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姉妹の秘密②


 兵士たちと魔王の戦いをじっと観察するジェムの姿が乱闘の向こうに見える。


 ルッチは姉の姿を視界に収めているだけで気持ちを落ち着かせることができた。早く戦いたくてうずうずしているこの興奮をなんとか抑えていられた。勝手をすればジェムに怒られるからというのもあるが、ジェムの立ち姿は格好よくいつまでも見ていたい欲に駆られるからだ。


 知らず、鼻歌を歌っていた。


「お嬢さんや。あんたは魔王が怖くないのかね?」


 斜め後方、杖をついて佇む老人が口を開いた。『魔導兵②』こと、ヴァイオラ親衛隊の一人ジャンゴ老である。


 チ? と、ルッチは首を傾げつつ振り返る。何を言われたのか本当にわからなかったのだ。


「怖い? 何が? 何で?」


「何でって、相手は魔王じゃぞ? 敵の親玉と戦おうというのじゃから、恐怖しないほうがおかしいじゃろ? それにほれ、今まさに兵士たちが魔王によって殺されておる。あれを見てもなお怖くないのかね?」


 視線を前に戻す。ジェムばかり見ていたので戦況に意識が向いていなかった。確かに、兵士がいっぱい死んでいる。


 でも、他人だ。他人がいくら死んだってルッチには関係ない。それがどうしたというのか。


「う~ん、よくわかんないや。おじいさんは怖いの?」


「うむ。ワシは怖い。誰が相手でも命のやり取りはそれだけで恐ろしい」


「ふ~ん、弱っちぃんだね! あたいはヒトみたいに弱くないッチ! だからな~んにも怖くないもんね!」


 亜人のルッチからすれば人族はか弱く、年老いていればなおさら弱い存在だという認識だ。魔導兵は魔法技術に優れている――といくら説明されても、魔法を使われる前に倒せばいいだけでは? と身も蓋もないことを考えてしまうので全然脅威に感じなかった。


「それに、ジェム姉が一緒だからね! ジェム姉がいれば何も怖くないッチ!」


「ほう? あちらの美人さんはそれほどに強いのかね?」


「強いッチ! それに美人ッチ! おじいさん、いい目をしてるッチね!」


「ふぉっふぉっふぉ。お嬢さんも可愛らしい顔をしておるぞ。体もなかなか育っておるしのう、ふぉっふぉっふぉ!」


「チチチチッ! あたい、よく食べるからね! ジェム姉よりお尻もおっぱいも大きいんだよ! ほら! 見て見て! ジェム姉より大きいでしょ!?」


 ルッチは無邪気に豊満な胸を強調し、お尻を突き出してジャンゴに見せつけた。ジャンゴは鼻の下を伸ばして食い入るように眺め回した。


「こりゃこりゃ! 冥途の土産に良いもの見れたわい!」


 呵々、と笑うジャンゴであったが、ルッチはキョトンとして質問した。


「メイドって、なに?」


「あの世のことじゃよ。ワシみたいな老いぼれはいつ死んでもおかしくないでな。たとえ戦場であってもいいものが見られたなら素直に喜ぶようにしておるんじゃ」


「ふ~ん? あたいたちは絶対に死なないからやっぱりよくわかんないや」


「むむ。絶対に死なないとはどういう意味じゃ?」


 ルッチは得意げに笑顔を見せた。


「絶対は絶対だよ! あたいとジェム姉は死ねない呪いに掛かってるんだ! だから、死ぬのって怖くないッチ!」


 呪いという単語を自然に、楽しげに口にするルッチのそのギャップに違和感を覚えた。しかし、ジャンゴは内心の疑念をおくびにも出さずに猫可愛がりするかのように「そうかそうか」と優しく笑みを返した。


「死ねない呪いとはなかなか興味深い話じゃのう! そのことを知っているひとは他にどれだけおるんじゃ?」


「あっ! ジェム姉に誰にも言うなって言われてたの忘れてた! おじいさん、あたいが呪いのこと話したことジェム姉に黙ってて! 怒られたくないッチ!」


「では、これまで誰にも話したことがないのかい?」


「うん。おじいさんが初めて。だって、こんなふうに誰かと話すの、ジェム姉以外で久しぶりなんだもん。あたいたち、いっつも一緒にいるから。今みたいに離れているときもあるけど、そういうときはあたい一人きりだし」


 賞金首を追いかけ回して別行動を取るとき、ルッチは大概一人きりだ。場合によっては協力者と同行することもあったけれど、協力者と相談するのはジェムの仕事だし、雑談するにしてもジェムを交えてでしかしたことがない。ジェムを抜きに誰かと会話をすること自体稀であった。


 ジャンゴは考える。ジェムに強く口止めされているということは、呪い云々はルッチの妄想や作り話ではなさそうである。ジェムにも訊いてみたいところだが、訊けば殴り殺される気がするし、今は戦闘中でそれどころではない。


 まあいいか。呪いが本当なのだとしたら姉妹はこの戦いで命を落とすことはないはず。


 真偽は、実際に見て確認すればいいだけの話。


「何にせよ、ワシのほうが先にくたばるはずじゃからな、お嬢さんのような可愛い女の子と最後にお喋りができて満足しとるよ。……お嬢さん? どうかしたのかい?」


 ルッチは戦場を――否、さらに向こうに佇むジェムを見つめていた。ジェムが一つ頷くと、ルッチも大きく頷いてみせた。


「わかったッチ! ジェム姉、任せて!」


「何じゃい? 何がわかったんじゃ?」


「おじいさん、死にたくないなら隠れてたほうがいいッチ!」


「なんの、ワシも兵士の端くれ! 隠れて生き延びるくらいならわざわざこんな場所にまでやってきてはおらん! 魔王が相手だからといって臆するわけにはいくまいよ!

 ……で、何がわかったんじゃ? ――おや、おらん?」


 そこにルッチの姿はすでになく、死闘が繰り広げられている戦場のど真ん中を目指して駆け出していた。気炎を上げるジャンゴのことなど一切気に留めた様子はなく一心不乱に突き進んでいく。向こうからもジェムが爆速で駆けてくるのが見える。


 頷きあっただけで意思疎通を図った姉妹は、寸分の狂いなく同時に中心地で合流を果たすと、すれ違い、手と手を握り合ってお互いに急ブレーキをかけ、それぞれの背後にいたアーク・マオニーの分身に飛び蹴りをぶちかました。


 キャッホー、という弾けるような奇声がここまで聞こえてきた。


「ほっほう! なかなかやるのう!」


 奇襲も奇襲。まだ王宮兵が全滅しきる前に勇者が乱入してきたのだ、いい気になって殺戮していた魔王は度肝を抜かれたように姉妹を振り返っている。


「あの姉妹、ワシのような口先だけの人間とは物が違うようじゃな」


 勇者というのも伊達ではない。そのあとも、魔王とその部下をお得意のコンビネーションで見事に翻弄している。見ているだけで痛快だ。


「おや? リリナ隊長も参戦しておるのう」


 ますます自分の出番はなさそうだ。ジャンゴは戦場に背中を向けて、


「では、お言葉に甘えて隠れさせてもらおうかの」


 杖をつき、身を潜ませられそうな岩陰を目指してゆっくりと移動を開始した。



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