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勇者シナリオ⑩『賞金稼ぎジェム&ルッチ』その1


 火山地帯【漠領ロゴール】――ヒト族が虐げられ、亜人や精霊が共存する国。


 ロゴールでは腕力に優れた者が社会的地位を得やすく、反対に非力な者は人権がないかの如く蔑まれていた。


 種族間での差別が少ない代わりに公然と受け入れられているフィジカルヒエラルキー。


 ロゴールで暮らすには強くなければならないのだ。


 特に、親を亡くしたか捨てられた孤児にとって強さは生死に関わる問題であった。


 子供でも肉体的に優れていれば働き手として重用されることがある。狩猟や農耕はもちろんのこと、工芸品を多く輸出しているロゴールでは他国へ運搬する人足の需要も大きい。


 出自や種族がどうであれ使える者ならば不自由なく暮らしていけるのがロゴールだ。


 一方で、非力や病弱に生まれた子供が誰にも拾われずに路上で餓死する光景はこの国では珍しくない。


 生物としての強さ。


 それだけがこの国で求められる絶対的な価値観である。


◇◇◇


 王都デオンの外れには戦乱の名残とされる『壁』がある。


 デオンを守るために建設された防護壁だと主張するのは現在行われている内乱しか知らない若年層だけで、時代を遡れば隣接していた旧都ゼイエンの民衆が築いたデオン兵を追い出すための城壁であったとする話が上の世代の共通認識であった。


 さらに古くは一国の王子同士でいがみ合い、東西を分割するほどの大掛かりな兄弟ゲンカの負の遺産だとする歴史書もあって、築城の経緯も時代も目的もてんでバラバラなはずなのになぜか一直線に並んで虫食いのように点在する壁が今もなおうら寂しく残っている。


 かろうじて『壁の内側』には孤児が寄り添い築いた集落があった。


〝子供の国エメット〟


 ――冗談でも何でもなくそう書かれた立て看板が集落の四隅で通りがかる警備兵の顔を顰めさせていた。


 当然不法占拠であり、その一帯は孤児たちが自治権を主張している無法地帯だ。


 取り締まるのは簡単だが国中の孤児が一所に集まり勝手に自己管理しているのを止めるのも馬鹿らしい。


 ネズミが巣の中で駆けずり回っている分には面倒はなく、むしろ害獣の住処が特定できている事実は、悪臭と伝染病に目をつむり、巣が拡張されないかぎりにおいては政府にとってもありがたかった。


◇◇◇


 エメットを焼け尽くす大火災が発生したのは、ベアキルサン・バド・クレイヴ大王が内乱を治め政権を乗っ取った直後のことであった。


 直近では役人が自治権を認めるようなことを匂わせつつ孤児の数を調査した二日後のことで、雨季が過ぎ一年のうち最も空気が乾燥する日に不審火が燃え広がっていったのもおそらく偶然のことだろう。


 半数以上の孤児が焼け死に、さらに半分の孤児が衰弱死した。


 わずかに生き残った者は散り散りになって消えていき、いまや生きているかどうかもわからない。


 火事から半月後、ウサギの亜人ジェムは焼け落ちたあばら屋の炭化した柱の陰から物音を拾った。


 鼻歌を歌っていたのはリスの亜人だった。


「――あんた、ここの家のもんか?」


 ジェムの問いかけに、リスの亜人が振り返った。


「……お姉さん、誰ッチ?」


「大王直属の兵士だ。ここら一帯、立ち入り禁止だったのがようやく解禁されたんで様子を見に来た。あたしはジェム。あんたは?」


「ルッチだよ!」


 泥まみれの顔に屈託のない笑みを咲かせた。


「ルッチ、あんたいま鼻歌を歌っていなかったか? 火事になったっていうのに暢気なもんだ」


「えへへー」


 すると、ルッチは地面に素手で穴を掘り始めた。


 ずっとその作業を繰り返していたのか、爪は剥げ、両手は血で真っ赤に濡れていた。


「みんなが不安にならないように歌ってあげてるッチ! あたい、一番お姉ちゃんだったから。怖い夜も歌ってあげていたッチ!」


 大きな穴だった。


 穴の傍らには、小さな遺体が四つ並んでいる。


「穴の中も暗くてきっと怖いから、今のうちに歌ってあげてるの!」


「……」


 見た目にも違う種族の子供たち。


 だが、同じ家で暮らした弟妹なのだろう。


(墓穴、か)


「……四人にその穴だと窮屈だろう。もっと広げたほうがいいぞ」


「そうかな? うん、そうかもしれないッチね!」


「手伝う」


 ジェムもルッチの横に並んで素手で地面を掘り始めた。


「いいの?」


「暇だしな。給金くれとか言わないから心配すんな」


「……………ありがと」


 幅を倍に広げ、さらに深くした。四つの遺体を入れてもなお余裕がある。


「これでもうお布団を取り合ってケンカすることもないッチね!」


 ルッチはそう言うと嬉しそうに笑った。


 火事から半月が経ったとはいえ、家族の遺体を見て笑える神経がわからない。


 こいつの心はすでに壊れているのかもしれない。


 ぐううう、と腹が鳴る音が響いた。隣でルッチが恥ずかしそうに身を捩っている。


 ジェムはリュックから水筒とパンを取り出してルッチに押し付けた。


「ゆっくり食べな。あたしのだから遠慮するな」


「で、でも……」


「お墓を作ってやるのは立派だけどな、あんたが本当にすべきことは命を繋ぐことだ。この子たちもきっとそれを望んでいる。それとも、死にたいってんならそのパン返せ。あたしはそこまでお人好しじゃない」


 ルッチはしばらく迷ったあと、パンを千切って少しずつ口に運んでいった。


 ジェムはこっそり溜息を吐いた。


 一度限りの情けだ。同情はするが、これ以上関わる気はない。


 まだ食事を続けるルッチを置いてジェムはその場を後にする。


「じゃあな」


「お姉さん、どうもありがとうッチ!」


 ルッチは立ち去るジェムの背中にブンブンと大きく手を振った。


◇◇◇


 こうしてジェムとルッチは出会った。


 二人が勇者になる三年前の出来事だ――



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