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勇者シナリオ⑨『背徳シスターべリベラ・ベル』その1


「きっと迎えに来るからね。約束よ」


 母だったひとはそう言って二度と戻ってこなかった。


◇◇◇


 神に祈りを捧げる場所は、門戸を広く開けている代わりにただの一人も脱走者を許さなかった。


 保護した子供の数で国からの補助金額が変わる仕組みなので当然といえば当然だ。大層なお題目を掲げていてもそんなものは貴族や金持ちの道楽と偽善を満たすための方便にすぎず、所詮この世は金と欲だけで回っていることがよくわかる。誰も私生児たちの幸先を案じてなどいなかった。


 修道院の孤児は美男美女が多い。というのも、彼らは貴族が侍らせた美しい愛人の隠し子がほとんどで、生まれてくる子供も比較的整った顔立ちになる。


 そして、隠し子が後々遺産相続の禍根になることを防ぐために貴族から修道院に生涯預けられるわけだが、そのせいで修道院では美男美女の割合が高くなるのだ。


 彼らを『神の子』と見て崇める向きもある。


 この世に生まれ落ちた瞬間から死ぬまで神に仕えることを決定づけられた御子。


 それをどうして蔑むことができるだろう。


 日々の祈りの中に自由意志を埋没させて、白無垢の箱庭で厳かなる時を延々と過ごす。理想郷は修道院の中にこそあるのである。


 それは幸せなことだと神父は言った。


 疑うことのない人生は幸福であり、ひとが到達すべき完成された世界――天国なのだと修道院の神父は涙ながらに説いた。


「……っ! ……、……ッッ!」


 息を荒げ、腰を振りながら、幸福だの天国だのと説教を吐く神父に反吐が出る。助成金でたんまり儲け、夜毎年端のいかぬ美男美女の子供たちをこうやって慰み者にできるのだから、神父にとってはこの上ない至福であろう。


 ブクブクに太ったその醜い腹にはきっと愛が詰まっていた。


「……」


 少女は性行為による快楽を得られぬ代わりに慈愛の重みを下腹部で受け止めた。幸福だと感じたことは一度もない。


 事を終えると穢されたカラダを拭うことなく追い出され、ふらつく足取りで寝室に戻る。


 孤児たちの共用寝室には同年代の子が少女の帰りを寝ずに待っていた。ロウソクの火に照らされた少女のカラダには白濁色の液体がこびりついていて、誰もが顔をしかめた。耐え切れず嘔吐する子までいる。


 神父の愛を受け入れるのは人間を辞めることと同義だ。手付かずの子供は一人もいなかったが回数には歴然とした差があり、前回から日が空いている子ほど恐怖も嫌悪も増加する。


 もう慣れたとは口が裂けても言えない。だが、行為中に無心でいられる術を身に着けてからは少なくとも恐怖心はなくなった。むしろ、我が身を思って涙してくれる仲間の憐れみと励ましのほうが心にくる。


 自分じゃなくてよかった。今日もべリベラが犠牲になってくれて助かった。そういった本音が透けて見えてしまうのだ。


「ごめんね、べリベラ。あ、明日は私が行くから。必ず行くから! 約束するっ!」


 そう訴える年上の少女のヒザは恐怖と絶望に震えている。


 べリベラは弱弱しい笑みを浮かべると、年上の少女に遠慮がちに手を振った。


「無理しなくていいよ。どうせ、明日も私が指名されるもの。どうしてかな? 私、神父様のお気に入りみたいなんだ」


 そう言うと、皆一様に安堵の表情を浮かべた。べリベラだけが表情に暗い影を落とすもののそれは演技だった。指名しろと神父に頼んだのは、実はべリベラのほうからだった。


 別に自己犠牲に酔っているわけじゃない。ただ、行為中にはお酒を飲めるし、神父の機嫌がよければ甘い高級菓子にありつけることもある。日常生活の中でもあらゆる場面で贔屓にされる。神父に媚を売るだけで少しだけ良い暮らしができていた。だからシているのだ。仲間のためでは断じてない。


 この修道院にやってきてもうすぐ五年が経つ。


 神父の寝室からこの共用寝室までの廊下を何度往復したかわからない。


 出入りを禁じられた区域にも行為のために入ったことが数回ある。


 敷地内の地形も院内の間取りも頭に叩き込んでいる。


 神父の体調や生理現象の周期も完全に把握している。


 教導室の中。鍵の保管庫。無人になるタイミング。それらすべてを網羅している。


 後は月が隠れる夜――その日を待つだけでいい。



 五日後、べリベラは修道院を脱走した。


◇◇◇


 母親がろくでもない女だったのは知っているが、父親のことは一切知らなかった。


 知りたいと思った。


 どこに住んでいるのか知る必要がある。


 隠し子であることを突き付けて脅迫する――なんてことはしない。


 むしろ逆。脱走したことが知られたらいずれ父親が探し始めるはずだ。修道院に預けたのは保身と罪の意識からだが、脱走した今となっては掛ける情けも消えただろう。追手はべリベラを殺す気で追いかけてくるに違いない。


 生き延びるためには父親の手が回らない土地まで逃げなければならなかった。


 父親が誰でどこにいるのか知っていなければ自由に放浪することもできやしない。


 さて、ではどうやって情報を集めようか――



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