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本領


《影法師》を発動させて待機するクニキリは周囲を警戒し続けていた。


「……」


 動きがない。殺気もない。


 魔導兵どもに積極的に攻撃してくるつもりはないらしい。


(勇者といい、こいつらといい、本当に戦う気があるのか?)


 まあいい。おかげでステータス異常【混乱】が切れた。もうベリベラ・ベルの幻想に惑わされることはない。


 近づかずともクナイによる遠距離攻撃で勇者の体力を削ることは可能。それはつまり『淫靡の香』の効果範囲内に入らなくても攻撃ができるということだ。


 姿形は闇に紛れて見えずとも通路の直線上に潜んでいることはわかっている。的に当てるだけなら容易いはずで、少しずつHPを削っていく。致命打は要らない。時間を掛けてじっくりとなぶり殺しにしてくれる。


(それまで大人しくしている気か? ふん。まあ、拙者にはどちらでもよいがな)


 戦う気がないというならお望みどおり殺してやる。


 ベリベラ・ベルがいる方角へクナイを投擲する。


 ドスッ! という音と手応えを感じ取る。図らずもクリティカルヒット。ベリベラ・ベルの喉元にクナイが突き刺さった。


「――――、ぁ」


 短い呻き声を聞く。次いで人体が倒れる音が生々しく響く。


 勇者といえども、さすがに喉を走る神経と頸動脈を断たれると立ってはいられないようだ。


 かふっ、けふっ、と咳き込む痛々しい吐息にクニキリの表情がやおら曇り出す。


(――おいおい、まさかこのまま死ぬんじゃなかろうな?)


 簡単すぎる。いくら何でも弱すぎる。奇跡的な幸運が重なって実力を発揮しきる前に倒せたのだとしても、勇者のポテンシャルがこの程度だとはどうしても思えない。


 ベリベラ・ベルがしたことと言えば闇属性魔法 《シャドークロー》と【混乱】状態を引き起こす《魅了・魅惑》だけ。多少の肉弾戦はあったものの、シスターの勇者の得意分野ではなかったはず。


 本領は他にある。


 それをさらけ出すことなく脱落するのか。


「それでもいいがな。他にも身を潜めている魔導士ともども一網打尽にしてくれる」


 いつしか気力ゲージがMAXに溜まっていた。固有スキルの準備に取りかかる。クニキリの『家』に伝わる秘伝忍法だ。


 両手で印と呼ばれる『型』を結ぶ。魔法で言うところの詠唱に相当し、並の忍術では省略できるそれも固有スキル・極大忍術ともなれば手順を疎かにするわけにいかない。


 円環を意味する印を最初に結ぶのが「起式」の合図。そこから木火土金水の五行を相克の順に当て嵌めて対応する印を結んでいく。木が土を制し、土が水を制し、水が火を制し、火が金を制し、金が木を制す。五芒陣を宙に刻み付ける。


 そこから先は同族のエトノフウガ族ですら未知であり知られてはならない門外不出の奥義印。鶴家にのみ伝わり、クニキリの代で途絶えた幻の『型』である。


 魔力量が膨れ上がる。普段魔力を基礎としていないクニキリであっても印を結ぶときはおびただしいほどの魔力が湧いて出る。それも極大忍術を結んでいればその量は一時的にリーザ・モアやナナベールの絶対量を凌駕する。


 大気を振るわせ、空気を濁す。


 魔忍の本領がいま発揮される――。


「む?」


 ……しかし、その大技が繰り出されることはなかった。


 ベリベラ・ベルの攻撃魔法がいち早く発動したのだ。


 わずか一秒ほどの紙一重の差がクニキリの固有スキルをキャンセルした。


「なんだと!?」


 足許に闇の魔方陣が展開され、中心に立つクニキリから生気を吸い取り始めた。


「ぐううううううっ!?」


 それは電撃のような痺れを伴った。全身を締め付けるほどに激しく、呼吸がままならない。体中の皮膚が裂けて血がにじみ出し、その血すらも地面に吸収されて青白いエキスに変わり術者の元へと送り出されている。


 闇の中、エキスが辿り着いた先が青く光る。


 ベリベラ・ベルがクニキリから奪った生気を吸収して回復を図っていた。膝を立てて集まってくる生気を体内に取り込んでいく。


 口許が赤く濡れているのは血を経口摂取したからか。その姿はまるで物語に出てくる吸血妖魔そのものだ。


 舌でぺろりと唇を舐め、恍惚とした表情で自らの肩を抱きしめた。


「ハアアアアアアアッ♡ これです! これがほしかったんですぅううう!」


 絶頂を来したのか小刻みに痙攣し、恍惚とした表情で虚空を見つめている。


 闇属性魔法 《エナジードレイン》


 MPを『10』消費する高位人撃魔法。対象のHPを奪い、奪った分で自分のHPを回復させる吸収魔法である。


「もっとください♡ もっともっと、もっとおおおおおおおお!」


 術者の能力値により差が出るが、勇者であるベリベラ・ベルならば一ターンでHP『100』以上を奪取することも可能だ。性的快楽が伴うかどうかは定かでないが、クニキリの体力はいま間違いなくベリベラ・ベルによって吸われ続けていた。


「オオオオォォオォオォオオオ――――ッッ! く、そ、がぁああああああ!」


 しかも、その効果は対象が死ぬか、術者が攻撃されて術が解けるまで永続的に行われる。また、魔方陣に縫い付けられたクニキリに行動の自由は許されない。


 助けが入らないかぎりクニキリが《エナジードレイン》から脱出する術はないのである。


(まずい! このままだと死ぬまで搾り取られるッ!)


 これが赤魔女であれば抗魔力・抗魔法の特質で脱出できたのかもしれないが――。


(対戦相手を見誤ったか!? どうする!?)


 戦慄し焦るクニキリに対し、ベリベラ・ベルはその場で立ち上がると修道服の裾を持ち上げて優雅に一礼した。


 恭しくも。まるで穢れを知らぬ乙女のように。


「お見苦しいところをお見せしました。これより貴方の生気、たっぷり最後まで美味しくいただきます」


 背徳シスターベリベラ・ベルの本領発揮――。



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