表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/335

アニ、勇者と対峙する。


「こんなところに呼び出して、何の用だ? 占星術師アニ」


 軍服姿のヴァイオラがやって来た。


 約束どおり従者をひとり引き連れて。


「私も暇ではないのだぞ。避難民の処置について話し合われている最中だというのに」


「こんなときだからこそ話しておきたいことがあったんだよ」


 ヴァイオラの後ろをちらりと見る。


 そこに居たのはヴァイオラの妹、アテア・バルサ第二王女だった。


 ヴァイオラと違い童顔で少年ぽく、艶やかさにも欠けるが、豊満な乳房だけは唯一ヴァイオラに勝っていた。その胸元も今は【ハルウスの鎧】に潰されて見る影も無いが。あまり似ていない姉妹である。


「悪かったな。王女が二人も居なくなったら今頃城ン中は大混乱だろうに」


「わかっていて呼び出したくせに何を言っている。……が、不本意ながらその心配は無用だ。父も母も私の日頃の行いには目を瞑っているし、アテアに関してもどう接してよいものかいまだに迷っている様子だ。侍女たちも、私たち姉妹が居なくなったことで今頃は内心ほっとしているんじゃないか」


「姉の奇行は今に始まったことじゃないしな」


「おい」


「そして、妹のほうは――まさかの勇者覚醒だ」


「……」


 アテアは俺を値踏みするかのようにじっと見つめている。


 ゲームシナリオを知っている俺からすれば、アテアの勇者覚醒は疑いようのない正規イベントだ。しかし、この世界の住人にとってみれば突然勇者を名乗るアテアは気が触れたようにしか見えないのだろう。それは普段彼女を囲んでいる侍女たちの態度が物語っている。


 アテアは今、俺のこともそいつらと同類に違いないと疑っているのだ。


「覚醒したのはいつのことだ?」


 訊ねると、アテアはヴァイオラのほうを向いた。


「姉さま、ボク、こいつのこと信用できない」


「お、おい、アテア」


「こいつもボクのこと頭のおかしな奴って笑うんだ」


 そりゃそう思われて当然だ。


 王女のくせに短髪のボクっ子。その上、百年前の鎧を着て勇者だ何だと名乗り始めたのだから。傍から見れば頭の残念な子以外の何者でもない。


「――ふっ」


「あっ!? いま、鼻で笑った!? やっぱり君もボクの言うこと信じてないんだ!」


 反応もまるっきし子供である。


 だが、アテアが腰に差していた長剣を抜き、俺に切っ先を向けてきたその瞬間、


「ッ!?」


 全身がゾワッと粟立った。


 ただ剣を構えただけなのに――この威圧感っ。勇者のオーラは並じゃないようだ。


 後ろに倒れそうになるのをぐっと堪える。


「おい、止さないか! アテア、剣を仕舞えっ! 悪ふざけも大概にしろっ」


 ヴァイオラはこのオーラに気づいていないのか?


 まさか、ヴァイオラも妹の勇者覚醒を本気にしていない?


 なら、この場で思い知らせたほうがよさそうだな。


「まあ、待てよ、ヴァイオラ。――なあ、アテア。信じられないかもしれんが、俺はおまえが勇者になるのを予見していたんだぜ?」


「どういうこと? 君、ボクが勇者になることを知っていたって言うの?」


 アテアは眉をひそめた。肯定されたのは初めてだったようだ。


「……アニ、それは本当か?」


 ヴァイオラも驚きに目を剥いている。ゲームでは、最初に覚醒に気づくのはヴァイオラだったんだがな。


「何のためにアテアをここまで連れてこさせたと思っているんだ。俺はおまえら二人に用があったんだ。魔王討伐のための、な」


(何をなさるおつもりですの?)


 レミィが心の中に語りかけてきた。


(まさか、お兄様はこのロリ巨乳オバケがタイプなんですの?)


(……何だ? その、ロリ巨乳オバケってのは?)


(アテアに決まっていますわ! 軍服のヴァイオラといい、ホントあざとい姉妹ですわねまったくぅ! お兄様も鼻の下伸ばしくさって、もうもうもう! ですわ!)


(変なところで嫉妬してんじゃねえよ。どっちにも興味ねえよ、俺は)


 って、何でレミィに弁明しなきゃならねえんだよ。


 ったく、面倒くせえ。


(こいつら姉妹にわからせるのさ。テメエらの置かれた状況と、誰が主人かってことをな)


(主人って……奴隷にする気ですの? まさか、メスどれ)


(言葉の綾だ! いちいち拾うんじゃねえよ。……が、ニュアンスはそう間違っちゃいない。今後の展開を都合よく運ぶためにも、ここで俺に従わせる必要がある)


 ヴァイオラもそうだが、アテアも物語に欠かせないキーパーソンだ。


 躾けるなら、まだ誰にもアテアの実力が知られていない今が好機。


(勇者アテアを俺が最初に見い出した、という筋書きにする)


(それでアテアの信用を勝ち取ろうってわけですのね?)


