闇の扉
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第一章第四ステージ『王都アンハル~勇者討伐~』
―西門の戦い―
勝利条件【勇者サンポー・マックィンの撃破】
勝利条件【勇者ベリベラ・ベルの撃破】
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王都アンハル城郭西エリア城門。
通称、『西門』。
【東域アンバルハル】は世界地図では最東端に位置する国であり、地続きに接する隣国【北国ラクン・アナ】と【大封リュウホウ】は王都の西側にあった。
諸国に繋がる多くの街道は西門から延びており、物流の拠点にもなっているので出入りが激しく、門構えも他に比べて一回り広く大きい。
また、神によって他国への戦争行為が全面的に禁止されているものの、隣国から逃れた犯罪者や野盗に成り下がった難民などが最も訪れやすい関所でもあるため特に厳重に守りが固められていた。
選ばれし屈強な『門係り』が三十人がかりでようやく開閉する門である、たとえ魔族であっても突破は容易ではない。
そう思ってきてみれば――、なぜか西門は全開していた。
門番である勇者の姿も見当たらない。
勇者どころか王宮兵や魔導兵の姿もない。
通れと言わんばかりの大胆さだが、不気味なのは開け放たれた門の内側が、一寸先さえ見通せないほどの闇に覆われていることである。視界はおろか何物の気配さえ遮断している。
罠であることは間違いない。
「うっわー、マジかぁ。うち、暗いトコ苦手なんよなー」
「秒で嘘だとわかることを言うな」
普段じめじめした暗室で、煮立たせた魔法窯をかき混ぜている生粋の魔女が何を言う。魔忍クニキリは思わずツッコミを入れてしまった。
「いんや、マジマジ。ここはうちの研究室じゃねーじゃんか。何が出てくるかわかんねーじゃん。恐いっつーの」
「敵地に侵入する恐怖と暗闇が苦手ってのを一緒にするな。あと、おまえは間違いなく暗闇は得意だろう」
「別に得意じゃねーけどなー。あ、でも、お日さまよりはマシかな。うちらみたいな陰キャに明るい舞台は似合わねーしよー。だろー?」
「……拙者も同類に数えられているのは気のせいか?」
すると、赤魔女ナナベールは猛然と振り返った。
「気のせいじゃねーよ! むしろ筆頭じゃろがい! 闇に生きるんが忍の本懐とか何とか気取ってたやろがい! それともなんか、自分、陽キャだと思ってたんか? 身の程を弁えんかいボォケ!」
「何なんだおまえはっ! いつにも増しておかしいぞ!」
「こちとら寝てないんじゃ! 連日連夜休み無く回復薬をしこたま作らされた挙げ句勇者を討伐してこいとか何ソレどんな鬼畜ゲーかっての!? 魔王様にはヒトの心がないんか!? 悪魔か!? 悪魔の長なんかくそったれーっ!」
「……」
魔王様は悪魔の長だぞ――という平凡なツッコミを喉元でなんとか止めた。うっかり口にしようものならさらに面倒臭いことになりかねない。
今はナナベールの癇癪にかまけている場合ではない。
どうどうと背中をさすりながら、暗闇に閉ざされた西門を見据える。
粘りつく墨のような漆黒だった。そもそも中に入ることができるかも怪しい。魔族をして侵入を躊躇わせる闇がこの世にあろうとは。ここの門番を任された勇者が闇属性を持っているのは間違いない。
ここで立ち止まっているわけにもいかないが、しかし――。
「さっさと終わらせっちまおーぜー。おっ先ぃーっ」
警戒を強めるクニキリを尻目にナナベールが何の迷いもなく暗闇の中に進んでいった。驚きに目を見開いている隙に、ナナベールの姿がコールタールのような重々しい黒い膜の向こう側にドボンと沈んでしまった。
「こ……っ、馬鹿な……っ!?」
暗闇が苦手だとほざいていたのは何だったのか。無警戒にも程がある。
戻ってくる気配はない。が、泥に押し潰されて血が噴出したような臭いもしなかった。コレはやはり目隠しの結界にすぎないのか。であれば、一人で行かせたナナベールを放っておくわけにもいかず、クニキリも覚悟を決めて後に続いた。
勢いよく飛び込むと、膜のような結界はあっさりと超えられた。門の内側へと侵入を果たした。
だが、暗闇は相変わらずで、先に入っていったナナベールの姿すら視認できないほど視界は完全に黒に塗り潰されていた。
「――」
音は……かろうじて聞こえる。
左斜め前、手を伸ばせば触れられるほどの距離、小さな息遣い。ナナベールのものだ。
そして遠くに一人いる。距離にしておよそ五十メトル。おそらく西門を任された勇者であろう。
しかし、不審に思えるほどに堂々と気配を漂わせている。息を殺さないばかりか、クニキリたち闖入者を嘲笑うかのように肩を揺すっている。あれでは暗闇で視界を殺している意味がない。駆け抜けて小太刀を振るえばその首を落とせそうな気もするが、あからさま過ぎてかえって怪しい。近づいてこいと誘っているかのようだ。
あからさまな気配の意味するところとは――すなわち、陽動。
「……ッ!」
クニキリは咄嗟に動き出し、ナナベールの肩を押して突き飛ばす。
「ちょお!? 何すんだバカタレ! ――ッッ!?」
その瞬間、いまナナベールが立っていた空間に一筋の光が閃いた。
レールのカーテンを引くが如く、右から左へ光の刃が暗闇を切り裂いていった。
(光属性の魔法! それも中位級ッ!)
直撃すれば致命傷は免れない。
魔法を放ったのはやはり前方に立つ勇者であった。
いっひっひ、と笑い声を上げた。
「惜しいっ! もうちょっと発動が早ければ魔族を一体仕留められたのに! やはり欲をかいてはいけませんねぇ。二体が並び立てば一撃で終わる! ――って楽をしようとしたのが裏目に出ました。いっひっひ。まあ、いいんですけどぉ」
自らの魔法で自分と周囲に光を当てた。さながらスポットライトの如く暗闇に浮かび上がったのは祭壇のような舞台と、その上に立つカソック姿の中年男であった。
「神父の勇者サンポー・マックィンと申しますぅ! よろしくお願いしますよぉ!」




