クニキリVSべリベラ・ベル
苦戦を強いられているパイゼルをよそに、クニキリは《エンジェルラダー》の光が照らし出した礼拝堂内部の構造を瞬間的に把握した。それから敵の位置も。
シスターの勇者は十時の方角――最前列の長椅子の通路にいた。
クニキリと目があい、流し目を寄越すと再び暗闇の中にその身を潜ませた。
(逃がすかよっ!)
祭壇脇の通路へ進入する。通路はひとが一人しか通れないほど狭く、奥は行き止まりになっている。
ベリベラ・ベルは奥へと後退した。
追い詰めた。相変わらず暗闇で何も見えないが、通路の入口を塞いでしまえばもう奴に逃げ場はない。
(拙者には闇属性の耐性がある。《シャドークロー》程度の魔法なら数発喰らっても平気だ。その間に片をつける――っ!)
両手にそれぞれ小太刀を構え、暗闇に目を凝らす。
何かが蠢いた。
「――む?」
ベリベラ・ベルが何か仕掛けてきた……ようだが。
(何だ……。何か、毒々しい香りが漂っている……?)
それは『淫靡の香』の匂いであった。
男性キャラのみを幻惑し、【混乱】のステータス異常を掛けるマジックアイテムだ。有効射程範囲に入っていたクニキリはしっかりと【混乱】に掛かってしまった。
「うふふふふ。聞こえますか? 魔族のお方」
声が四方から反響するように聞こえてきた。方角的に正面にいるはずのベリベラ・ベルの気配がなぜか真上や背後、足元からも感じる。
温い風が全身を撫でていく。まるで女性の手のひらに触られたかのように官能的であった。
思わずよろめく。すでに幻惑に囚われていることを悟った。
「わたくしとイイコトを致しませんこと……? あなた様の望むことはすべて叶えて差し上げます。わたくしにどんなことをさせたいですか。わたくしにどんなことをするおつもりですか。シタイこと、シテください。我慢なさらずに。素直になって。欲望の赴くままに。わたくしの体を好きになさってください」
耳元で囁く艶声。
耳たぶを甘噛みされた感触があったが恐らく幻覚だろう。
平衡感覚が狂い始めている。
いつの間にか香を吸い過ぎていたようだ。
「チィ――……ッ」
思わず舌打ち。こんな罠に嵌るとは暗殺術を極めし忍者の名折れである。
意地が体を動かした。
「そこだ!」
ベリベラ・ベルのいる位置を予測して飛び掛る。
二振りの刀を交叉するように斬りつけた。
ガキィンン!
暗闇に火花が散った。斬りつけたのはどうやら石柱らしい。
「どこを見ているのですか? わたくしはこちらですよ」
ふう、と耳元に息を吹きかけられる。全身が粟立つ。気配のするほうへ闇雲に小太刀を振るった。
「当たりませんよ。観念してわたくしに身を委ねてください。そうすれば、この世の物とは思えないほどの快楽を味わわせて差し上げます。如何ですか? そろそろほしくなってきたのではないですか? ほら、ほらほらほらァ。疼いてきたのでしょう? さあ、屈服なさいませ……」
確かに下半身に血が溜まってきたものの、クニキリは「へっ」と鼻で笑った。
「いらねえよ。生憎とアバズレの弛んだ体なんかにゃ興味がねえ。――はっ!?」
背後。
影の腕が伸びてきてクニキリの背中を打ちつけた。
「ぐふぅ!」
かなりの衝撃だった。もしクニキリに闇耐性がなければ背中を突き破って心臓を破壊されていたかもしれない。掌打で済んだのは運がよかった。
勇者覚醒が地力の底上げに繋がっているのは確かだが、その分を差し引いてもベリベラ・ベルは優秀な魔法使いだったのかもしれない。言動のおかしさも相俟って底知れなさを感じ取る。
だが、安い挑発を受けて攻撃を仕掛けてくるとは。戦闘においては素人丸出しだ。
「おかげで居場所がわかったぜ」
左ななめ後ろ。五歩の距離。魔法を撃った反動で硬直するベリベラ・ベルの気配が濃厚になる。
背中の痛みがにわかに幻惑を薄れさせ、振るった小太刀に確かな手応えを感じさせた。
ザシュッ!
「アアァッ!?」
ベリベラ・ベルの悲鳴が響き渡った。
肩を切りつけたにすぎず、致命傷にはほど遠い。しかし、ベリベラ・ベルを怯ませるには十分なダメージを与えたようだ。
「くぅうう」
ベリベラ・ベルはさらに闇の中に身を隠した。一度でも間合いから離れるとせっかく掴んだ気配もさっぱりと消え去った。
また、クニキリの【混乱】状態は続いている。深追いすれば今度こそ危うい。
「優しく殺してあげるつもりでしたが、どうやらあなた様は激しいのがお好みのようですね。ここからは手加減なしでいかせていただきます!」
闇から恨み節が囁かれた。
シスターの勇者がついに本気になった。
ここから先は一瞬の油断が命取りになる。
だが――。
「優しく? 激しく? 強弱が付けられるほどおぬしの性技は精巧なのか? ただ腰を振るだけならばそら激しかろうが、そんなものは自慰にも劣るぞ」
「……ッ」
深追いは禁物。ならば、常に相手から仕掛けさせ闇から引きずり出せばいい。




