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王都視察①~スラム街は危険な場所でした~


 辺境の村は滅んだ。しかし、焼失したのは【アコン村】を含めた三つの村だけで、他の集落は放棄したときのままに健在だった。魔物の脅威が去ればすぐにでも元通りの生活に戻れる。


 復興はすぐだ。その後、村人たちを戦える戦士に鍛えあげなくてはならない。


「すべての農民を【農耕兵】にする。その指導に【王宮兵】を充てさせる。各集落に十人から二十人の兵士を駐在させ、警備・巡回も兼務させる。農民を強くするだけで兵士を増やすわけじゃない。大臣たちが不安視している軍備拡張には当たらない」


 詭弁だが。いずれ国民を徴兵するための足がかりにするつもりだ。


 アニの提案にヴァイオラが異を唱えた。


「待て。兵士を常駐させるのか!? そんなことをしたらバルサ城と、王都アンハルの守りが減ってしまう。王宮兵は千人ほどだ。半分以上の兵士を分散させることになってしまう!」


「なら食料はどうする? この国を支えているのは、辺境地域の広大な農地で栽培している大量の農作物だ。会計書によれば、国庫にはまだ国民を食わせていけるだけの食料が二年分ほど残っている。しかし、今後戦いが激化することを考えるとそれだけでは足りない。自給自足を止めるのだけは駄目だ。城壁の外で野営している難民たちを早急に集落に帰し、農作業に戻ってもらわなくてはならない。そして、それを守るためには兵力を分散させる必要がある。そうだろ?」


「……くっ」


 ヴァイオラも考えていなかったわけではあるまい。


 長期的に見たとき今守るべきものは城壁内にはない。


「国とは民だ。民が動いてこそ国は生きる」


「わかっている! だが、国の威容がなければ民は不安になる。そして、武力が分散したこの隙に他国が兵団を率いてきたら止める術がない。そうなれば国は終わりだ」


「他国が侵攻してくる動きでもあるのか?」


「無い。……だが、態勢が変われば柔軟に対応してくるだろう。我が国の産業を虎視眈々と狙っている国は西と北に広がっている」


 山岳の【大封リュウホウ】はもちろんだが、【北国ラクン・アナ】は特に不毛な大地を抱えていた。凍てつく大地では農作物が育たない。代わりに発達した魔石加工と軍事技術が国の特産となっている。アンバルハルを狙う理由も、陥れる力も、この二国にはあった。


「ヴァイオラの不安もわかる。魔物襲来が世界各地で起きているとはいえ、各国はいまだ魔王復活を疑問視している。百年前の人魔大戦が再び起きるのかどうか、見定めている。いま注意すべきは魔王軍ではなく人間たち。とりわけ隣国の動向だ。付け入る隙を見せれば攻め込まれるかもしれない」


「そう容易く条約を放棄したりしないだろうがな。世界会議も、条約の調印も、神都――神の御前で行われる。取り決めを破ることは即ち、神への冒涜を意味する。各国の王たちもおいそれと他国を攻めるような真似はしない」


「なら何も心配することはないんじゃないか?」


「絶対とは言い切れない。……それはいつもおまえが口にしていることではないか。アニ」


「ふん。小賢しくなりやがって。だが、そのとおりだ。俺は魔王軍よりも人類のほうが信用ならない。王たちは動けなくても、王の配下は暗躍できる。俺が王なら配下に命じる。隣国に潜入し内側から破壊せよ、とかな。それは要人の暗殺なんていう大きなことでなくていい。王族への不審を煽り、情報を錯綜させて、国民を左右に分断する。その下地さえ済めばあとは勝手に瓦解する。武力など使わずに革命は成る」


「お、おまえ、なんということを考えるんだ!?」


「現実世界では日常茶飯事だ。文明ができた頃からずっとな。とすると、この世界は神が実在するだけまだまともなんだろう。いろいろと皮肉だな」


「?」


「魔王が神に対して宣戦布告してくれりゃあ人類の目も覚めるんだろうが、そういうワケにもいかない。アテアが勇者に目覚めたことをいまだに信じようとしない大臣たちには辟易させられるな。どれだけ足を引っ張れば気が済むのか。なあ?」


「……」


「いま俺たちにできる手を打つしかないだろう」


「しかし、兵を分散させるのはやはり……」


「今ここで兵を動かさなければ国の威容とやらも地に落ちるぞ。民が困窮しているときこそ国が導いてやるんだ。民に恩を売れ。売りまくれ。いずれ盾になるかもしれない兵士たちだ、せいぜいありがたがらせてやれ」


