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勇者シナリオ⑧『悪徳神父サンポー・マックィン』その5


 音もなく扉が開き、一人分の影がその身をこっそりと倉庫に滑り込ませた。


 丁度そのときロウソクに火が灯った。室内を淡く照らす橙色の光が、驚いて飛び上がる侵入者の姿を克明に浮かび上がらせた。


「こんな夜更けにどうしたんだ? サンポー・マックィン神父」


「あ、……あはは。起きていたんですか? 嫌ですよぉ。びっくりさせないでください」


「俺がここからいなくなるとマズいから、一晩中見張るつもりだったのか?」


「? 何の話です?」


「明日、兵士がここにやってくる。俺を捕まえにな。懸賞金欲しさに売ったのだろう? この俺を」


「何のことだかさっぱり……。夢でも見ましたか?」


 とぼけた口ぶり。だが、神父の視線は忙しなく動いている。この事態を想定していなかったのであろう、図星を言い当てられて混乱していた。


「悪いが出ていく」


「待ちなさい! お待ちなさい! 何か誤解があるようですが出ていくのだけはやめなさい! それこそ捕まってしまいますよ! あなたの手配書がもう国中に出回っているんです! いくら広い王都でも他国の人間が出歩けばそれだけで目立ちます! すぐに捕まってしまいますよ! それでもいいんですか!?」


「ここに居ても同じことだ。いや、ここはすでに袋小路だろう。出ていったほうが助かる確率は上がる。そこをどけ」


「いけませんいけません! 私は絶対にあなたを行かせませんからね!」


 通せんぼする神父の必死な形相。ベフォマト・ゾーイを慮ってのものではもちろんない。それほどまでに懸賞金が欲しいのか。それとも、取引している兵士どもとの約束を反故にするのが怖いのか。


 夕食の食器はまだテーブル代わりに使った木箱の上に乗っている。


 単なるバターナイフでも削れば鋭利なナイフになる。それくらいの工作ができなければ今日まで到底生きてこられなかったと思う。


 一切の躊躇もなかった。


 大声を出させないために狙った首が、そのまま致命傷となった。


 ずぶり、という嫌な音と感触が握ったナイフから伝わってきた。


「き、……き、しゃ、ま……あ……っ」


「地獄に落ちろよ、エセ神父」


 サンポー・マックィンの胴体が真後ろにひっくり返る。


 首にナイフを生やしたまま、天井を見上げた状態で絶命した。


「はあ、はあ、はあ、…………ううう」


 結果はどうあれ、優しくされたときに覚えた感動は本物だったのだ。


 あのとき流した涙の温さには本当に救われた。


 思えば、直接人を手にかけたのはこれが初めてのことだった。


 何を悲しめばいいのかわからない。


 それなのに、いつまでも涙が止まらない。


 死体のそばで泣きじゃくる男をロウソクの揺らめきだけが見ていた。


◇◇◇


 早朝の静けさは、礼拝堂の扉を打ち付ける喧しいノック音と怒声によって破られた。


 出迎えたシスターを突き飛ばして大量に押し入ってきたのは第十教会地区管轄の警備兵であった。調度品を蹴飛ばす勢いで棚の後ろや机の下を調べ回る。勿体つけるように悠然と現れた兵士長が、目を白黒させるシスター長に向けて一枚の証書を突き出した。


「ここに北国ラクン・アナの亡命者を匿っているとの通報があった! ラクン・アナとの条約により、我が国では亡命者を捕まえ直ちに本国に送還する義務がある! これより、ここ第十教会を徹底的に調査する! これは王宮から発付された令状である! 我々の要求は王宮の要求であり、これに従わない者には厳罰が下されるものと思え!」


 恫喝にも似た宣誓に高齢のシスター長は憐れなほど竦み上がった。


 兵士長は愉悦を覚えつつもシスター長に詰め寄った。


「隠し立てはするな。それが御身のためである。シスター、神父はどこだ?」


「し、神父様?」


「サンポー・マックィン神父だ! 早く言え!」


「ひぃ! し、神父様でしたら食糧庫にいると思います……。朝は必ずそちらに顔を出しますので」


 朝っぱらから飲んだくれているのはいかにも神父らしい。兵士長は鼻で笑い、勝手知ったる態度で食糧庫のある奥に向かってずかずかと歩いていく。


 亡命者を匿う場所は食糧庫か備品倉庫のどちらかだ。シスターや教会職員に見つかりそうになった際にはこの二か所を行き来していると聞いたことがある。


 勢い飛び込んだ食糧庫に人の気配はなかった。当てを外した。若干いら立ちながらも踵を返し、乱暴な足音を立てて今度は備品倉庫に向かい扉を蹴破った。


 中には果たして人がいた。


 全身返り血にまみれた男と、地面に横たわっている男。


 兵士長は膝を立てて首をナイフで一突きにされた死体を見分する。おそらく即死だったのだろうと壮絶な形相から見て取った。


 得物のバターナイフを指で弾き、ゆっくりと立ち上がる。


「おまえがやったのか?」


「……そのようで」


「なぜ殺した?」


「殺らなければ殺られていました」


 兵士長は、はあぁ、と重く溜息をこぼす。


「生死を問わず、という触れではあるが、王宮に目を付けられても事だと言っていたのはおまえだぞ。サンポー・マックィン神父よ。どんな処分が下るかわからんぞ」


 カソック姿のその男は毒酒をラッパ飲みし、ぶはあ! と酒臭い息を吐き出した。


「ま、不慮の事故ってことで。なんとか便宜を図っちゃくれませんかねえ?」


 そうして死んだはずのサンポー・マックィン神父は、床に転がるベフォマト・ゾーイの死体を見下ろしながら「いーっひっひっひ!」と下品に高笑うのだった。



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