今度は腹を殴りつける。


 胃液を吐き出して喘ぐルッチが汚らしくて今すぐにでも投げ捨てたいが我慢する。マルクは仕事熱心な男であった。


「くそが! さっさと吐けやコラァ! 貴様がどれだけ白を切ろうとなあ! ここに孤児以外の人間がやって来た確たる物証があるんだよ!」


 マルクは何の変哲もない水筒を掲げて見せた。


「さっき貴様を拘束したときに見つけた物だ。知らないとは言わせねえぞ」


 エメット地区に似つかわしくない代物。しかも、状態が良く火に炙られた痕跡もない。火災以後に転がり込んできたのは明白だった。


「この水筒はな、衛兵に一律支給されているクレイヴ軍仕様の水筒なんだよ。おまえがどうやって手に入れたのかは知らん。盗んだのかもしれんし、口止め料に貰ったのかもしれん。どっちにしろ、貴様はこの水筒の持ち主である兵士に会っている! そいつがどんなやつだったか教えろと言っている! さっさと答えんかボケ!」


 腹を蹴りつけると、答える代わりに血反吐を吐き出した。


「汚ねえなあ!」


 もう一発。爪先が胸部をぶち抜き肋骨が数本折れた。


「げぇええっ!」


 度を越えた暴行に、さすがに部下が止めに入った。


「マルク班長、やりすぎっすよ。それ以上したら死んじまいますぜ?」


「ちっ。――おまえら、こいつへの尋問は俺一人でいい。捜索を再開しろ」


 その命令には部下たち全員が顔をしかめた。


〝盗人〟の捜索――だが実態は、〝盗品〟という名の宝物を探索する穴掘り労働である。


 拷問を見ているうちは休めてよかったのに。再び作業に駆り出されるのを部下たちは目に見えて嫌がった。


「地面だ! 地面を集中的に探せ! 掘り起こしたような跡があればおそらくそこだ! いいかおまえら! 俺は他の班長と違って実に優しい男だ! お宝を見つけたやつには報酬の半分を与える! 気合入れて探せ!」


「け、けどよ、班長。さっき堀った穴から遺体が出てきてよお。ここ、やっぱり気味悪いぜ」


 土が変色して盛り上がっている地面を重点的に探すよう命じられて、そうして掘り起こした場所から孤児の遺体が出てきたのだ。部下が気おくれするのも無理はなかった。


「……ッ」


 部下の言葉を聞いて、リスの亜人の少女はどんなに痛めつけられても流さなかった涙をぽろぽろとこぼし始めた。


「この水筒の持ち主がお宝を盗んだ兵士であることは間違いないんだ。そいつがエメットに来た理由は何だ? お宝を隠すためだ。そうに決まってる!」


「なあ、班長。そのお宝ってのはどういった物なんです? 大きさとかよお。具体的に言ってくんねえとわかんねえよ」


「知らねえよ! 自分の頭で考えやがれ馬鹿ども! でもここにあるんだよ! お宝が目の前にあるってのに日和ってんじゃねえぞ! いいから探してこい!」


 班長の気性の荒さは一般人に向かっている分には愉快でいいが、癇癪を起こされると手に負えなくなる。班長とは伊達ではなく腕っ節の強さがあって初めて就ける役職だ。歯向かえば、今度は自分が少女と同じ目に遭いかねない。


 その恐怖と途方もない徒労の気配に部下たちも反論する気力ももはや湧かなかった。


 そして班長もまたこの拷問の末にお宝が見つけ出せるとは実は微塵も思っていなかった。


 少女が〝盗品〟の在処を知っているなら手間が省けて済む話ではある。だが、吐き出させた情報が虚偽である可能性はあるし、思い違いの行き違いだって十分ありうる。


 最後にはどうせ虱潰しに捜索するしかなくなるのなら、か弱い女をいたぶって出張った面倒への憂さ晴らしをしたほうがよほど精神衛生上よろしい。


「おら! 早く行かねえか!」


「へぇ~い」


部下たちが重い腰を上げたときだった。


若い女の声が乱入してきた。


「てめえら、その娘が一体何をしたってんだ?」



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