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勇者シナリオ⑨『背徳シスターべリベラ・ベル』その9


 べリベラの反応が思っていたのと違い、エフィードン卿はわずかにたじろいだ。


「男を雇っていた宝石商をゼッペで取引できなくさせただけだよ。ゼッペでの儲けがなくなるだけで首が回らなくなるような小さな商いだ。あちこちに負債があるだろうことも想像がつく。まあ幸い、マジャン・カオは宝石採掘が盛んな土地だ。鉱山で数年穴を掘ればなんとか店を持ち直すところまで行けるんじゃないか。男と宝石商の二人掛かりならね」


「では、本当に彼は鉱山に」


「そういう報告は受けている。馬鹿な男だ。ベルにちょっかいを掛けた報いだよ」


「そうだったのですか……」


 話は終わり、エフィードン卿が中に入ってくる。すんなりと始まった行為にべリベラは特に反応することなく天井の一点をじっと見つめた。


 思い出されるのはテト・チャオスの間の抜けた笑顔だ。


 ……本当に馬鹿な人。エフィードン卿の差し金とはいえ、経営が立ち行かなくなったこととテト・チャオスは何の関係もなかったはず。ただ雇われていたというだけで親方と一緒に鉱山に行くだなんて。自分だけ店を辞めてべリベラに会いに来ることだってできたのに。


 馬鹿正直な人。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ」


 唐突に過呼吸に陥った。


 胸が苦しい。動悸が激しい。息ができない。


 こんな……どうして……わたくしは……ッ!


「ベル? どうしたんだい? なんだか苦しそうだが、――おわっ!?」


 エフィードン卿の首に両手を回し、膝を立てて体を返す。エフィードン卿の上に馬乗りになると、抜けてしまった彼を再び中へと迎え入れた。


「はあ……はあ……はあ……ハアァ!」


「ベ、ベル!? どうしたというんだ!? なんだその腰使いは! 少し激しすぎないか!? ……んぐっ!? こ、こんなの初めてだ!」


「ハアッハアッハアッ――――、くすっ」


 妖艶に微笑む。今さら気づいたことだけど、エフィードン卿のだらしなく喘ぐ顔を見下ろすのは愉快だった。それにも興奮する。昂ってくる。これまで本気で絶頂したことなんてなかったのに愉悦の赴くままに腰を振ればきっと最高の快感を得られると確信する。


 身を焦がすような愛情を注がれても戸惑うばかりで嬉しくなかった。


 しかしあのとき、客引きが言った一言にこの胸はときめいた。


゛ゼッペから出ていくときには彼らの有り金を全部むしり取っちまえ゛


 心を尽くしてくれた見返りにありえない非道。それを良しと笑い愛だと説いた客引きに大きく頷きたかった。べリベラを愛してくれる人の泣き叫ぶ表情は想像するだに気持ちがいい。


「あはァアアアッ!」


 今も。テト・チャオスの顔が想像できる。鉱山で働く彼はきっとべリベラのことを常に想い、いつか迎えに行くと言ったあの約束を果たさんと懸命にツルハシを振っていることだろう。


 鉱山で働くとかなりの確率で肺病に侵される。一年持たずに命を落とす者もいると聞いたことがある。


 テト・チャオスがもしその病に罹ったとして、彼は病床にあっても片時もべリベラを忘れずにいるのだろうか。


 べリベラの笑顔を思い浮かべ辛く苦しい療養の一縷の希望と縋るのだろうか。


 弱弱しく笑みを浮かべ、震える唇で「貴女に会いたい」と涙ながらに願うのだろうか。


「ハァッハァッハァッ、あっ! あはぁ! アハハハハハ!」


 想像しただけでもう駄目だった。


 憐れすぎて笑えてくる。


 文字通り命懸けで愛してくれるだなんて。


 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!


 だったら死んで! わたくしの糧になって!


 わたくしをもっともっと気持ちよくしてぇ!


「ベル!? ベ……ベルゥ……っ! やめっ……止まれ……っ! も、もう、無理だっ! もう勃たない! はぁう!? む、無理やり搾り取るのはよせえぇええ!」


 エフィードン卿がもう何度も中で果てているが気にしない。刺激すればすぐに復活する。締め上げれば応えるように硬くなる。


 まだ大丈夫。


 まだいける。


 まだまだまだまだ――――!


「あらあらどうしたことでしょう! エフィードン様ったらだらしなーい! くすくす。情けないお顔ですこと! ほらあ、もっと頑張ってくださいませぇ! もっともっと愛してくださいませぇえ!」


 母は最初からべリベラを迎えに来る気なんてなかった。いらないから捨てた。非常に合理的である。


 男に寄生し媚を売って生きる根っからの娼婦。蜘蛛のような女。べリベラにもその血が紛れもなく受け継がれている。


 だからテト・チャオスにも靡かなかった。一人の男ではどうあっても満足できないし、どうせ迎えに来るわけないとも見限っていたから。


 テト・チャオスの手紙を惜しんだのは、彼が純粋すぎるが故に期待値が膨らみ過ぎた結果である。あの顔を快楽と絶望で情けないものに歪ませてやりたかったのだ。


 自分の心を知った。


 歪みを自覚した。


 もういいや。


 これがわたくしの愛し方――


「リンベ――――ル!」


 エフィードン卿の絶叫が宿中に響く。


 泡を吹き白目をむいて起こしかけていた上体を背後にどさりと沈ませた。


 びくんびくんと痙攣し、空鉄砲を何度も何度も震わせる。


 心臓は止まっても血が循環し終えるまではここは元気で硬いまま。


 最後の最後まで愛し尽くす。


「あはぁあああ――――っ!」


 これまで溜めに溜めた鬱憤がすべて弾け飛んだような、それは体の細胞をすべて造り変えるほどの衝撃を伴った絶頂であった。


 間もなく、べリベラの上下運動も収まった。


 肩で息をするべリベラに対し、エフィードン卿は息すらしていなかった。


「くす。おやすみなさい旦那様。そして、ごちそうさまでした♡」


 死体に抱きつき一物にも指を這わす。


 慈しむように全身を丁寧に舐めていく。


 疲れたら微睡みに身を委ね、思い立ったら唇を重ね、そんなふうにして一晩中愛した。


 やがて窓から差し込んできた朝日が、べリベラの新たな門出を祝福しているように見えた。



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