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姉妹の秘密①


 魔王の快進撃は止まらない。側近悪魔との連携で部隊は次々と壊滅していった。


「……」


 ジェムはその様子をつぶさに観察する。


 魔王なのだから強くて当たり前だ。一般兵士では歯が立たなくて当然だし、それでもあわよくば弱点なり癖なり見抜くことができれば儲けもの――と考え、兵士の奮闘に若干期待したものの、やはり予想通り魔王に一撃を入れられる者は誰一人としていなかった。


 戦いにおいて一番大切なものは何かと尋ねられたなら、ジェムは一も二もなく『分析』と答えるだろう。


 血気盛んな賞金稼ぎ姉妹と世間では思われがちだが、意外にもジェムは何の準備もせずに賞金首を狩りに行くような軽はずみな行動は取らなかった。


 獲物を捕らえるには仕掛けが必要で、それが高額な賞金首ともなれば数日間にわたる監視とその結果間違いなく仕留められるという確信が持てて初めて罠に追い込んでいく用心深さである。


 たとえそれが即席の戦闘であっても変わらない。まずは相手の戦力を『分析』するところから始める。


 並大抵の魔族が相手なら直接殴って自分で確かめるところだが、一目でヤバいとわかる敵には味方をけしかけて情報を取得するやり方を取る。やはり弱点や癖のようなものを見抜くことが主目的であるが、自分やルッチが戦って単独でも倒しきれる相手かどうかを見極めることも重要である。


 九割方勝てるなら問題ない。七割なら日を改める。半々ならば相手にしない。


 さて、それでは魔王との勝率はどう分析できたのか。


「半々、だな」


「何がですか?」


 傍らに控えていた魔導兵のリリナが訊いてきた。ジェムは聞こえないふりをして無視をするとリリナもそれ以上訊いてこなかった。


 半々。それでも大きく譲歩した上での五割であった。本音を言えば六割強。ジェムはともかくルッチ一人で勝てるかと言われれば少し厳しいかな、くらいのものだ。


 もちろん、ジェムとルッチが分断されておのおので戦わざるを得ないという状況での五割なので、この戦いにおいては九〇パーセント以上の確率で勝てる自信がある。


 姉妹のコンビネーションの前に敵はいない。慢心も少しはあると自覚する。だが、これまで培ってきた勝負勘に照らすなら魔王は脅威に当たらなかった。


 それに――。ジェムは横目でリリナを見やる。リリナは拳を固く握り歯を食いしばって王宮兵たちの最期を見届けている。この子がいれば勝率はまたさらに引き上がる。


 魔王が襲来する直前、編成された部隊に同年代の若い女の子が混じっていることに違和感を覚え、新たな勇者がジェムたちの狩場を荒らしにきたのかと警戒した。


 聞けば、ヴァイオラ陛下の親衛隊ということで、そういえば戴冠式では陛下を護衛する彼女と面通ししていたことがあったなと思い出す。


 足手まといは厄介なので先ほど実力のほどを見せてもらったのだが、魔法の威力には目を見張るものがあり、どの王宮兵よりも強いとわかった。あるいは、ジェムたち勇者に匹敵するのではないかと疑うほどである。


 そんな魔導兵が今この場に二人もいるのだ。ジェムとルッチにこの二人の戦力が加われば、勝率は一〇〇パーセントにも上ろう。


 負ける気がしない。


 だから、


「リリナっつったな。てめえらの加勢はいらねえぜ。あたしとルッチだけで十分だ」


 手柄を横取りにされたくないという思惑もあるが、単純に女子供が傷つくところは見たくなかった。そんな光景はこれまで嫌というほど見てきた。いつも、いつも。足蹴にされて泥をかぶるのは力のない者たちばかりだった。


 そんなジェムの心配を汲み取ることなく、リリナは固い声で「いいえ」と返した。


「アニからあなた方勇者様を無事に帰還させるようにと厳命を受けています。危ないと思ったらあなた方を連れて離脱します」


「はあ? あのいけ好かねえ占星術師がそんなこと言ってんのか? つか、何であいつがそんな命令出してんだよ?」


 たかが占星術師の分際で……


「ヴァイオラ……陛下の仰せでもあります」


「ちっ! 意味わかんねーっ! あたしら勇者を信頼してねーのかよ!」


「そ、そういう意味じゃありませんっ。でも、こうして勇者様が四つの門を守るために分散させられたわけですから敵の狙いは門ではなく勇者様を各個撃破することにあるのかもしれないと、アニはそう見てるんです。目的が勇者様の数を減らすことなら、私たちがすべきことは勇者様を殺させないことなんです。それが魔王軍に対抗することに繋がりますから」


「でもよ、勇者を東西南北それぞれの門番に据えたのは占星術師じゃなかったっけ? 矛盾してねーかそれ?」


「ええ。でも、勇者様が守護していないと門は簡単に破られ、王都に魔物の侵入を許すことになります。アニにとっては苦渋の決断だったんだと思います。だからせめて、勇者様だけは殺させないようにと私たち親衛隊を門番部隊に編成したんです」


「……つまり、結局あたしらを舐めてるってことだろがよ」


 占星術師の野郎め。前々から気に食わねえと思っていたがやっぱりだ。


 この戦いを勝利で収めた暁にはあの野郎、ぶっ殺してやる。


「あなた方は殺させません。そのために私は全力を注ぎます」


 毅然とした顔つき。どういう生い立ちなのか知らないが、ジェムはリリナに自分たちと同じ覚悟をその面付きから感じ取った。


 ふん、と鼻を鳴らす。


「命を無駄にすんじゃねーよ」


「はい。あなたもあのひとたちの分まで生きてください」


 死んでいく兵士たち。その分を背負えと言うが、そっくりそのまま返したい。


「てめえこそ危なくなったら尻まくってさっさと逃げな。あたしらは大丈夫だ。そもそも余計なお世話なんだよ、バカがよお」


「え?」


 怪訝そうに目を細めるリリナに、ジェムはつまらなそうに言い捨てた。


「あたしらは絶対に死ねねえんだからさ」



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