その1「桃源郷」
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・ 鬼になった日 (鬼武者ゴドレッド)【既読】
・ 蝶よ、花よ (殺戮蝶リーザ・モア)【既読】
・ 流浪の果て (魔忍クニキリ)【既読】
・ ノブレス・オブリージュ (女王蜂グレイフル)【既読】
・ 君に名を (赤魔女ナナベール)【既読】
・ 世界で一番美しい花 (殺戮蝶リーザ・モア)【既読】
◇ GARDEN (女王蜂グレイフル)【NEW】
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そこは桃源郷と呼ぶに相応しい場所だった――
見渡すかぎりの花畑。
果実がなる木々。木の実を食べる小動物。
小鳥がさえずり、虫が飛び交う。
彩り豊かで暖かく、そよ風が甘い香りを運んでいく。
平和で、健全で、この上なく完成された世界だ。
それ故に、余りにも不穏であった。この景色の中に一歩足を踏み入れれば、たちまち異分子として排斥されるのは目に見えている。いや、そもそも本能が侵入することを躊躇する。美しすぎる世界はそれだけでおぞましく、人間がおいそれと立ち入れる場所ではなかった。
しかし、それでも欲求に抗えず侵入を試みる輩が一定数いる。
純粋に美に魅了されてしまった者。
売物になると考え金に目が眩んでしまった者。
飢えに耐え切れず果実を盗もうとした者。
――甘い蜜に惹かれる蝶々のように欲深な人間どもを招き寄せた。
「すげえな、ここは! 宝の山だぜ! うお、見たことねえ鳥がいるぞ!」
「こんな甘い果物は初めてだ! 花もめちゃくちゃ綺麗だしよ! どっちもいい香りだ! 香水にしたら馬鹿みたいに売れるぞ!」
「ばかやろう! 王妃への献上品が先だ! あ、こら、つまみ食いすんじゃねえ! そっちも鳥を捕まえんのは後回しだ!」
彼らは国の行商人。桃源郷には珍しい植物や果物が自生しているという噂を聞き、収穫しにやってきたのだ。
桃源郷の物を外に運び出すと災厄が降りかかる――そうも噂されていたが、王妃に取り入ることができれば王室に召抱えられることも夢ではなく、一発逆転を狙う彼らにとって噂など恐るるに足りなかった。
目ぼしい物をあらかた収穫し終えた一行は、善は急げとばかりに馬車を町まで走らせた。
ところが、桃源郷を出て間もなく辺りは深い霧に包まれた。
桃源郷の主が盗人を断罪しにやってきたのだ。
だが、こうなることは想定済み。
行商人には秘策があった。
「おら! 行ってこい!」
そういって馬車から蹴り出されたのはボロを着た年端のいかない少年だった。
奴隷市で買われた孤児で、三日間水以外何も口にしていない。桃源郷の果物を与えられて一心不乱にむしゃぶりついていたところへの不意打ちだった。
深い霧で何も見えないが、馬車が遠ざかっていくのは音でわかった。
少年は置いていかれたのだと理解したが、こうして捨てるならどうして買ったのだろうと不思議に思った。
それも次の瞬間には自明となる。
霧の中から桃源郷の主が音もなく現れた。
「……貴方がお庭に侵入した泥棒さん?」
漆黒の翅を有した美しい女性だった。
女は少年が手にした齧りかけの果物を一瞥し、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そう。生け贄というわけね。可哀相に」
「ぼ、ぼくは……」
釈明すればわかってもらえる。
少年は前のめりになって口を開きかけた。
しかし、
「なら、貴方も同罪ね」
淡い期待は一瞬で崩れ去った。女の口調には情を挟み込む余地が一切なかったからだ。
黒炎が少年の体を静かに焼き焦がす。
女は少年を殺しておきながら、子供を一時の足止めに利用した行商人たちにさらなる憎悪を膨らませた。
(卑しい人間どもめ。一匹たりとも逃がさない――ッ)
飛翔して行商人の馬車を追う。
森を抜け、霧が晴れたところで急停止。
わずかな追走であったが無法者たちには予定通り追いついた。
しかし――
「もしかして、貴女が庭師ですの?」
そこには金髪の女がいた。
馬車の荷台に腰掛け、桃源郷の花を手に、優雅に足を組み替える。
掘削機を彷彿とさせる巨大な縦ロールはどんな冗談か。
不敵に笑い、なおかつ傍らに立てかけている日傘型の槍の禍々しさを見るにつけ、ソレが人間でないことは一目瞭然であった。
そして、地面に転がるいくつもの死体。どれほど勢いよく槍を振るったのだろう、四肢がまともにくっついている者は皆無であった。
「貴女がこいつらを?」
「当然ですわ! わらわの物を盗むことは万死に値しますの!」
「……わらわの物?」
引っ掛かる物言いに漆黒の女は眉をひそめる。さっきの庭師という発言にしてもそうだ。
この女、一体何者なのだろう。
ところで、血溜まりに浸る比較的無傷だった頭部から咎人の人数をかろうじて確認したのだが、――一人足りないのは気のせいか。そういえば、馬も一頭足りないような……
そこから導き出せる答えは一つだった。
「万死に値すると言いながらどうして一人逃がしたのかしら?」
「――あら? いつの間に。庭師の分を取っておいたのですけれど、目を離した隙に逃げられていましたのね。まあ、気に病む必要はありませんわ。わらわの気はすでに収まっておりましてよ。わらわへの気遣いは無用ですわ」
「はあ?」
「王たるわらわからの恩賜を惜しむ気持ちもわからないではありませんわ。ですが、わらわに仕えるかぎり次の機会があるかもしれなくてよ。存分に励みなさいな」
話が噛み合わない。
直感的にコイツは敵だと判断する。
「どこに行きますの?」
踵を返す漆黒の女に、金髪の女が問いかけた。
「帰るのよ。貴女もこれ以上絡んでくるようなら焦がすわよ」
蝶々の羽をはばたかせて飛んでいく。
金髪の女は口許に笑みを刻んだまま見送った。
「なかなか面白そうな人ですわね。――あら美味しい」
桃源郷の花の蜜はこれまで口にしたどの花の蜜よりも極上の味わいであった。




