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弱いほう


 ベリベラ・ベルの《エナジードレイン》から解放されたクニキリはその場に膝を突いた。


「――かはっ! はあ、はあ、はあ、はあ!」


 生命力を半分以上も持って行かれた。女で、戦闘職でもないシスターであっても『勇者』の肩書きは伊達ではなかった。大したことはないと侮った自分に恥じ入った。奴の闇魔法は規格外だった。威力もさることながら、ひとたび絡みつかれれば脱出することはほぼ不可能。あれほど闇魔法に特化した人種もそうはいない。しかも、奴は勇者としての固有スキルをいまだ隠し持っているのだ。底はまだ見せていない。


 なぜか《エナジードレイン》を解き、どこかへ移動したベリベラ・ベル。


 暗闇に閉ざされたフィールドでは何が行われているのか判断付かないが、どうやら仲間を助けに走ったようだとクニキリの聴覚は認識した。


 庇われた魔導兵が負い目を感じて立ち上がれないでいる。なぜクニキリにトドメを刺さずにそんないち魔導兵を助けに行ったのか。魔王軍幹部を屠る千載一遇のチャンスであったのにそれを棒に振るなど理解に苦しむ。


 だが、ベリベラ・ベルがクニキリを侮ったからではないことは拳を交えた感触からして断言できた。奴はおかしな癖の持ち主だが、戦闘に『遊び』を入れられるほど器用ではないし興味もないはず。クニキリに背中から襲われる危険があることを承知した上での行動ならば、ベリベラ・ベルにとってあの魔導兵は命に代えても守らなければならないものだということになる。


 利用しない手はない。しかし、いま追うべきかは迷うところだ。


 ベリベラ・ベルとの戦いに魔導兵三人が加勢してくれば今度こそクニキリに勝機はない。


 ……いや、だからこそここが勝敗の分かれ道となろう。空振りに終わった極大忍術はまだ温存したままだ。奴らが一ヶ所に集まっている今こそお見舞いする好機ではないか。


 再び印を結ぼうと両手を合わせた。そのとき、


「おおい! クニちーっ! 一旦集合―っ! パイゼルもーっ! 戻ってこーい!」


 ナナベールが号令を掛けた。基本、単独行動しかしないアイツがわざわざ呼びつけるということは、何か作戦でもあるのだろう。


 パイゼルをこちらに送ったことでベリベラ・ベルが動き、《エナジードレイン》が解かれたのだ。助けられたクニキリに否を唱える資格はない。


 魔導兵たちが固まっている場所を迂回して、唯一の光源である祭壇に向かって駆け出した。


◇◇◇


「おおい! クニちーっ! 一旦集合―っ! パイゼルもーっ! 戻ってこーい!」


 ご主人様であるナナベールの声に、パイゼルははっと我に返った。


 勇者の胸にめり込んだ拳が手応えのほどを伝えた。べリベラ・ベルは少年兵を庇って仁王立ちしている。反撃してくる気配はない。


 ――このまま一気に畳み掛けられるのではないか?


 不意に欲が湧いた。握った拳をさらに固く握り込んで、わずかに腰を引き重心を移動させる。二撃目を打ち込もうと呼気を整えて――。


「パイゼルぅうううう! 余計なことすんじゃねええええ!」


 すべてを見透かしたようなナナベールの一喝がパイゼルの背筋をピンと伸ばした。


「は、はいぃ!」


 ぴょんと後ろに飛び退き、回れ右して祭壇に向かう。


《狂化》で高揚した気分も、ナナベールに叱責されると途端に萎んでしまう。ナナベールの命令にだけはどうしても逆らえない。


 べリベラ・ベルが追ってくる様子はなかった。背後から襲い掛かってくれば迎撃するつもりでいたのに。いつになく好戦的なパイゼルは、隙だらけで立ち尽くすべリベラ・ベルを後ろ髪引かれる思いで振り切るのだった。


◇◇◇


「ったくよぉ。うちの命令を無視しようとするなんていい度胸だぜ。帰ったらオシオキだな」


 パイゼルは固有スキル《狂化》発動時に命令を聞かなくなることが多い。とはいえ、魔王様の命令ならともかく生みの親であるナナベールの命令を無視するなど言語道断! あのメイドには再度わからせる必要がありそうだ。


 背後で光魔法の眩い光が閃いた。神父の勇者サンポー・マックィンがゴーレムハンドにトドメを差したのだ。


 ボロボロに崩れてただの砂山と化したゴーレムハンド。その砂を蹴り払いながら神父が振り返る。


「よそ見してていいんですかねえ。次はあなたの番ですよぉ」


「こっちはもう準備万端だっての。おっちゃんはゴーレムハンドの相手しててよくわかってねえだろうけどよー」


「侮ってもらっては困りますよぉ。赤魔女が何やら企んでいることくらいお見通しです。まあ、内容まではわかりませんけどねえ」


「余裕じゃんか。なら、何もわかんねーままそこで見とけ」


 ナナベールは祭壇を下りるとクニキリたちと合流すべく駆け出した。


「私が黙って見ているだけだと思っているのですか! 逃がしませんよお!」


《エンジェルラダー》の光が追い立て、ナナベールを貫通していく。


「ぎゃう!」


 背中を灼く聖火が呼吸を乱す。ナナベールは意識を失いかけた。


(痛ってぇーッ……けど、計画どおりだ! 神父のおっちゃんにはうちを攻撃していてもらわねーと!)


 ハイポーションを服用する。たちまちHPが全回復した。


(さあて。こっからは我慢比べだぜ!)


◇◇◇


《エンジェルラダー》の光が図らずもクニキリとパイゼルを導く目印となった。


 先に合流したのはクニキリだった。ナナベールは何も告げずにハイポーションをクニキリに与え、神父の攻撃に備えるべくクニキリにも補助魔法《ブレイブロバスト/勇猛》を掛けた。


《エンジェルラダー》に灼かれながらも二人はようやく作戦会議を始めた。


「なあ、クニちー。うちとあの神父、相性悪いっぽいんよ。そっちもそうと違うん?」


「……遺憾だが、攻め手に欠けるな」


「ちょいとキツくね?」


「何か策でもあるのか?」


「クニちーって忍者だろ? 忍者ならほれ、アレあるだろ? 分身の術~みてえなのが」


「……できるが、しかしあれは」


「んでよー、こういうときのセオリーっつったら、先に弱いほうを集団でボコす! じゃね?」


 ナナベールは獰猛な笑みを浮かべた。


 クニキリはその笑みが意味するところを瞬時に理解した。


「……なるほど。心得た」


 この場において御しやすい相手はどちらか。口にするまでもなくお互いに伝わった。


 二人同時に闇を振り返る。


 そして同時に、シスターべリベラ・ベルのいる方角へと駆け出した。



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