 言い方が気に入らないのか、ヴァイオラの顔が渋くなる。


 この後、この方針を王宮会議に掛けるのはヴァイオラだ。どのように噛み砕いて説明しようか苦心しているのが見え見えだった。


「心配するな。ヴァイオラが危惧するところは俺も考えておく。大丈夫。俺に任せておけ。国も国民も守ってやるから」


(今はまだ――な)


 ヴァイオラは安心したように笑みをこぼした。完全にアニを信用している。こいつ、本当に馬鹿だな。


「……?」


 こういうとき、いつもなら『悪い顔してますわね』とか言ってくるくせに。


 レミィがいない。


 そんなことがあるのか。


 あいつ、どこへ行った?


 訊きたいことがあったんだが。


「しばらく王宮に逗留する。議会が動いたら知らせてくれ」


「わかった。――アニ、どこか行くのか?」


「町の様子を見てくる。アテアの勇姿を見た民草の意識がどう変わったのか確認しておく必要があるからな」


「そうか。では、護衛を付けよう」


「いらない。下手に目立つと実情が見えにくくなる」


「……あまり無茶はするなよ。王都がすべて治安がいいわけじゃない」


「わかってる。――ああ、近日中に俺に客が見えるかもしれん。来たら知らせてくれ」


「客だと? 誰だ?」


「行商人だ。頼んだぞ」


 王女執務室を出る。


 すれ違う侍女たちは慣れた様子でアニに挨拶をしてくる。ここでの暮らしにもずいぶんと馴染んだものだ。


(危ういな……)


 アニというキャラは、プレイヤーの視点には登場しない。アニという存在がいることが恒常化してしまうと、ゲーム本編でアニが被っている既存キャラの行動に齟齬が生じる。ボケ妹に正体がバレる危険性が高まってしまう。


(いずれバレても構わないが、それは妹が手出しできない状況を作り終えてからだ)


 護衛を付けなくて正解だった。


 今後、表立っての行動は極力他のキャラクターにしてもらうとしよう。


◆◆◆


 王都アンハル――商業が盛んで活気にあふれていた。


 メインストリートは両側に立ち並ぶ商店で賑わっている。露店も多く、町人はもちろんのこと、他国からの行商人やその荷車が忙しなく行き交っていた。


 一際大きな建物は商工会議所だ。この町を支配する片翼はメインストリートの突き当たりに鎮座した。


 もう一方の翼とは官庁である。それも、神に祈りを捧げる教会が政務を担っていた。

 十三ある教会がそれぞれの地区の「代表」で、数字が若いほどバルサ城のお膝元に近くなり声も大きくなる。反対に、二桁となると城壁近くに居を構えることになり、官吏においてそこに配属されることは左遷を意味した。


 第一から第四が上位、第五から第九までが中位、そして第十から第十三が下位とされている。元々番号に識別以外の意味はなかったはずなのだが、役人の間では第一教会に配属されることと『壁沿い』に飛ばされることでは天と地ほどの差があった。実際にその後の出世にも大きく響いていく辺り、ジンクスだけではない政治力学が働いていることは明白である。番付はないとする執政官長の言葉が建前であることなど、官吏のみならず市井の誰もが知っている。


『壁沿い』に派遣された神父がまともだったことなど一度もないのだ。


 そして、それは街の風紀にもよく表れている。金持ちは中央へ、貧乏人は端に追いやられるのは世の習い。特に第十三教会地区には、高い城壁が陽射しを遮って万年影の中という土地もある。


 スラム化した街区は治安が悪く、盗賊やゴロツキの『家』がシマ争いを水面下で繰り広げていた。見た目には平和な街だが、余所者がそうとは知らず踏み入れば、半日後には身ぐるみ剥がされて城壁外に捨てられていることも珍しくない。警備兵が見て見ぬふりなのは当然賄賂によるもので、それで善良な一般市民の暴動を起こさずに済ませているのだから当代の『頭』もなかなかに優秀だった。


(……何事も起きなきゃいいんだが)


 第一地区から順に街を視察して回り、ここ第十三地区で最後だった。しかし、一番厄介だということはすぐに肌で感じ取れた。

 住居と住居の幅が狭く、洗濯紐が無数に空を覆い隠している。路上で遊ぶ子供らのほとんどが裸足。大人も大抵がだらしない格好をしている。こんな場所では余所者はただ居るだけで目立ってしまう。自然と視線を集めてしまう。


(ある程度は仕方がないにしても。……しかし、これは)


