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勇者シナリオ⑨『背徳シスターべリベラ・ベル』その3


 安住を求めて辿り着いた場所は王都アンハル――よりさらに北上した場所にある商業都市『ゼッペ』だ。


 王都には教会が多く宗教色も強い。べリベラの情報が出回っていないとも限らないし、娼婦としての働き口があるとも思えない。


 また、王都であってもスラム地区ならあるいはそういった小屋もあるのだろうが、客層は最底辺の労働者しかいないはずだ。なぜか。それまで働いていた貴族御用達の娼館がなぜ王都でなく郊外の片田舎にあったのか考えればすぐにわかる。貴族こそ醜聞を気にするし、羽目を外すときは王都を抜け出して余所で豪遊するものだからだ。王都の路上で客引したところで引っかかるのは素寒貧かヤクザ者くらいだろう。


 だが、身寄りのない子供ではやはり真っ当な職には就けない。孤児だとバレれば修道院に逆戻りだ。それだけは絶対に嫌だった。


 そこへいくと商業都市ゼッペは孤児でも紛れ込む余地が十分あった。


 路上で商売しているのは大人だけでなく子供もいるし、他国の人間や亜人種もたくさん行き交っている。スラムの浮浪者だってよく見掛ける。ここでは格差が当たり前に存在し、べリベラのような家なき子も珍しい存在ではなかった。


 そして、働き口もまたあるところにはあるものだ。


 露店が並ぶ区画からわずかに外れた暗がりの通り。立ちんぼと思しき女性が数名、道行くひとに色目を使っていたのでここらでいいかと適当な人間に声を掛けてみた。


 そいつはこの界隈を縄張りにしている売春組織の客引きであった。


「おめえ、誰の許可もらってここで商売してんだ?」


「許可がいるのですか?」


「ったりめえだ! ……って、まだガキかよ。流儀も何もあったもんじゃねえやな。わかった。事情は聞かねえでやるからとっとと帰りな」


「わたくしには行くところも帰るところもありません。今日この街に着いたばかりです」


「っつーと、文無しか?」


 そうではないが、即答して頷いた。


「お仕事いただけませんか?」


 客引きはうーんと唸ると、べリベラの顔をまじまじと見た。


「若干幼いが整ってはいるな。喋りも丁寧だし、もしかしてどっかで仕込まれた?」


「南の街の娼館で下働きを少々」


「なるほど。覚悟して上ってきたってわけか。ふむ。余所にやるにはもったいねー面だ。いいだろう。上にはこっちでハナシを付けてやる」


「ありがとうございます」


「でだ、ここで客取りたきゃ所場代を払う必要があってな。大金なんで最初にこっちで立て替える仕組みなんだわ。で、お嬢ちゃんはこれからその借金という名の上納金を収めることでここで商売をする認可を得られるってわけだ」


「どれくらいの金額なのですか?」


 客引きが耳打ちした。


「そんなに?」


「そうだよ。許可を得る代わりに借金を返済するまでここで商売してもらう。実力次第じゃちょっとした小金持ちになれるが自由はない。諸刃の契約だ」


 借金の額は売春するしか能のない女子供には半生を費やしでもしないかぎり稼げない大金であったが、今のべリベラなら所持金を渡してもお釣りがくる。


 しかし、べリベラは困った顔をしてみせた。


「ご冗談を。それでは娼館に勤めたほうがよいではないですか?」


「それがそうもいかん。ゼッペは他国からの商売人が多いからな。そいつらを相手にしようってんだ、娼館も娘を厳選する。で、そこらの夜鷹は全員キズ持ちで、その選定から外れたやつばかり。ハコで働きたくても働けないから道に立つ。んで、そういった女を管理すんのが俺たちってわけだ。確かに、お嬢ちゃんなら娼館に入れる器量はありそうだが……ワケありなんだろ?」


「はい」


「じゃあ、所場代を払ってもらわんとな。ま、悪いばかりじゃない。俺たちみたいな筋者が後ろ盾になっていると思えば心強いだろ。揉め事があればすぐに駆け付けるからよ。その辺は信用していいぜ」


「所場代を収め終えたら今後はタダで商売をしてもよろしいのですか?」


「そりゃ理屈じゃそうだけどよ。……そんなやつはいねえよ。数年がかりで返済して自由になったときにはもう若くない、ってのが大半だ。そういう子はゼッペから出ていくか、筋者のバシタになるのがほとんどだ。どっちにしろまともな人生は送れないだろうよ。そんで? お嬢ちゃんは本当に夜鷹になる気か?」


 話し方や表情、無意識に出る仕草やクセなどを観察した結果、この客引きは「いいひと」だと確信できた。少なくともべリベラを騙したり危害を加えたりする気がないことだけはわかる。


 べリベラは承諾した。


「よろしくお願いいたします」


「……ま、いいけどよ。お嬢ちゃんならすぐにでも稼ぎ頭になりそうだし、そうなったらこっちも助かる。俺はこう見えても子供が四人いるんだ。家族を食わせてやらなきゃでなあ。稼いでもらった分の見返りはするつもりだぜ」


 それからは路上で客を取る生活が始まった。


 娼館とは違い、直接客と交渉にあたるため話がこじれることも多々あったが、べリベラの容姿と技量を気に入った客が常連になり、瞬く間に稼ぎ頭に出世した。


 客引きの言うとおり、稼げばそれだけ待遇もよくなった。仕事場が吹きさらしの裏路地から高級宿に移ったし、仕事の交渉も客引きが引き受けてくれるようになった。決して姿を見せない用心棒が四六時中待機してくれている。


 通り名は「ベル」。自分や母親の名前は今だと使えばリスクしかない。


 そして、ゼッペに居を構えるようになってから一年が経過した。



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