勇者降臨
牙を剥き出しにしたオオトカゲ。
こん棒を振り回すゴブリン。
大斧を担いだ巨人オーク。
大型魔犬カミイヌの群れを先頭に、魔物の大群が押し寄せてきた。
城壁の外で隊列を組む歩兵団は初めての実戦に緊張しており、列がつかえて城壁内になかなか入門できずにいる難民たちにもその動揺が伝わってきた。
津波のような魔物の猛襲。退路はなく、頼りない兵士は盾にすらなりそうにない。すでに実戦経験のあるハルスやガレロたちアコン村の村民でさえこの襲撃が絶望的なものであると感じ取っていた。
魔王復活をどこか絵空事のように感じていた民衆はようやく乱世の幕開けを知る。
恐れるがいい、人類よ。
魔凶の瘴気が今、アンバルハルを暗黒に包み込んでいく――
……しかしてその闇は、一人の騎士の登場によって振り払われた。
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」
魔物の大群の鼻先に、光の帯が真横に迸り抜けていく。魔犬カミイヌの群れはその一振りによってすべて屠られ、オオトカゲやゴブリン、さらに後方を駆けていたオークの集団の足をも止めた。
息を呑んだのは魔物と民衆どちらが先であったか。
土煙立つ平原はたちまち静寂に包まれた。
正面に立つ少女の姿が場を圧倒する。
凛。
「これ以上我が国を蹂躙せんとするならば、死を覚悟して挑むがいい!」
剣を大地に突き立てるその姿は人魔大戦で活躍した戦女神を彷彿とさせた。
魔物たちは互いに顔を見合わせた後に、不幸にも統率された意思により同一の行動に出た。それは憤怒か恐慌か。少女に向かい咆哮を上げて突進していく。
少女はその身に不釣合いな大剣を振り上げて、
「君たちの覚悟は受け取った。ボクはそれに全力をもって応えよう――っ!」
剣が黄金の光を纏って躍動する。
さあ、刮目するがいい、無辜の民よ。
さあ、神の輝光に平伏せ、悪辣の徒よ。
其は絶望を薙ぎ払う希望の剣姫――アテア・バルサ第二王女。
勇 者 降 臨
「ライトニング・ブレードオオオオオオオッッッ!」
上段から振り下ろした一撃がゴブリンの一団を蒸発させ、返しの二撃目がオークの巨体を両断した。
止まらない猛攻。
磐石なる無双。
それは優雅な舞踏を観るかのように。
光剣の連撃が魔物の群れを駆逐していく。
可憐にして勇猛。
醜悪な魔物に囲まれてなお野に咲く花の如き純真さがきらめいた。
まさしく戦女神。
「我らも続けぇええええええええええ!」
少女の勇姿に感奮興起した兵士たちが、鬨を上げながら次々に参戦していく。
「援護よろしく! ボクがみんなを守るから! みんなはボクを助けてほしい!」
「おおっ!」
少女は嬉しそうに笑った。
勇猛果敢だけでは勝てない。最後まで勝ち抜いた先に本当の勝利がある。
死なない戦。
殺させない戦。
それら理想に立ち向かってこそ勇ましき者。
「ボクは――まだまだ強くなる! 強くなれる! なってやるんだ!」
●●●
魔物が次々と倒されていく。一方的となった戦局を、遥か後方から眺めるしかなかったハルスとガレロは、激しい武者震いに襲われた。
「なあ、ハルスよ。俺たちゃ何でこんなところに居るんだ?」
「……」
「村の英雄? それがどうした! なりたかったのはアレだろ!?」
「――っ」
◆◆◆
さらに後方――城壁の物見塔の上。胸壁に手を付いて戦場を眺める占星術師の姿があった。
真下には本陣を敷いたヴァイオラが声高に指揮を執っている。
「アテアは将。ヴァイオラは王。アンバルハルの国の形が見えてきた」
「お兄様が何をしようとしているのか、レミィ気づいてしまいましたわ」
黒衣の占星術師は黙ったままほくそ笑む。
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