勇者シナリオ⑧『悪徳神父サンポー・マックィン』その3
「だいじょーぶですよぉ。取って食べたりしませんよぉ?」
その言葉のとおり、神父はベフォマト・ゾーイに危害を加えるつもりはないらしい。
連れてこられた教会の、倉庫のような場所にベフォマト・ゾーイは匿われていた。朝夕に二回食事を運び入れるだけで神父はそれ以上関わろうとしない。なぜ荷馬車に忍び込んでいたのか理由さえ聞かなかった。察しているところもあるのだろうが、あまりに親切すぎて逆に疑わしい。
祖国を裏切り仲間からも追われたベフォマト・ゾーイには到底信用できない人物であった。
「そんな怖い目で見ないでくださいな。私は職務をまっとうしているだけですよ」
「職務だと?」
「神父ですからねぇ。迷える子羊は救わないといけないんですよぉ。えぇえぇ」
「……神父とは何だ? 所詮、官吏だろう?」
政府や王室の忠実な犬ではないのか。
「北国の方ですかぁ? ま、そのように偏見持たれるのも仕方ありませんがねえ。確かに神父は教会をはじめとしてどの公的機関でも上の立場にありまして、いろいろと裁量権を持ってはいますがね。基本的に自分の庭でしか権力は振るえないんですよお。つまり、ここを無断使用するくらいしか今の私にはできません。案外、神父にできることなんてちょっとしかないんですよ。悲しいことに。よよよ」
「……俺を兵士に突き出すくらいできるだろう」
「おや? せっかく王都に忍び込めたのにいいんですか? 何か目的があって来たのでしょう?」
目的……。
そもそもアンバルハルに亡命できた時点で目的は達成していた。
この先どうするかなんて考えていなかった。この倉庫から出て行けないでいるのもそれが理由であった。
「俺の目的はどうだってもいい。あんたの目的は何だ? こんなところに閉じ込めて、俺をどうする気だ?」
「ですからぁ、私はあなたをどうこうするつもりはないんですってば。目的なら先ほど言いましたよ。迷える子羊を救いたいのです。もっとも、あなたも口が堅いみたいですし、心を開いてくれるまでお節介を焼かせていたたきますがねぇ」
「話にならん」
「お話しましょうよお。まだ名前すら聞かせてもらっていないんですよ? もっと私を信用してほしいです」
常に酒臭い匂いを振り撒いておいて何を言う。それが現職の神父なのだというからますます信用から遠ざかっていく。
絶対に心を開くものか、とベフォマト・ゾーイは警戒を強めた。
◇◇◇
倉庫に匿われてから三日が過ぎた。
頑なに心を閉ざそうとも、ベフォマト・ゾーイは食事を運ぶ神父に対し、ぽつぽつと自分のことを語り始めていた。それは故郷すら捨てて行く当てもなくなった心細さが生んだ気の迷いか、はたまた神父の人徳の為せる業か。
北国ラクン・アナの政治体制の批判から生い立ちへの不満まで赤裸々に告白した。実名を避けつつも溜まっていた鬱憤をすべて吐き出していた。
そうして思い出す。自分は何のためにアンバルハルを目指していたのかを。
正しい人生を。本当の自分を取り戻すためではなかったか。
ここでならそれが叶うかもしれないと夢に見て、ようやく辿り着いたのではないか。
そして今、目の前には自分に手を差し伸べてくれようとしている人がいる。胡散臭いのは相変わらずだが、敵意がないことはこの三日間で明らかになった。
縋ってみてはどうだろうか。
本来なら西門の検問場で御用となっていたはずである。ここまで幸運に見舞われたのはきっと神の思し召しに違いない。
そうだ。そうとも――。
「た、頼みがある」
「ほい? 今、頼みがあると言いました?」
「ああ。俺をアンタの下で働かせてくれないか。ここで生活させてほしい」
「つまり、――戸籍がほしいと?」
「……そういうことになるな。ここで生きていくための新しい身分がいる」
ふむ、と神父は顎に手を添えて思案した。
「そろそろあなたの本当の名前を聞かせてもらえませんかねえ。お話の中で地名は伏せていましたが、ラクン・アナからの亡命者ってのはとっくに見当が付いているんですよ」
「……北国からの亡命者ったら調べりゃすぐに判明するだろう?」
「おや、ご存じでない? ラクン・アナからの亡命者って割と珍しくないんですよ? 最近でも三名がアンバルハルに密入国しています」
初耳だった。直近で三人もだと? そんなことは全然情報として入ってきていなかった。もし亡命者がそんなに頻繁に出ていたなら我も続けとばかりに多くの国民が亡命に走るはずだ。そうならないように情報統制が徹底されていたのだろう。
「その三人はどうなった?」
「二人は兵士に捕まって本国に強制送還されました。あと一人はまだ捕まっていません。どこかに潜伏しているんじゃないですかね。ま、ろくに食べれていないでしょうし、今ごろ行き倒れていると思いますけど」
神父は真剣な顔つきで説明した。
「たとえあなたを秘密裏にここで働かせたとしても、ラクン・アナの捜索の手が入るのは時間の問題です。ラクン・アナからあなたを差し出せと言われたらいくら私でも要求に従わざるを得ません。下手をすれば外交問題になりかねませんからねえ。そこまでして危ない橋を渡りたくないし、――正直、そこまでして差しあげる義理もありません」
「……っ」
当然のことなのに、これまで親切だった神父の口から「義理はない」と告げられると思いのほかショックは大きかった。いつのまにかそれほどまでにこの神父を信頼していたのだと自覚した。
神父はさらに驚くようなことを口にした。
「ですから、あなたには死んで頂く必要があります」
「な――に?」
「いっひっひ! 本当に死ねと言ってるわけじゃありませんよぉ。王都で発見したときにはすでに死亡していたとして、別の死体をあなただと偽ってラクン・アナに送り返すんです。そうすれば捜索は打ち切られ、あなたは堂々と別人の人生を送れるってわけです」
なるほど。偽装工作か。しかし。
「うまくいくのか?」
「なあに。そうやってアンバルハル国民になった亡命者を何人か知っておりますよぉ。かくいう私もその一人なわけですがね。いっひっひ!」
「何だって!?」
神父は照れ隠しするように毒酒をラッパ飲みして「ぶはあ!」と臭い息を吐き出した。
「同郷のよしみです。私に任せてくださいな。それにしても、やはりお酒はラクン・アナ産のコイツに限りますねえ! いーっひっひっひ!」
委細すべて任せておけ、と胸を叩く神父にベフォマト・ゾーイは涙して感謝するのだった。
お読みいただきありがとうございます!
よろしければ、下の☆に評価を入れていただけると嬉しいです!




