勇者シナリオ⑧『悪徳神父サンポー・マックィン』その6
元々、魔法は得意ではなかった。
素養もなければ知識もない。学んだところで自分の不出来なお頭では初歩すら満足に理解できなかったはずだ。これほどまでに魔法の才能に恵まれなかったのに、何の因果かこれまた使いどころが難しい属性魔法に目覚めてしまった。
光属性の治癒魔法。骨格を歪ませるという微妙すぎる魔法である。
しかも、骨格を歪ませるのに数時間を要する上に、一度捻じ曲げたものは元に戻せないという縛り付きだった。おかげで誰も魔法の実験台になってくれず、整骨を求める患者にも避けられる始末。結局、死体でしか練習することができなかった。
逆に言えば、死体相手なら慣れたものだった。歪ませるどころか整形手術並みに顔の骨格を他人のものに造り変えることだってできる。
応用すれば、もちろん自分にだって……
◇◇◇
「いっひっひ! いっひっひ! ――違うな。こうではない。本物はもっと口角が上がっていた」
鏡の前で表情の練習をする。口調や声真似も一緒に。
神父サンポー・マックィンと瓜二つのこの男こそベフォマト・ゾーイ本人であった。立ち入り調査に来た警備兵たちは見破ることができず、ベフォマト・ゾーイの顔に造り変えられたサンポー・マックィンの遺体だけを持って撤収していった。
こうしてベフォマト・ゾーイは公式に死亡が確認された。
そして、まんまとサンポー・マックィンの身分を手に入れたのだった。
しかし、選択肢がなかったとはいえ、入れ替わった相手が悪徳神父なのは最悪というほかなかった。よりにもよってベフォマト・ゾーイが不得意な酒を愛好し、しかも世界一酒精が高いと言われているラクン・アナ産の【毒酒】しか口にしないという変わり者である。表情や口調は特徴的だったので真似るのはそれほど難しくなかったが、酒だけは猛特訓する必要があった。
酒に慣れるのが先か、飲みすぎで死ぬのが先か。
とにかく、正体がバレるのだけは避けなければならない。
幸い、サンポー・マックィンは教会本部より第十教会から第十三教会への異動が命じられていた。実質的に降格処分だが、今のベフォマト・ゾーイには勤務地が変わって人間関係が白紙になるのは願ってもないことであった。
そうだ。飲みすぎが祟って記憶障害を起こしたという設定も付け加えておこう。サンポー・マックィンの知人に遭遇してもそうやって言い訳すれば乗り切れるはずだ。
ラクン・アナでの偽りの暮らしを捨てて、正しい人生を求めてやってきたというのに、挙句に拾ったものといえば他人に成り代わる偽物の生き方だった。
馬鹿げた話だ。
こんなもの――笑い話にしかならん。
「いっひっひ! いーっひっひっひ! おや? 今の笑い顔、まずまずじゃないですかあ? 本物に引けを取らない下品顔! 自分で言ってて悲しくなっちゃう! ま、こうなったからにはサンポー・マックィンとして悪徳に生きていきましょうかねえ! いーっひっひ! 楽しくなってきましたねえ! いーっひっひっひっひ!」
故郷では笑わない男として馬鹿にされていた。
それが今や可笑しくてたまらない。
ベフォマト・ゾーイは大いに笑った。
酒を煽り、吐きそうになるのを必死に堪えて、なおも高笑った。
ベフォマト・ゾーイはこの日死んだ。
悪徳神父に成り代わり、神父らしい下衆な生き方を継承していく。その覚悟はできている。
生き抜くために。
偽りの人生を歩みだす。
「いーっひっひっひ!」
いつまでもいつまでも。
サンポー・マックィンは鏡の前で泣き笑う。
(勇者シナリオ⑧ 了)
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