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聖約の指輪


 そうして、形勢は一瞬にして覆った。


 シトシトと降る雨の中、闇の衣が雫を弾き、地面に倒れ伏すジェムの頬を濡らす。


 雨音以外に物音はなく、戦闘で巻き上がっていた砂塵も今は収まった。


 大量の兵士の骸が向こうに見え、魔王の足元には勇者が一人死体となって横たわっている。


「ジェ、ジェム姉……っ! ジェム姉ぇ……!」


 少し離れた場所では致命傷を負ったルッチが泣きながら姉の亡骸に手を伸ばしている。


 ルッチに見せつけるようにジェムの頭を踏みつけた。


「や、め……ろッチ……! ジェム姉、から……離れ、ろお……っ!」


『コレはもう死体だ。自ら仕留めた亡骸をどう扱おうと余の勝手だ』


 ぐしゃり、と頭を踏み抜く。


 ジェムの頭部は呆気なく潰され、血と脳漿が水たまりに混じって広がっていく。


「あああああああああっ! ジェム姉ぇえええ!」


『安心しろ。次はおまえがこうなる。すぐに後を追わせてやろう』


 魔王が歩き出すと、一歩ごとに踏みしめた大地に亀裂が走った。


 上半身を纏う〝闇衣〟が陽炎のように揺らめき空気を灼いた。


 膨張した上半身に比べると変化のない下半身が頼りなげに映るが、〝闇衣〟の影響力は全身に及び足腰の筋肉量も通常時より数倍増しである。


 アーク・マオニーとの連携スキル《闇衣/ヤムイ》。


 五体のアーク・マオニーを、魔王の両腕・両脚・胴体を覆う五つの防具に影変化させて装着する全身フル強化型スキル。


 魔王と、各アーク・マオニーが気力MAX状態となって初めて使用できる合体スキルだ。


 スキル発動の条件が困難な分、一度発動すればスキルの持続時間は無制限――戦闘終了まで続く。


 二体のアーク・マオニーがやられてしまったので、今回合体できたのは三体だけ。


 しかし、両腕と胴体を影武装し、三カ所を強化しただけでも魔王に敵はいなくなる。


 現に、この南門フィールド上で魔王に抗える者は誰一人としていなくなった。ジェムは絶命し、ルッチも虫の息。遠く離れた場所にいる魔導兵はすでに戦意を喪失している。


◇◇◇


 ――形勢は一瞬にして覆った。


 魔王が《闇衣》を発動させた瞬間、《マグネットスピア》で飛んできたジェムを拳一発で叩き落し、磁力を失い自由になったルッチが魔王に攻めかかるもこれを返り討ちにしたのである。


 それは攻防とも言えぬ一方的な暴力であった。


 ルッチの蹴りが魔王の顔をすり抜けていき、逆に足を掴まれて地面に体ごと叩きつけられた。


 図らずも最初の攻防と同じ展開であったが、唯一、ルッチに与えられたダメージだけが違った。


 体を縮めてガードしたにもかかわらず、ルッチは全身が粉々になるほどの衝撃を味わった。


 たったそれだけで致命傷となり、意識が飛んだまま魔王に投げ捨てられた。


 ルッチにトドメを刺しに行こうとする魔王を止めたのはジェムだった。


 顔面の左半分を潰されてなお立ち上がるも、魔王は無慈悲にも同じ個所を再び殴りつけた。


 こうしてジェムは絶命し、ダメ押しに頭部を踏み潰されたのであった――


◇◇◇


 改めてルッチのほうに向かおうとして、不意にその足を掴まれた。


「……ま、て……よ、……てめ……ェ……」


『ほう?』


 振り返れば、地面に這いつくばって魔王の足を掴んでいたのは、ついさっき頭を踏み潰されたはずのジェムであった。


 なぜか頭部は復活しており、陥没していた顔面の傷も治っていた。


 他の目立った傷も見る見るうちに塞がっていく。


 まるで逆再生された映像を見ているかのような光景である。


『生き返ったか……。いや、そもそも死ねないのだったか?』


「ちっ。てめえ、どこでそれを聞いた?」


『余に知らぬ事象はない』


「そうかよ。知ってて背を向けるたぁ舐めた真似してくれるじゃねえか……! ルッチの許へは行かせねえ。あいつはあたしの妹だ。絶対に殺させやしねえ……!」


「ううう、ジェム姉……ッッ!!」


 ふらふらになりながらも立ち上がるジェムに、ルッチは声を震わせた。


「待つッチ! 今、回復するから……っ!」


 ルッチは急いでポーチからポーションを取り出して服用し、体力の回復を図った。瞬間的に塞がった傷口は、しかし少しずつまた広がり始めた。回復した先から体力がすり減っていく。


