勇者シナリオ⑨『背徳シスターべリベラ・ベル』その11
夢から覚めた。
そうだ。こちらが現実だ。
いま目の前には約束を交わした男が立っている。
「リンさん。約束通り迎えにきました」
リンという偽名を名乗ったのはテト・チャオスにだけ。それ以外の人には知る由もない名前。
間違いない。彼だ。
「ああ、約束を守ってくださったのですね」
「はい。結婚してください。よろしいですね、リンさん?」
「ええ。喜んで。これでやっと……わたくしも……普通の……女の子に……」
無垢だった頃に。
幸せだった自分に。
ようやく……
――――
――
◇◇◇
氷漬けにされた遺体を回収したとき、勇者の力が起こした奇跡なのか、べリベラの意識が一瞬だけ浮上した。
その後、満たされたような穏やかな顔をして再び息を引き取った。
礼拝堂フィールドは消えて、西門は通常の状態に戻っている。
以前と一つ違うのは、巨大な門扉が粉々に破壊されていることだ。魔族に敗れた代償に勇者と門、二つの守りを王都アンハルは失った。
西門エリアを管轄とする警備兵を中心に瓦礫の撤去作業が進む。
皆、黙々と作業に集中するのは魔族に敗れた絶望感と、いよいよ追い込まれた焦燥感を拭い去りたいからである。
勇者の遺体を発見し回収したときも誰一人として泣きも怒りもしなかった。
ルーノ、クレハ、アザンカの三人は撤去作業を手伝いながら自らの無力感に打ちひしがれていた。
彼らもまた代償を支払った。ルーノは自信を、クレハは意気地を、アザンカは両足の自由を失った。勇者を守るという使命を全うせず、あまつさえ勇者に命を救われるという体たらく。
これではただ足を引っ張っただけだ。自分に絶望するしかない。
神父の勇者サンポー・マックィンと、シスターの勇者べリベラ・ベルの遺体が並んで安置されている。
魔導兵たちは遺体を見下ろし、その安らかな死に顔に強い後悔の念を抱く。
「下を向いている場合じゃないぞ。次に気持ちを切り替えろ。魔王軍はまたすぐにやってくる」
背後からの声に三人は振り返った。
「アニ……」
占星術師アニは、不細工な杖を突くアザンカに自前でこしらえた松葉杖を二本手渡すと、地面に両膝をつき遺体に手を合わせた。ルーノが首を傾げた。
「アニのそれ、お祈り?」
「ああ。俺の国ではこうやって死者を悼むんだ。形は何だっていい。おまえたちも、落ち込むくらいなら二人に仇討ちを誓え。復讐心を滾らせろ。腑抜けていられるよりかはよっぽどマシだ」
ルーノとクレハはアニに倣って合掌した。何を心に誓っているのかはわからない。
アザンカは松葉杖の出来の良さに驚きつつ、アニに問いかけた。
「シスターべリベラ・ベルの遺体が氷柱から引きずり出されたとき、アニ、あなたは意識を取り戻した彼女と何か言葉を交わしていませんでしたか?」
「よく見ていたな。それがどうした?」
「そのあと、シスターは幸せそうな顔をして逝かれました。あなたが一体どんな言葉を彼女に贈ったのか、少し気になって」
「大したことじゃない。べリベラ・ベルが心待ちにしていた人間のフリをしただけだ。最後は目も見えていなかったみたいだった」
「そう。それで……。優しいんですね」
「はっ! そのまま生き返るんじゃないかと期待しただけだ。念のためテト・チャオスのことを調べてみたが、あいつはもう鉱山にいなかった。今はどこにいるのかすらわからない。本物を連れてこられていたら本当に奇跡が起こせたかもしれないってのに、残念だ」
テト・チャオス?――アザンカは顔に疑問符を浮かべた。アニは説明しなかった。
べリベラの過去はゲーム内のサブストーリーで見たから知っている。
そのサブストーリーでは冒頭゛親に捨てられて娼婦なった……゛としか描かれなかったので修道院時代の話はこちらにきて初めて見聞きし、かなりの衝撃を受けた。
その後の展開も、娼婦が題材だったのでゲームではかなりの部分で表現がぼかされていたけれど、べリベラ自身ずいぶんひどい目に遭っていたことがわかった。幼少期のトラウマだけでなく、路上でも日常的に強姦されていたこともあって、これでは歪むのも仕方ないと思った。テト・チャオスを無意識に求めていたのも理解できた。そして、理不尽な運命に同情してしまった。
だからというわけではないが、……最後くらいいい夢を見させてやろうと思ってしまったのだ。らしくないと恥ずかしくなる。ゲームキャラ相手に何をしているんだ、俺は。
でも……
(べリベラのお顔、何だか幸せそうですわ。お兄様)
レミィの言うとおり、そこには年相応の愛らしい眠り顔が横たわっていた。
◇◇◇
約束は守られなかった。
だが、約束を守り通そうとする意志は、最後にべリベラ自身を救ったのである。
――約束します。
わたくしはこの場所でずっとあなたのことを待っています――
(勇者シナリオ⑨ 了)
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