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勇者シナリオ⑧『悪徳神父サンポー・マックィン』その1


 北国ラクン・アナ――。


 雪に閉ざされた永久凍土。伝説によると赤魔女の究極魔法 《エンド》によって国土が隔絶されたという。


 作物が育たない代わりに大地には天然の魔力溜まりが数多く眠っており、魔力が結晶化した『魔石』の採掘量は世界一を誇る。そのため魔石研究や魔法開発が国策として掲げられ、人魔大戦終結後の百年の間に、魔法技術が廃れるどころか発展したのはこの国だけである。


 魔法の活用方法は多岐に亘るはずだが、生活水準の向上ではなく軍事への転用に注力したのにはそれなりに深い歴史があった。


 他国との外交軋轢、国内で繰り返される暴動と鎮圧。それに伴い増長する警戒と慢心。厳しい環境が自負心を磨き上げいつしか国家はフィアーユ皇室を中心に盤石となり孤高を是とした。


 比較的交易が盛んなアンバルハル王国相手にも高圧的に交渉を仕掛け、武力をちらつかせる遣り口には優王で知られる先代ラザイ・バルサ国王も頭を抱えたという。顰蹙を買われてもなお貫く専制主義が国の内外に強い影響力を与え、その力は増す一方であった。


 全国民が配給制で暮らし、職業選択の自由はない。


 男は魔法学校という名の職業訓練校で適正を審査され、卒業後は魔導研究所か農工作業場に振り分けられる。魔法の才能があれば魔導兵。そうでなければ肉体労働者だ。


 女もまた適正を見られた上で成人男子に宛がわれ、子を為す母体としてのみ活用される。


 決して幸福とは言えない非人道的社会システムではあるが、飢餓での死亡例が一つとしてないのは褒められるべきことなのかもしれない。


 皇室に対し不満を口にすれば反逆罪となり、即座に刑罰が加えられる。密告の報賞を天秤に掛けて国民同士で相互監視しているこの暮らしに疑問を持つなというほうがおかしい――が、それはよそ者の理屈であって、飼いならされた国民に国のあり方を疑問視する余分も気力もなかった。


◇◇◇


 魔導兵ベフォマト・ゾーイもまた無気力に日々を生きる国民の一人であった。


 中でもベフォマト・ゾーイは笑うことを知らず、仲間内からも機械仕掛けに違いないと嘲笑されていた。


 適正こそ評価値が高いベフォマト・ゾーイだが、扱える魔法は一つしかなかった。骨格を歪ませるという限定的な効果しか得られない魔法で、使いどころがほとんどない。希少な治癒系に分類されたため、それだけの評価で魔導研究所に配属された。


 魔法の才能がないばかりに研究所ではお荷物扱いだ。お頭の出来も分野によってはよくて平均。およそ研究者という器でないし、それは自他ともに認める事実であった。こんなことなら農工分野に従事して肉体労働していたほうが遥かに社会貢献できていただろう。一日中研究所の掃除に明け暮れる。惨めで虚しい仕事であった。


 家に帰れば妻と四人の子供が待っている。しかし、望んで手に入れたわけではない家庭に安らぎは感じられなかった。赤の他人だった女が一夜で妻になり、今でこそ婚姻関係を結んでいるものの経歴不詳のこの女を愛するのは難しい。


 四人の子供についてもそうだ。妊娠から出産まで見届けてはいるが自分の子である確信はなかった。研究所に行っている日中、妻がどこで何をしているのか一切知らない。国が用意した種馬がよそにいるかもしれず、たとえそうだったとしても「やっぱりな」と納得するだけだ。子供に愛情を覚えたことは一度もなかった。


 何もかもが仮初だった。


 仕事も家庭も人生も。


 すべて自分で手に入れたものではない。


 こんな地獄のような環境でどうして笑うことができるのだ。同僚たちの卑しい笑みを思い浮かべて吐き気を催す。奴らは飼い慣らされた犬だ。これが幸福なのだと、他国ではもっと厳しい競争があり飯にも満足にありつけないぞと、そう教えられてきて、まんまと信じ込まされた。だからへらへら笑うのだ。死んだような眼をして、諦めきった表情で、つまらなそうに笑うのだ。


 俺は違う。


 俺が笑うときは心が満たされたときだけだ。


 この国にいたら一生笑うことはないだろう。


 俺は、――俺の人生を取り戻す。


 ベフォマト・ゾーイが亡命を決意するのは時間の問題であった。


◇◇◇


 間もなく、女帝エンテ・ライ・ゾ・フィアーユの勅令により、亡命者ベフォマト・ゾーイに逮捕状並びに懸賞金が掛けられた。


 ――尚、生死は問わないものとする。



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