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勇者シナリオ⑩『賞金稼ぎジェム&ルッチ』その2


 ジェムは大家族の長女で、下に弟と妹が八人いた。働き者の父と母を手伝いながら、貧しいながらも幸せな生活を送っていた。


 内乱の最中、治安の悪化に伴い暴徒化した民衆による略奪が行われた。ジェムの一家もその災禍に見舞われた。


 家族を守ろうと抵抗した父と母が真っ先に殺され、追い打ちの放火が弟妹の命を奪った。


 ジェムは一晩で天涯孤独となった。


 しかし、ジェムは泣かなかった。それ以降、一度も泣いた記憶がない。それどころではなかったからだ。


 暴徒に襲われたときは無我夢中で逃げていたし、すべてが終わった後は明日を生きるのに精一杯で余分な感情に体力を使っている余裕がなかった。


 ただ、後日両親を殺した暴徒を馬乗りに殴殺するジェムの頬には涙が一筋伝っていたという。


 そのときのジェムは暴徒の頭蓋を慎重に的確に滅多打ちにすることしか頭になかったのだが、現場を見ていた兵士は泣いていた事実を本人に指摘しなかった。


 無意識の感情の発露。


 怒りで我を忘れていたのだとしても、情緒に左右されることなく人間一人を冷静に殺し尽くす精神構造は戦士にとって貴重な才覚の一つである。


 この出来事をきっかけにジェムは反乱軍の兵士に拾われ、即戦力として最前線の職場に送り出されることになる。


 運がいいことに〝生物としての強さ〟がジェムにはあった。


 格闘未経験でもセンスの塊だったジェムは、戦いを通していくうちに自然と戦闘スタイルが確立していき、たった数か月で反乱軍の一部隊の隊長を任せられるほどにまで成長した。


 戦争は反乱軍の勝利で幕を閉じ、長きに亘った内乱はロゴールの新たな王、ベアキルサン・バド・クレイヴが即位したことで終わりを告げた。


 官軍の将として戦果を収めたジェムはしかし、中枢幕下への取立てを辞退して街中を警邏する一般兵に身を落とした。


 略奪に遭い内乱を見てきたことで、官位や名誉、財産が如何に標的にされやすいかを思い知ったのだ。


 元々興味がなかったものが重荷になるのなら初めから持たぬほうがいい。


 清貧などという高潔な思想ではなく、失うことの恐怖からジェムは無欲恬淡を信条に掲げた。


◇◇◇


 エメットの大火災から一か月後、詰所で若い兵士二人がしている雑談を、ジェムは背を向けて座りながら聞くとはなしに聞いた。


「火災が遭った日、あの貧民窟には孤児しかいなかったって話だぜ」


「逆だ、バカ。孤児が集まってできたのがエメット地区だよ。エメットってのは大昔の王様の名前らしい。それが気に入らないってんで火事を起こしたクレイヴ王も恐ろしいお方だよ」


「大王の命令だったってのかよ!?」


「んなもん、あの地区周辺に住むひとはみんな知ってる。火事の前日と当日、怪しい兵士が何人もうろうろしてたからな」


「マジかよ。被害に遭ったガキどもがいつか復讐しに来たらどうすんだろ? 全滅させられたんかな?」


「クレイヴ王はよ、エメットの生き残りのガキなんざ眼中にねえよ。いずれ成長して武装蜂起したとしてもそんとき返り討ちにすりゃいいってくらいにしか考えてねえさ。もしかしたら、いま反乱分子を虱潰しに探すより手間が省けていいって思ってるかもな」


「ひええ。さすが大王だぜ。まあ、らしいっちゃらしいけど」


 亜人とドワーフと巨人の混血族《山牙族》の長――ベアキルサン・バド・クレイヴ大王。


 彼は謀反や反乱を歓迎し、歯向かう者を拳一つで捻じ伏せ、十年以上続いた内乱を見事に治めた猛者だ。


 各地を縄張りとする氏族たちを一手に従えた比類なき統治者でもある。


 たかだか数百人の子供の復讐を恐れるような柔な神経はしていない。


 エメット火災の話は終わり、次の話題に移った。


「そういや、聞いたか? 内乱のどさくさに紛れて城の宝物庫からお宝を盗んだやつが何日か前に捕まったって話。近々公開処刑されるんだってよ」


「ああ、知ってる。んで、それ聞いた別の盗人が、今頃大慌てでお宝を隠しに奔走してるって噂だ」


「ハハッ、何だそりゃ! 隠してどうすんだよ! 換金できなけりゃ宝の持ち腐れだ! 隠してるとこ見つかって処刑されるくらいなら捨てちまえばいいのに!」


「国外に持っていくって手もあるが……。ま、検問で引っかかっちまえばそれまでだし、おまえの言うとおりかもな」


「隠し場所にしたって、ロゴールに大王の目が届かない場所なんてねーよなー」


 ジェムは席を立った。


「見回りの時間だ。行ってくる」


「うーっす」


「お気をつけてー」


 班長の退席を確認すると、若い兵士たちはひそひそと話し始めた。


「ジェムさんって、実は大王の右腕だったって話聞いたんだが」


「おまえはどっからそういう噂を聞いてくるんだ? ……まあ、俺も聞いたことあるけど」


「マジなんかな?」


「どうだろ。でも、あのひとの強さは本物だよ。前に街中でちょっかい掛けてきた三人の大柄な男を全員秒で落としたところ、俺見た。それ以来、俺はあのひとを女として見れねー」


 どちらからともなく、はあ、と溜め息を吐いた。


「めっちゃ美人なのに」


「もったいねーよなー」




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