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アニ、勇者に説教する。


〝村外れの森の中で、魔法の練習たっくさんしていましたものね〟


 それは村を壊滅させるための練習ではなかった。


《火槍》と《風脚》のような反則技なんざちょっと考えれば誰にだって思いつくし、むしろこれらの合体魔法や応用技は本当に試していたことの副産物。


 俺が練習していたのは特殊スキル《見切り》だ。


 俺はゲームのバトルフィールド上の、キャラが移動する一マスがどれほどの距離なのかを算出した。


 たとえば、近接攻撃型キャラはマスが隣り合っていなければ攻撃できない。マスとマスの距離感がすなわち攻撃の間合いとなる。


 剣技であれば一足一刀の距離。


 槍になるとこの間合いが二マスに増える。


 ここからわかることは刀身と柄の長さの違いで間合いが変わるということだ。この設定は現実の距離感に則していると考えていいだろう。


 ならば、魔法や特殊技の場合はどうか。


 俺は村外れの森の中で《ファイアーボール》を使って試してみた。《ファイアーボール》の射程距離はゲーム上では五マス先までだ。五マス先の敵にならギリギリ有効打を浴びせられる。が、六マス以降には届かない。何度も試し撃ちをしてこの「五マス」と「六マス」のギリギリのライン――現実の距離を探った。


 ここはゲームの中だが、実際に動いている俺は生身の人間で、地面にもバトルフィールドにあるようなマス目は描かれていない。


 俺は、一マスの距離感を掴む必要があった。


 すべての魔法、すべての攻撃が「マス目」の間合いに準拠しているのであれば、敵の射程距離を予め予測でき対処も可能となる。格上の敵が相手でも、たとえ勝てずとも、生き延びる活路は見い出せる。


 死ねば終わりのサバイバルゲーム。戦場の前線に立つ気はないが、時には命を賭けなければならないときも来るだろう。今このときのように。


 回避できない戦闘に備えて、俺は《見切り》をある程度仕上げてきた。


 一マスの距離をおよそ1.8メートルとした。


 一間の距離。


 六尺の距離。


 六十寸の距離。


 一寸の誤差で見抜く――そこまでできてようやくスキルとして使えるレベル。


 まだまだ発展途上――だが。


 おまえで試させてもらうぜ、アテア。


◆◆◆


「ライトニング・ブレードオオオオオオオッッッ!」


 光の放流がすべてを飲み込んだ。


 大地を抉り、焦げ付いた臭いが周囲に漂う。


 ヴァイオラは呆然とし、アテアは驚愕に目を見開いている。


 そして俺は――無傷でその場に立っていた。


(……いや、前髪を少し焦がしたか。ほとんど一寸の距離だぜ)


(狙っていたんじゃないんですの?)


(技の射程距離からもっと余裕を持って離れているつもりだったんだ。《風脚》が間に合わなかったようだ)


 風に乗って滑るように後退した。その狙いはよかったが、目測を若干誤った。


 アテアの《ライトニング・ブレード》の射程距離は七マスである。


 13メートル弱だ。


 15メートルほど距離を取るつもりでいたが、かなり手前で失速した。ギリギリもギリギリ。焦がしたのが前髪だけだったのは不幸中の幸いである。


 くそ。


 アテア程度を相手にこの体たらくじゃ《見切り》はまだまだ実戦じゃ使えねえ。


 ……まあいい。今は結果オーライだ。狙いは違ったが、一寸の距離でかわされたようにアテアには見えたことだろう。そこを突く。


「おまえの攻撃は俺には当たらない」


「そんなことっ」


 ない、と弱々しく言葉が切れる。


 ギリギリのところを二度も見切られた(ように見せた)ことで自信を失くしていた。


「わかってんだろ。俺が余裕をもってかわしたってことも」


「くっ……」


「威力は凄い。だが、それだけだ。大振りだし、ちゃんと見りゃ避けられる。勇者でなくても、魔族でなくても、多少鍛錬を積んだ奴になら誰だってな」


「……」


「わかったか? おまえは大海を知らない井の中の蛙だ。自分を過信しているうちは簡単に足許をすくわれるぞ」


 必殺技をかわされたことが一番堪えたようだ。


 アテアからは自信だけでなく戦意まで消失していた。


 諭すなら今だ。


「おまえは誰のための勇者だ?」


「……?」


「何に勝ちたいんだ? 誰に力を見せ付けたいんだ? 目的は何だ?」


「ボ、ボクは……」


「ヴァイオラが言っていただろう。その剣は人を守るためのもんだってな。尊厳と誇りも大切だが、前提として生きていなけりゃ意味がない。信念を貫きたいのなら、まずは生き残ることを第一に考えろ。どうせ勝つと思うな。勝つための、生きるための戦略を立てろ。戦う覚悟を身につけろ」


「戦う……覚悟」


「死ぬ覚悟だ。死ぬかもしれないという可能性を常に頭に入れておけ」


 勘違いしている奴を更生させるには一度心を折ってやるのが手っ取り早い。


(後は、考える暇も与えずに戦場に送り出し、死の恐怖を本能に植えつける)


(じゃあ、いよいよ魔王討伐に向かいますのね!)


