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トラウマ


「私の後に続けて。ナナベール。あんたに《エンド》を撃たせてあげる」


 大丈夫。


 まだ誰も死んでいない。


 ここからでも挽回する芽は残ってる。


『――いや、無理だろ。大体、うちも根こそぎ魔力を持っていかれたしよー。魔法が使えるかどうかもわからん』


「心配しなくてもMPはまだ残ってるよ。べリベラ・ベルの勇者スキルがどんななのかとっくに知ってたからね。残量の半分しか取られないってわかってたんだ。MPが100以上残ってれば《エンド》は使えるはずだよ」


《エンド》の消費MPは確か『80』~『100』くらいだったはず。余裕で足りてる。


 あとはやる気次第だ。


『いやいやいや、やっぱ無理。《エンド》は使えねー。ありゃ全盛期のうちでも持て余したやつだぜ? 今のうちに扱えるわけねーだろ』


「そんなのやってみないとわかんないじゃん!」


『わかるっつーの。常識的に考えろ。いいか? この状況は、生まれたての赤ん坊に錬金術を任せるって言っているようなもんなんだぜ? ありえねーだろ。うちに望みを託すくらいならクニちーに相談したほうがよくね? うちは無理。ジタバタしたってもうどうにもならんもん』


「そんなことない!」


『いや、そんなもんだって。人生なんてよー』


「何でよ!? ガムシャラにやって勝つパターンなんていくらでもあるじゃん! ナナベールは勝ちたくないの!? 普通は勝ちたいって思うじゃん、こういうときはさ! 常識的って何!? 私の中の常識じゃそっちのほうがありえないし! 赤ちゃんにだって錬金術頼めばいいじゃん! 万に一つの確率で成功するかもしれないじゃん! やってもいないうちから諦めるなんて意味わかんないんですけど!」


『……』


「ナナベールはこんなところで終わっていいの? 私はやだ! まだ始まったばかりなのに、第一章なんかで終わってたまるもんか! お兄ちゃんを見つけてぶっ殺すまで負けられないんだよ! それに、あんたたちとお別れだってしたくない! 私にとってもう単なるゲームの駒じゃないんだ! あんたたちは私の仲間! 親の顔より多く見てるんだよ冗談抜きで! 簡単に死なせてなんかやらないよ!」


『うわあ……』


 ナナベールが引き気味に嘆息した。


『ったくよー、魔王様、んな熱いキャラだったか? なーんか、復活してから魔王様の性格変わったんと違う?』


「そ、そうかな?」


『おう。暑苦しい。うちが一番苦手なやつ。陰の者にはきっついぜー』


「うく……」


 お、思い返してみると確かに。私もそういう熱血タイプは嫌いだった。


 嫌いっていうか、なんていうか……


 あ、やばい。


 思い出さなくてもいいことまで思い出しちゃう。


 トラウマが掘り起こされる――



 学校の教室……教壇の前……あたかも学級裁判……声が大きいひとこそジャスティス。

 陽キャのノリ……空気を読まない陰キャ……いじるツッコミ……沸き上がる哄笑。

 みんなが楽しければそれでいいじゃん。

 冷めること言うなし。

 イミフなんですけどー? マジ下がるわー。

 振り撒く同調圧力……うつむく少数派……糾弾し、嘲笑し、空気の作れるひとの勝ち。

 かつて私が逃げ出してきたもの。



「……」


 私は今、そういうノリをナナベールに押し付けている?


 でも、今は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ……。まったく違う次元の話。


 考えろ。私は魔王だぞ。そういう精神論じゃなく、カリスマ性でもって命令しないときっと誰も付いてこない。特に相手はひねくれ者のナナベールだ。


 見せつけるんだ。圧倒的な偉力を。


 引き出すんだ。手駒の長所と活躍の場を。


 魔王であると同時にプレイヤーなんだから。それが私の本分だ!