(アテアだけじゃない。ヴァイオラにも俺の実力をここでわからせる)


 それが後の布石となる。


「君は信用ならない。姉さまを誑かして何をしようとしているのか知らないけれど、ボクのことも好きにできると思ったら大間違いだよ!」


「た、たたた、誑かされてなどいないぞ!? 私とアニはそういう関係じゃ……!?」


「まあな。おまえのお姉ちゃんはちょっと騙されやすすぎだ。おまえくらい慎重なほうが張り合いもあるんだが」


「おい! アニ、貴様、今のはどういう意味だ!?」


「姉さま、ちょっと黙ってて」


「ヴァイオラ、少し静かにしてろ」


「う、く……。おまえたち、後で覚えてろよ……」


 ヴァイオラが大人しくなってくれたので、話を進める。


「俺のことは何て聞かされているんだ?」


「……占星術師。魔王復活を予言した。今回の魔物襲撃にもいち早く気づいて辺境の村の人たちを誰ひとり失うことなく避難させた英雄」


「この程度で英雄扱いされるのは不本意だ。せいぜい親切な人ってところだろ」


「そうだね。ボクもそう思う。魔物の脅威は一つも減っていないのだし」


「ああ。そのとおりだ。……」


 アテアはキッとこちらを睨み付けた。


 まさか、疑われている? 魔物を呼び寄せたのが俺だと勘付いているのか?


 そういえば、人間側は【角笛】に関してどれだけ知っているんだ?


(レミィ、この世界の人間は【角笛】というアイテムを認識しているのか?)


(認識していますわ。ただし、知識量については個人差がありますわね)


 マジックアイテムという実体ある物が同じ世界に存在しているのだから、むしろ知らないほうがおかしいのか。となると、アテアやヴァイオラが【角笛】を知っていたら、今の信用度・好感度からして高確率で俺が疑われる可能性がある。


(なら、【角笛】という単語は出さないほうがよさそうだな)


(ですわね。ヴァイオラもアテアも王族ですもの。少なくとも村人なんかより魔法とかマジックアイテムとかに精通していそうですわ)


 敵幹部が【角笛】を使って魔物を操っているのだろう――というようなことを言って博識ぶりを見せつけるつもりでいたが、やめておこう。


「魔王が復活したことで魔物まで出現するようになってしまった。脅威は常にある。天災のようなものだ」


「で? 君はこれから起きる天災すら予言できると言いたいわけ?」


「たぶんな。俺の予言は占いによってもたらされる。理由や経緯まではわからんが、結果だけは百発百中で当たるんだ」


「ボクが覚醒することも占いで出たってこと? どうしてボクを占ったの?」


「魔王が復活するんだ、対抗できる勇者を探すのは自然な流れだろ? それと、勘違いするな。おまえだけを占ったわけじゃない。覚醒しそうな人物を占ったらおまえという結果が出ただけだ。とはいえ、さすがの俺もにわかには信じられなかったけどな。ヴァイオラに妹がおかしくなったと聞かされるまでは初めて占いを外したかとかなり落ち込んだものさ」


「……そう。ふうん。そうなんだ」


(よくもまあ呼吸するように次から次へと嘘が出てきますわね)


(黙ってろ)


「アニ、本当に妹は勇者に選ばれたのか?」


「ああ。占いにはそう出た。ということは、事実だ」


「そうか……」


「姉さま、その納得の仕方は気に入らない! ボクの言うことよりこいつの占いのほうを信じるんだ!?」


「そ、そういうわけでは……。だが、アニまでそうだと言う以上信じるほかあるまい」


 占星術師としての力量は十分に信用されているらしい。


「ボクは正真正銘勇者だよ。天啓を聴いた。魔王を討てと、この力を授かったんだ! どうして誰も信じてくれないんだよ!?」


 構えた剣に意識を集中させる。すると、アテアの体がうっすらと青白く発光した。闘気と呼ばれる可視化したエネルギーだ。


 俺の全身にまでビリビリと振動が響いてくる。


 やはり間違いない。これこそが勇者特有のオーラ。


(畏怖っていうのはこういうことを言うんだろうな……)


 最低の気分だぜ。


「姉さまが指揮して、ボクが先陣を切る。これこそが世界最強の軍勢の形だよ! そうでしょ、姉さま!?」


「……だが、アテア。何もおまえが戦うことはないんじゃないか?」


「何を言っているの? 武器を取れと国民に号令を出しているのは姉さまじゃないか」


「ああ、そうだ。……だが、おまえは王女で、私の妹だ。おまえに戦場は似合わない」


「ボクが王女で女だからという理由で差別するなら、そっくりそのまま同じ台詞を返すことになるよ。姉さま」


「……むう」


 ……まったく。強情な姉妹だ。


 いや、日和っているのは姉のほうか。どうあっても妹を戦場に立たせたくないらしい。身内の情……ってやつだろうな。妹ってのはそんなに可愛いものか? 何一つ共感できないが、そんな甘い考えは早いうちに捨てさせてやらなければならない。


 そのためにも。


「ヴァイオラ、心配するな。おまえの妹を戦場には立たせない」


 そう言った。ヴァイオラもアテアもきょとんとした。


「? どういうことだ、アニ?」


 俺は、これ見よがしに鼻で笑ってやった。


「そこのそいつは勇者としては欠陥品だからだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