 獲物を見定めているかのような視線。誰かにつけられているのではなく、バトンリレーするように行く先々で見られていた。住民全員が敵であるかのように錯覚してしまう。

 狭い路地を選んだのは失敗だったようだ。現実世界でもスラムは人死にが絶えない場所である。不用意に近づくべきではなかったか。


 急いで表通りに出る。メインストリートほどではないが、行商人が馬を曳いているのを見ると途端に安心できた。ここでなら理不尽な暴力沙汰に巻き込まれることはないだろう。

 魔物でなくゴロツキに殺されたとあっちゃあ目も当てられない。そんなつまらない理由で死んでしまったら転生してきた甲斐がない。実地調査も大事だが、今後こういうことはヴァイオラの部下にやらせよう。


 そう決めたそばから……


「いやっ、放して! だ、誰か……っ! たすけ、きゃあ……!」


 目前の露天果物屋で女が三人の柄の悪そうな男たちに囲まれていた。


 女が悲鳴を上げると、男たちの下卑た笑い声が被さった。


「へっへっへ、教会にお勤めのシスターならよお、ココ通るのに通行料が必要なことくらい知ってるよなあ?」


「てめえら役人は毎日いいもん食ってんだろ? それ寄越せっつってんだよ」


「それともぉ――その体で払うかい? 俺たちゃどっちでもいいぜ? なあ?」


 げっへっへっへっへ。


 シスターと呼ばれた女が店先の壁際に追い込まれていく。店主はおろおろするばかり。通行人も見て見ぬふりだ。


(……ったく。厄介事が向こうから来たんじゃ世話ねえぜ)


 巻き込まれては堪らん、と顔を伏せて通り過ぎようとするおっさんの一人を捕まえた。


「お、あ、な、何だ!? 誰だおまえ!?」


「ちょっと訊きたいんだが、あいつらこの辺りじゃ有名なのか?」


 一応周囲に配慮して小声で訊ねる。すると、おっさんはさらに声を小さくして答えた。


「あ、ああ。あの真ん中のシバキって奴が頭目のチンピラどもだ」


「シバキ……。あの背の高いやつのことか。で、何でシスターが襲われているんだ?」


「嫌がらせだよ。役人を嫌ってるやつは多いからな」


 それはどの世界でも一緒だな。


「兄ちゃん、十三地区の人間じゃないだろ? 悪いこた言わねえ。目ぇ付けられる前に地元に帰りな」


 おっさんは俺の手を振り切って立ち去った。通りに面した店の主人たちも皆奥に引っ込んだ。誰も関わり合いになりたくないようだ。


 シバキ、か。ゲーム本編内では確か出てこなかった名前だ。脇にもサブにもいなかったキャラ。ストーリーには絡んでこない完全なNPCのようである。


 そして、あのシスター。修道服を着て頭まですっぽり頭巾を被っている。見てくれは美人だしスタイルもいいが、あっちも主要キャラにいなかったと思う。


 ということはつまり、この事態は物語においてまったく意味を為さない出来事ということだ。


 なら、話は簡単だ。


 触らぬ神に祟りなし。


 無視をしようと回れ右。


「あ! おい待て! 逃がしゃしねえぞ!」


「許してください! お慈悲を! ――あっ! そ、そこの御方! 助けてください!」


 ちょっと待て。


 どうしてよりにもよって俺のところに来る!?


「どうか! どうかお助けください!」


 チンピラの手を振り払って俺の背後に回りこむ。


「彼らに脅されているのです! お願いします! お、お礼もいたします! だから!」


(おいおい。アンタ仮にもシスターだろ? 通行人を盾にしてんじゃねえよ!?)


 そして、シスターを襲っていた三人組は絵に描いたようなチンピラで、これまたありふれた寸劇のようなセリフを口にした。


「何だ、てめえは!? ああ!?」

「見ねえ面だな。余所者か?」

「怪我したくなかったら後ろの女を渡しやがれ!」


「くっ……」


 どうぞ、と言って差し出してやりたいがそういうわけにもいかなくなった。


 住民たちの視線を感じる。奥に引っ込んだはずの露天商の主人たちも柱の陰からこっそり成り行きを見守っている。さっき立ち去ったおっさんも通りの角からこちら覗いている。くそうぜえ。


 ここでシスターを見捨てれば、アニの評判はもちろんのこと『俺が被っているキャラクター』のイメージまで損なわれる。たとえ些細な噂でも、このゲームをやり尽くしている妹にその情報が渡ってしまえば、『このキャラクター』らしからぬ行動から中身が俺だとバレてしまいかねない。


 らしい行動を取る必要があるのだ。


 となると、……助けないわけにいかなかった。




 ちくしょう。


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