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殺戮蝶リーザ・モアVS宮廷音楽家オプロン・トニカ


 魔法攻撃による猛攻をひたすらバリアで防いできたが、それもついに終わりを迎えた。


 オプロン・トニカのバリアは破壊され、間断なく放たれた炎の魔弾が肌に焦げ刺さる。


 元より、通常攻撃の衝撃を跳ね返すバリアに魔法を阻む効力は小さい。魔法戦を挑まれた時点で勝敗は決していたようなものだった。


「う……、ぐぅうぅ……」


 地面に両手をつけてうずくまる。


 這いつくばるオプロン・トニカをリーザ・モアは空中から見下ろした。


「その程度なの? あの女王蜂が苦戦したみたいだからどれほどのものかと思っていたのだけど。期待外れもいいところだわ」


「ふ、ふふっ、……お嬢さんとは相性が悪いようです」


 本来、勇者スキル《ウォール・オブ・サウンド》は補助的に活用されるべきものなのだ。それ単体で敵を屠れるほど万能ではない。


 また、オプロン・トニカの氷魔法も威力が絶大なために連発するには向いておらず、さらに言えば術者本人の資質にも問題があった。


 楽器の演奏は口での詠唱に比べて時間が掛かり隙も生まれやすく、反撃するにしろ防御策を打つにしろ、どうしても相手より一手遅れてしまう。敵が魔法の名手ともなればその欠点は致命的であり、今のこの状況は当然の帰結と言えた。


 リーザ・モアが地面に降り立つ。


 その際、転がっていたヴァイオリンを踏み潰した。


 これでもうオプロン・トニカに魔法を編むことはできない。あとはただ魔王軍幹部の気分に任せて殺されるのを待つだけである。


「わたくしを殺すのですか?」


「当たり前でしょ? 私は魔王軍。あなたは勇者なのだから」


「王――だけでなく、民の命を奪うのはどうかご勘弁を」


「立場が逆だったとしたらどうかしら? あなたは魔物を生かしておくわけ?」


「それは……」


「けれど、それは魔王様がお決めになること。私は命令を遂行するだけよ」


 命乞いは終わり。自身の、ではなく王家と民の命を懇願する気位には感心するが、そんなことで手心を加えるリーザ・モアではない。


 オプロン・トニカの眼前に手のひらをかざす。


 炎魔法で消し炭にすべく魔力を指先に収束させていく。


 オプロン・トニカは口許をわずかに歪ませた。


「思い込みというのは恐いものですなあ」


「?」


「目で見た情報に頼りすぎると他の感覚が疎かになります。音を奏でる楽器がヴァイオリンだけだと誰が言いました?」


 コツコツ、と地面を叩いていた指が最後の小節を演奏し終えた。


 それはまさしく『打音』による音楽であった。


 先に魔法を編んでいたのはオプロン・トニカのほうだった。


(喰らいませい!)


 氷魔法 《ヘイルストーム》!


 大気に漂う水蒸気が固体化し、弾丸となって四方からリーザ・モアに殺到した。


 しかし、


「な――っ!?」


「……ふん」


 氷はリーザの肌に届く前に溶解し、やがて蒸発した。リーザの体を纏う熱波が防御膜となって氷の侵入を防いだのである。


 オプロン・トニカは驚愕を禁じえなかった。


「こ、こんなことが……っ」


「氷属性の持ち主だということは最初から気づいていたわ。私の火に対抗できるほどではないけれど」


 リーザはオプロン・トニカへのトドメの一撃を用意するのと平行して、氷魔法への警戒も怠らなかったのだ。


「思い込みは貴方のほうではなくて? 音楽家の勇者。耳に頼りすぎるから重要なことにも気づけない。いいえ、想像もつかないのでしょうね。いま相対している魔王軍幹部が盲目である――なんていうことにもね」


「え?」


「私は視覚に呪いを受けているのよ。でも、目が見えているように振る舞うことはできるわ。まんまと騙されたわね。その自慢のお耳で瞼の開閉音を聞き取らなかったのは貴方の落ち度ではあるけれど」


「…………」


 オプロン・トニカは呆然となった。戦場に立つ者が障害を抱えているはずがないという思い込み。それでも自身が戦いに赴いたのは勇者に選ばれたからという自負と使命感によるものだ。魔王軍幹部にもそれほどの強い意志があるとは夢にも思わず。


 敵対する相手が同じく盲目の戦士だとどうして疑うことができようか。


「……つまり、わたくしの音に貴女は気づいていたのですね?」


「ええ。指を弾くだけであれほどはっきりとした旋律が聴けるだなんて驚きだわ。それだけは認めてあげなくもないわね、音楽家の勇者さん」


 聴き入っていたというのなら魔法詠唱にも気づいていて当然だ。


 女王蜂にはあれほど演奏を楽しめと豪語していたのに、実際に堪能されるとたちまち手の内をすべて読まれてしまうとは。これほどの皮肉もあるまい。


「褒美を差し上げましょう。何か言い残すことがあれば聞いてあげる」


「世界が美しい音色に包まれますように」


「……いいわね、それ」


 ゼロ距離から撃ち放たれた《フレアバースト》がオプロン・トニカの全身を真っ黒に焦がした。


 皮膚だけでなく内部までこんがり焼き上がっている。


 即死だったはずだ。


◇◇◇


 立ち去りかけたリーザ・モアは、ふと背後に視線を投げかけた。


「……」


 らしくない、と自分でも思うが……。


 まあ、気まぐれを起こすくらいには良い演奏だった。


 遺言もリーザ好みであったし、オプロン・トニカの願いを今このときだけは聞いてあげてもいいかと少しばかり寛容になる。


 再び音楽家の死体に目をくれてから、そのまま宙に飛び立った。



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