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雷化


 祭壇の上で、神父の勇者サンポー・マックィンが倒された。


(いけない!)


 離れた場所から見ていた魔導兵②――アザンカは、占星術師アニが託した使命に動かされた。


【勇者を生還させよ】


==聞け! 雷の精霊よ! 我を扇動する者よ!==

==導に従いて、我が名を轟かせよ!==

==一なるものを切り裂き、刹那を満たせ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==


 もう間に合わないと知りつつも、咄嗟に魔法詠唱し、この世界ではいまだ発現したことのない応用魔法を繰り出した。


「紡げ――《エンチャントスパーク/雷化》!」


 バババッ!


 足許にまとわりついた雷気を激しくまき散らしながら、前傾姿勢のまま床面を焦がす勢いで一歩踏み込んだ。


 最初の一歩と着地はほぼ同時であった。


《風脚》の風速を超え、音速よりも遥かに速い光速――地面を駆け抜けた稲妻は爆砕の痕を軌跡に描いて刹那のうちに祭壇へと出現した。


 瞬足《電光石火》――


 神父の襟首を掴む。アザンカの接近にいまだに気づいていないパイゼルを無視して再び床を蹴る。


 時間にして二秒にも満たなかった。


 アザンカは神父を回収して元に位置に戻って来た。


 床に寝かせた神父の体を指さし、ルーノとクレハに命じる。


「すぐに回復魔法を! 絶対に死なせてはなりません! 早く!」


「アザンカ先生の足も治さないと!」


 アザンカの足からプスプスと煙が上がっていた。フィールドに張られた暗闇が濃すぎたために飲まれぬようにと雷の威力を上げたことで両足とも炭化していた。


 アニから教わったエンチャントだったが、付け焼刃だったこともあり制御している余裕がなかった。加減していたら神父の回収も成功していなかったかもしれないし、そもそもアザンカにはまだそこまでの技量はない。


 意識したことで痛みが襲ってきた。両足が付け根から切り刻まれる感覚。絶叫しそうなのを歯を食いしばって耐え、再度ルーノに命じた。


「勇者様が先です! 私はまだ生きていますから!」


「……っ! はい! クレハちゃん、やろう!」


「う、ん……!」


 二人がかりで治癒魔法を掛ける。


 アザンカは治癒魔法からこぼれ出る癒しの光を浴びてその効力のおこぼれに預かる。多少は足の痛みも和らいだが、同時にこの炭化した足はもう二度と治らないだろうと悟った。もう満足に歩くこともできないはずだ。


(お願いです……勇者様。……せめて命だけでも助かって……っ)


 その思いが通じたのか、――絶命したはずの神父は息を吹き返した。


◇◇◇


「がふっ! ごほっ! ――はあ、はあ、はあ……っ」


 意識を取り戻し最初に目に飛び込んできたものは、目に涙を湛える二人の美しい子供だった。


「やった! 勇者様! 生き返った!」


「よ、よかっ、た……、ぐすっ」


 すぐさま状況を思い出す。神父サンポー・マックィンは魔忍の極大忍法を喰らい、メイドホムンクルスの攻撃でトドメを差された。死んだはずだった。


(この子たちの治癒魔法で生を拾ったのか? 私は生き返った?)


 いや違う。神父は苦笑を浮かべて自らの思考に否を唱えた。状況を――状態を正確に把握した。


 生き返ったわけではない。


 死を遅らせただけだ。秒読みだった寿命が一分か二分ほど延びたにすぎない。


 だが、それでも自分には過分すぎる奇跡である。


 神は最後の最後で本来の自分を――ベフォマト・ゾーイを取り戻す猶予をお与えになった。粋な計らいに、すっかり馴染んでしまった笑いをこぼす。


「いっひっひ」


「勇者様! 痛いトコない!? 僕たちで治してあげるからあったら言って!」


「もう大丈夫ですよお。ほら、この通り」


 立ち上がる。不思議と体は軽かった。もう痛みすら感じない。役目を終えた器は今にも飛んでいってしまいそうなほど空虚だった。


 命はとっくに尽きたのだ。


「さあ、子供たち。すぐにここから離れて、そこの女性に治癒魔法を掛けてあげなさい。急げばその両足も元に戻せるはずです」


「え? あっ! アザンカ先生! やっぱり我慢してたんだね! もーっ! 無茶したら駄目だよ!」


「はや、く、ち、治癒、し、しなくちゃっ」


「え!? ちょっと!? 私のことはいいんです! 今は勇者様のお手伝いを!」


「倒れている人が何を言っているんですぅ? 私なんかこうしてピンピンしてますよお! 心配されなくても簡単にはやられましぇーん!」


 女性はなおも抵抗したが、子供たちに引っ張られて暗闇の中に消えていった。


 治癒が済めば三人とも戦いに戻ってくるだろう。


 その前に、終わらせねば。


「赤魔女。そこに居ます?」


 すぐ目の前の闇から声が返ってきた。


「おう。いるぜぇ。おっちゃん、実はもう虫の息なんだろ? でなかったら、あの祭壇の光が消えてるわけねーもんな」


 そこまで見透かされているのなら言い訳も説明ももはや必要あるまい。


「赤魔女。最後にお聞きします。ラクン・アナを雪に閉ざしたのは貴女ですよねえ?」


 赤魔女伝説。


 北国を永久凍土に塗り替えた最悪の魔法 《エンド》を操る者。


「百年以上前のおとぎ話ですがねえ。本当ですかあ?」


「どうだったっけ? よく覚えてねーわ。まあ、んなこともあったかもしんねーけどよ。それがどしたん?」


「いやあ、貴女のおかげで私の人生めちゃくちゃだったんです。逆恨みってのはわかってるんですがね、あの国がもっと暖かかったら結果は変わってたんじゃないかなあって思うんですよお」


「あー、そりゃ勘違いだわ。うちが《エンド》をぶっ放す前からあそこは魔法に狂った国だったぜ。うちもそうやって生み出されたしよー」


「……そうですか。まあいいです。今さらどうでもいいです」


 恨みがあるとすればラクン・アナという国そのものにだが、それではあまりに相手が大きすぎる。八つ当たりするにはもう少しコンパクトに。せめて人物大の大きさでないと仕返しした手応えはない。


 赤魔女は打ってつけの相手だった。


「こんな機会に恵まれたこと、神とあなたに感謝します」


「はあ!? 気持ちわりぃこと言ってんなよな。どしたん? 酔ってんのか?」


「いっひっひ。酒に酔えるってのもいいものですよねえ」


 酔わなければ眠れない夜が幾度もあった。


 こんなにも変わってしまった。


「嫌いだったものがいつのまにか好きになっていた、ってことありますよね? 私にとってお酒がそうでした。あと、このサンポー・マックィンとしての生き方もですね。いっひっひ。人間、変われば変わるものですねえ」


 そろそろ頃合いだ。


 体が淡く発光する。勇者の光が暗闇をわずかに押しのけ、そこにいる赤魔女の姿をほのかに浮かび上がらせた。


「私の名前はサンポー・マックィン。神父の勇者です」


 ベフォマト・ゾーイは過去の名前である。


 もう二度と誰からも呼ばれることのない名前。


 いない人間だ。


 だが、……だがっ!


「――だが、最後だ! 見ろ、赤魔女! これが俺の魔法だァアアアアア!」




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