 反対に、ジェムの傷がさらに塞がっていく。まるでジェムの傷をルッチが肩代わりしているかのように、姉妹で受けたダメージが均されていく。


「ありがとよ、ルッチ。これでまだ戦える」


 魔王はその様子をつぶさに観察した。


『回復した体力を分け与えているのか。それが、おまえたち姉妹が持つ特質――〈聖約の指輪〉の呪いの効果であるか……』


「指輪のことまで知ってんのかよ……っ!」


 ぎり、と唇をかむ。


「――ああ、そうだよ! あたしとルッチはこの指輪で命を一つにした! どちらか一方が死んでも片方が生きていれば、体力を分け与えて勝手に蘇る。一生外すことができない指輪。呪いのアイテムだ……!」


 魔王は興味深げに頷いた。


『この世にはもう一つ〈誓約の指輪〉なる物も存在すると聞く。どちらも命を共有するアイテムという話だが、おまえたちを縛る〈聖約の指輪〉にはそれ以外にも効果があったはず。体力を分け与える恩恵がそれか?』


「――へっ! 好きに解釈しやがれ! そこまで答えてやる義理はねえ! てめえはどの道ここで死ぬんだからな!」


 ジェムは拳を構え、虚空に向かってシュシュシュシュッ――と、素振りを繰り返した。何度も何度も。


 そうして無数の空振りは大気を打ち、拳圧が弾丸となって撃ち出される。


「拳砲乱れ撃ち――《エアマシンガン》!」


 ドドドドドドンッ!


 拳の形をした空気砲が火を噴いた。


 弾幕が壁となって魔王に押し寄せる。


『愚かな。余の《闇衣》には通じぬとまだわからぬか……』


 避けることもせず魔王は弾幕に身を晒す。


 すべての拳弾がすり抜けていく。


《闇化/エンダーク》の完全上位互換。


 勇者の攻撃であっても無力化してしまう。


 常時、無敵状態。


 ジェムは怒りのあまり目を見開いた。


「……ふざけんな。こんな馬鹿げた話があるかよっ」


『《闇化》と大きく違うのは返し技にのみ特化していないという点だ。こちらからいつでも攻撃できるぞ。こんなふうにな』


 魔王が動く、地面の影が飛びジェムの背後に回り込むと、影の移動に合わせて魔王の姿も飛び移ってきた。


 瞬間移動にジェムは対処できず、無防備な背中を魔王に晒した。


『《影爪/シャドークロー》』


 鋭利な影爪が背中から胸元にまで貫通した。


「――がふっ」


 心臓を破壊されたジェムは即死した。


 爪を引き抜き、ジェムの遺体を放り捨てる。


「うううう、ジェム姉……っ。し、死んだら駄目ッチ……!」


 すかさずルッチがポーションを飲んで回復する。


 自身の回復した体力をジェムに送り込む。


 ジェムの胸に空いた穴が見る見るうちに塞がっていく。


 再び蘇ったジェムは魔王の足に縋りついた。


「ルッチの許には行かせねえ……ッ! 何度だって蘇ってやる……ッ!」


〈聖約の指輪〉の呪いに掛かっているかぎり、ある条件を満たさなければジェムが死ぬことはない。


 妹に矛先が向かぬようにと姉は何度でも立ち上がる。


「ルッチ! おまえは回復に努めろ! こいつはあたしがぶっ殺す!」


「うん……ッ!」


 これまでここまで追い詰められたことがない姉妹だが、役割分担は最初から決まっていた。


 ジェムが前衛、ルッチが後衛に徹するというものだ。


 ルッチが狙われればバランスを崩すのでそれを阻止するためにジェムは果敢に魔王に挑む。


「来い、魔王! てめえの相手はこのあたしだ!」


 魔王は足元に縋るジェムを虫けらを見るかの如く見下ろした。


『一つ、勘違いを訂正しておこう。余はおまえたち二人を殺す気はない。どちらか一方でいいのだ。こうして瀕死に追い込みさえすれば余の目的は叶う』


「なんだと!?」


『《闇衣》――解除』


 魔王の言葉に呼応して、魔王が装備していた鎧が元のアーク・マオニーに戻された。


 三体のアーク・マオニーが軽やかに宙を飛び華麗に着地する。


「魔王様♪ 武装解除してもよかったんですか?♪」


『もう必要ない。《闇衣》には一つ大きな欠点がある。最強ゆえにどんなに敵を痛めつけ、どれほど殺しても、《経験値》がまったく得られないというものだ。折角の勇者戦、レベルを上げる絶好の機会だというにそれではあまりにもったいない』


 魔王はジェムの腹を殴りつけ、ジェムの内臓をミンチに変えた。


「――――ッッッ!!!!」


 当然、即死である。


『魔王の攻撃!

 ジェムにダメージを与えた!』

『111』


『ジェムをやっつけた!』


『魔王のレベルが上がりました!』



―――――――――――――――――

 魔王  LV.19

     HP  901/901

     MP  275/275

     ATK 142

     MAT 156

―――――――――――――――――



『ふははははっ! 良いぞ! これでまた全盛期に一歩近づいた!』


 そうして、魔王は待機する。


 ジェムが蘇り、ルッチが回復するのを待つ。


『余のレベル上げに付き合ってもらうぞ。――心配するな、殺しはせぬ』


 地獄の時間はここから始まった――



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