(まだ早ぇよ。そうするにも役者が全然揃ってねえ。――が、別の種ならすでに撒いてある。ちょっと待ってろ)


「なあ、アテア」


「……姉さま」


「先陣を切るだとか、一人で戦うだとか、そういうことはもう言うな。おまえだけが人類の味方じゃないんだ。勇者はこれから先まだまだ覚醒していくだろう。私もいる。王宮兵や護衛騎士団もいる。武器を取ってくれた民たちもいるのだ。おまえにはたくさんの味方がいる。それを忘れるな」


 唇と噛み締め、アテアは顔を上げた。


「わかったよ。姉さま、ボクは勇者として戦力の一つになるよ」


「……っ。ああ。そうだな。本音を言えば可愛い妹を戦場に立たせたくないのだが」


「それだけは引けないよ。だってボクは勇者だからさ!」


 完全に納得はしていないだろうが、少しは頭が冷えたようだ。


「君はむかつくけど、少しは認めてあげるよ。でも、信用はしてやんない。できれば姉さまのそばから今すぐにでも消えてほしいんだけど」


 俺は、ふっ、とこれ見よがしに苦笑した。


「あとおまえに足りない物は人を見る目だけだな。その辺りは俺を見て学んでいけ。教えはしないが盗める機会は与えてやる」


「なにおう!?」


「こら。まだ喧嘩し足りないのか、おまえたちは。アニはこれ以上アテアを挑発するな。アテアもいちいち挑発に乗るんじゃない! まったく。困ったものだ」


 ほのぼのとした空気が漂い始めたが、――そろそろか。


 撒いておいた種が芽吹いてきた。


「アテア、悪いが一仕事だ。ヴァイオラも準備しておけ」


「?」


「どうかしたのか?」


「俺は占いをやり過ぎたせいか、直感がよく働くんだ。それは未来予知に近くてな。いま、それが起きた」


 遥か地平を指さす。そして、もう一方の手で人差し指を立てて口許に当てた。


 目を眇めるアテアが、はっ、と何かに気がついて慌てて耳を澄ます。


「魔物の大群がこっちに向かってきてる……っ! 地鳴りまでしてるよ!」


「アニ、どういうことだ!?」


「アコン村を襲った災厄と同じだ。魔物がアンハルに攻めてきたんだ」


 さあ、どうする?


 目線で訴えると、アテアが拳を叩いた。


「行くよ。でも、ボク一人じゃ心許ない。姉さま」


「わかっている! 兵を挙げて王都を死守せねば! アニ、おまえは城壁外に居る難民を避難させてくれ!」


「任せておけ。――アテア」


「な、何だよ?」


「勇者の力、今こそ見せるときだ。頼んだぜ」


「――っ。ちょ、調子狂うなあ、もう」


「行くぞ!」


 ヴァイオラが城へ走り、アテアは時間を稼ぐべく魔物の行く手を塞ぎに行く。


 そして俺は悠々と難民たちの許へ向かった。


「角笛で呼び寄せた魔物たちですわ。ずいぶんタイミングがよろしいですわね?」


「測ったわけじゃない。偶々だ」


 試しの一回、村々を襲わせるために三回と、これまでに角笛の効果を四度も試しているのでおおよその時間は予測できたが、確実性はなかった。


「もしもっと早くやって来ていたらどうしましたの?」


「アテアとの決闘中で、もし俺が殺されかけていたら、これで中断できていただろ? ある意味保険のつもりでもあったんだよ。それに、さっきも言ったが、アテアにはとにかく実戦が必要だ。奴の意識を変えるには実戦で学んでもらうしかない。そのための機会を作ってやったってわけだ」


「そつのないことですの」


 アテアはいま『役割』というものを意識しているはず。「勇者だから一人で戦える」という慢心さえなくなれば、今後は聞く耳を持つだろう。俺の知恵も少しは見せ付けられたことだしな。


「お次は村人たちだ。アテアの勇姿を拝ませて奮い立たせる」


「避難させる気ありませんのね」


 もちろんだ。角笛を使った最後の魔物襲来なんだ、大いに危機感を煽ってやる。


「忙しくなるぜ」


 込み上げる笑いを抑えることができなかった。


 ああ、楽しくて仕方がない。


 この世界は最高だ。


お読みいただきありがとうございます!

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