「レワニャ・ジ・クリュイヤ。あんたのオリジナルの名前だ。そして、ナナベール・ジ・クリュイヤはレワニャの本当の母親の名前」


 すると、ナナベールの立ち絵が急に現れた。


『どうして知ってんだ? うち、誰にも言ってねーのに。つーか、いま言われるまでレワニャおねーちゃんの存在自体忘れてたっていうのによー』


 感情の読めない無表情。声も淡々としていて怒っているのかどうかわからない。


 不気味な迫力が立ち絵から伝わってきた。


『どういうつもりだ、魔王様よー?』


「……っ」


 お、恐れるな。


 所詮こいつらはゲームの中のキャラクター。


 現実世界の人間じゃない――し、私にとっては大切な仲間。


「私にはすべてを見通す力がある。すでに知っているんだよ。未来のことも過去のことも。この世界のあらゆる物事を見てきたから」


 幹部シナリオとか勇者シナリオとかで。プレイヤーだけが知り得るキャラクターたちの背景と想い。


 そして、一周目をプレイ済なのでこの先何が起きるかも知っている。


「このバトルフィールドのカラクリがわかっていたのもそのおかげ」


『……』


「その私が言っているんだ。ナナベールは《エンド》を使えるって。あんたが自分を信じられないってんならそれでもいい。だったら、できるって信じてる私のことを信じなさい」


『めちゃくちゃ言ってんぞ。自覚ある?』


「うるさい。うちが無理だと言っているんだから無理、って言っちゃうあんたも同レベルでしょうが」


『……』


「それにこの自信に根拠がないわけじゃない。魔法を扱うには条件がある。レベルとかMPとか能力的な話はもちろんだけど、もっと根本的に必要な条件は【魔法の存在を知っているかどうか】なんだ」


『? 知っているかどうか? ……うち、《エンド》のことなら誰よりも知ってるぞ。だから、今のうちには使えないって』


「そういうことじゃないんだよ。これはプレイヤー側のお話」


 道具は揃っていても【レシピ】がなければ錬成はできない。


 目的地にやって来てもフラグが立っていなければイベントは起こらない。


 いくらナナベールに《エンド》の知識があっても、プレイヤー側の準備が整っていないと【覚えた魔法一覧】に項目が載ることはない。


 この場合の準備とは封印された【魔導書】を入手することだ。


 北国ラクン・アナの洞窟に封印されている【終の魔導書】には《エンド》の詠唱呪文が書かれている。呪文を丸ごと忘れたナナベールは【終の魔導書】を手に入れることで《エンド》を使えるようになるのだ。


 だが、この際必要とされるのは【終の魔導書】そのものではなく、実はその内容――魔法の発動キーとなる詠唱にある。


 私が詠唱を間違えることなく教えることができればナナベールは《エンド》を使えるはずなのだ。


 もちろん、【終の魔導書】の入手が《エンド》使用の必須フラグっていう見方もできるけど。そこはもう当たって砕けろの精神で。賭けって言ったのはこのことである。


 でも、勝算はある。


 何でかって? 前にも似たようなことがあったから。


 リーザ・モアが覚えていないスキルや魔法を使ったことがあったでしょ。私が教えたことで使えるようになった。そのステージ限定ではあったけれど。


 だから、絶対できないってわけじゃない。


 だから、――だからさ。


「ナナベール。私があんたの力を引き出すよ」


『……っ。意味わっかんねー! つかよ、こんなこと話してる場合じゃ』


「名を持たないが、無数の名を与えられし者よ」


『っ!?』


 私は自分の部屋のモニターの前で、画面上にも出ていないテキストを読み上げ始めた。


「どこにもなく、どこにでもある者よ」


 目を閉じる。正しく言霊を紡ぐために。正確な記憶を呼び覚ます。


「不滅でありながら、不変ではいられぬ者よ」


 中学生の私に突き刺さりまくる厨二ワードの数々。本物の「カッコイイ」ってことが何なのかよくわかっていないから字面と語感のみに魅了された。何度唱えたかわからない詠唱は私に勇気をもたらした。言うなれば、私を変えてくれる魔法の言葉。


「時間に縛られず、季節に囚われる者よ」


 ゲームということに囚われすぎていた。お兄ちゃんが転生した世界だよ? もはや常識なんて通用しないし、既存のシステムだって信用できない。ゲームのルールには則っても、攻略法までルールを基にしたら駄目なんだ。ルールを破壊するつもりでやらなくっちゃ。


「すべての始まりにして、すべてを終わらせる者よ」


 私が【魔王降臨】のゲームを持っていたことがすべての始まりだった。だったら、私の手で全部を終わらせなくちゃいけない気がする。


「知り得ぬ神秘にして、皆に知られている者よ」


 私はすべてを知っている。これからのシナリオも、これまでのイキサツも。


 私には知りようのないことがある。このゲームのことや、このバグの秘密のこと。


 学校のこと。


 お兄ちゃんのこと。


 けれどそれらは糧となって私の中に積み上がっていくんだ。


「来たれ――」




 私は――私自身を超えていく!



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