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勇者シナリオ⑨『背徳シスターべリベラ・ベル』その7


 毎日来ていた手紙は三か月経った頃にパッタリと止んだ。


 手紙を読むことが朝の日課になり、それをどこか心待ちにしていた自分に気づき、驚いた。手紙が来なくなっただけで寂しいと感じるほどにはテト・チャオスを憎からず思っていたらしい。


 それもそのはずだ。本来なら親や家族が示すはずの愛情表現をべリベラはこの年になるまで与えられてこなかったのである。


 テト・チャオスの求愛はどこか懐かしさを感じさせた。ほんのりと暖かく、くすっぐたいような。気恥ずかしささえ。自分でも気づかなかった心の隙間を埋めてくれていた。その感覚に戸惑った。自覚すればするほどにテト・チャオスの手紙を恋しく思う。


 どうして手紙を寄越してくれないのか。


 こちらから一通も返信しなかったことについに耐え切れなくなったのか。


 しかし、そんな様子は前の手紙にもなかった。むしろ、便りがないことをいいことに結婚後の新居をすでに購入したとか、一族から婚姻の許可をもらったとかとんでもない事後報告までしてきたのだ。無視してきたべリベラの忍耐をこそ褒めてほしいと思う。


 不可解だった。もしかして彼の身に何かあったんじゃ……


 一抹の不安が過ぎる。


 それでも時間は容赦なく流れていく。


 手紙が来なくなってからしばらく経った頃、ゼッペの裏路地に似つかわしくない二人組が客引きに伴われて現れた。


「これはこれは美しいお嬢さんですねえ! いっひっひ!」


 べリベラは咄嗟に客引きの背中に隠れた。


 その人はカソックを着ていた。教会関係者なのは間違いない。もしかしたら、南の修道院の追手である可能性もある。


 そして、もう一人は。


「おおっ! やはりリンベル! 見間違いようがない! その美しい赤髪はまさしくリンベルだ! 娼館からいなくなったと聞いたときは人攫いにあったのではないかと心配したが、無事だったのだな!」


「エ……エフィードン卿?」


 娼館時代にべリベラを贔屓にしていた常連客である。


(どういうこと? それぞれ逃げ出した場所の関係者……わたくしを連れ戻しにきたの?)


 戸惑うべリベラに客引きが説明した。


「ベルちゃんの今日のお客さんだ。神父様じゃない、エフィードン様のほうな。何でも卿はこれまでベルちゃんのことを探し回っていたらしくて、先日うちにも書簡で問い合わせがあったんだ。赤髪で十五、六の娘に心当たりはないかって。そんでこうしてベルちゃんと引き合わせたってわけだ。やっぱりベルちゃんのことだったのか」


 そして、こっそり耳打ちしてきた。


「へへ、ツイてるぞ。卿が目当ての娘に会えたら通常料金の十倍出すって言ってくれたんだ。今日一日だけでたんまり稼げるぞ」


「そ、そうですか……」


 客引きは、エフィードン卿がべリベラを身請けしようとしていた過去を知らない。もしその交渉をされたなら客引きはどう対応するのだろうか。見てみたい気もするが……やはり面倒ごとは御免である。エフィードン卿の所有物になるつもりなんてさらさらない。


「では、そちらの神父様は?」


「私ですかあ? 私はほら、どこからどう見ても神父ですよねえ?」


「はあ……」


 格好だけ見ればそうだが、手にした酒瓶と赤々とした顔は紛れもない酔っぱらい。盗んだカソックを着回している飲んだくれの浮浪者と言われたほうがまだしっくりくる。


「慈善事業ですよお。教会は浮浪者の保護も行っています。来る者拒まず、来ないなら狩りに行く。たくさん保護したらその分王宮から助成金が入ってくる仕組みなので偶にこうしてスラムを歩いているんですよお。いっひっひ!」


 エフィードン卿が説明を引き継いだ。


「神父が一緒なら貴族である私がこのような場所を歩いていても言い訳が立つだろう? こちらの神父は王都第十三教会の管理者で、教会へは私も多額の寄付をしている。利害が一致したのでね、仕事でゼッペに行くことが決まったんで神父にも同行するよう頼んだのだよ」


 つまり、スラムを歩くためのカムフラージュというわけだ。


「でしたら、わたくしを呼びつければよろしかったのでは? こうしてご足労お掛けすることもなかったはずです」


「リンベルかどうかもわからない女郎を今泊まっている宿に呼び出すわけにいくまい。そのためだけに使いを出すのも危険だ。私にも世間体というものがある。こう見えても社交界では貞淑な紳士で通っているのでね、できる限り人の手を借りずに自分の目と耳で直接確認したかったんだ」


「いやいや、エフィードン様? 私の手を借りてますよお? 言っちゃ何ですが、王都以外の場所で浮浪者を保護しても無意味なんですよお。今回はゼッペへの視察ってことで出張してきましたけどねえ、お給金は出ないし助成金などもってのほか。完全に無駄骨でしてぇ。そこんとこどう思いますぅ?」


「わかったわかった。がめつい男め。では寄付金の額を三割増しから五割増しにしよう。それでいいだろう?」


「いっひっひ。毎度どうも~」


 事情はわかった。神父が追手でないことにひとまず安堵する。


 しかし、エフィードン卿に見つかったのはうまくない。身請け話が面倒だというのもあるが、リンベルがべリベラの実の母親だと知られたくなくて雲隠れしたのである。これ以上危ない橋を渡りたくないのだが――


「では場所を移そうか。おまえのことは一晩買ってある。今夜は久しぶりにたっぷり楽しもうじゃないか。なあ、リンベル」


 エフィードン卿が紳士の皮を脱ぎ捨てて一匹のオスの顔を露わにした。



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