太陽
サザン・グレーは追ってくるリーザ・モアの気配にようやく気づいた。
(木っ端微塵にしたはずだが。もっと慎重に生死を確認すべきだったか……)
しかし、民衆のいない城郭外であれば、無差別攻撃しか取り得のないリーザ・モアに勝ち目はない。何ら脅威に感じないばかりか、追ってくるかぎり民衆が襲われる心配がないためむしろこの追走はサザン・グレーには好都合であった。
(それよりもオプロン・トニカ殿が気掛かりだ。東門から逃れてきたのか? それとも、他の門番の手助けをしに移動した?)
ありえない話ではない。事実、サザン・グレーはそういう動機で移動している。
しかし、職業兵でもないオプロン・トニカにそこまでの志があるとも思えなかった。戦況の変化に惑わされずに『門の死守』を律儀に守り通すことも立派な忠義だ。
そして、老師オプロン・トニカならば自身の役割を弁え、出過ぎた真似は控えるはず。
となれば、東門での戦いに破れたと見るべきだろう。オプロン・トニカは今、逃走の真っ只中にいる。――つまり、東門を襲った敵幹部を引き連れている可能性があるということだ。
(どこだ? どこにいる? オプロン・トニカ殿を追う輩はどこに――)
城郭外の広大な平原を見渡す。魔王軍の影はどこにも見当たらない。せいぜい野鳥が空を飛んでいる姿しか……。
っ!?
サザン・グレーは脚力を一段上げて速度を上げた。
「オプロン・トニカ殿ッ! 下がりませぃ!」
◇◇◇
リーザ・モアは遥か遠くに見えるオプロン・トニカに威圧を掛けつつ、『東門』を任されていたはずの魔王軍幹部の姿を隈なく探した。
(あの馬鹿が負けた? あの程度の魔法使いに?)
普段はどうしようもなく腹の立つ相手だが、自分以外の、それも明らかに格下と思しき魔法使いにやられたなどと信じたくなかった。否。許さない。
(仮にも私と同格の魔王軍幹部がこんなところで死んだですって? ――ハッ。笑えない冗談だわ)
許さないから生きていろ。そして、もしリーザ同様勇者を取り逃がしたのならきっと今このときも追ってきている。リーザはそう確信する。
では、どうして視界のどこにも女王蜂の姿は見えないのか。
東門で倒れているのだろうか。
(あの高慢ちきな女が一瞬でも敵に見下ろされて我慢できるはずないわ。どれだけ傷を負っていても意地でも立っているような女よ)
口許には笑み。腹は立つが、道化と思えば愉快な見せ物として愛せた。
不意に、脳裏に彼女の口癖が思い出される。
『この世で唯一無二のものは二つですわ! わらわか、太陽! ですわ!』
(まったく馬鹿げた妄言ね。貴女程度の器では荷が勝ちすぎていてよ)
そこまでの大言を吐く女がただ地べたを駆けて追いかけてくる図というのは些か想像しづらい。登場も襲撃も派手さを求めてこそ王を自認する彼女らしい――。
太陽?
◇◇◇
高度一千メトル上空から急降下する影があった。
見上げれば点ほどにしか見えない物体だが、純白のドレスの裾をしたたか靡かせる人型は雲一つない蒼穹には異質すぎた。
女王蜂グレイフルが日傘の槍を構えて垂直に落ちていた。
左右ではなく上に意識を向けたサザン・グレーや、グレイフルの性格から出現場所を推測したリーザ・モアは偶然にも発見に至れたが、視覚がなく女王蜂の嗜好など知る由もないオプロン・トニカにこの襲撃は完全に予想の範疇外であろう。
現に、オプロン・トニカは『東門』がある後方ばかりに音を飛ばしている。どうせ反響から索敵するスキルだ。盲目の楽器使いという時点でそれくらいは読めている。
だからこそ、グレイフルは空からの奇襲を選んだ。地表からわずかに高い位置にいる鳥類の『音』は聞けても、遥か上空からの落下物にまで注意が向くとは思えない。
よしんば直前に気づけたとしても、水平に動く物よりも垂直に迫る物体への対処のほうが難しい。距離感が掴めないために動作に迷いが生じるからだ。
以上を加味すれば、上空からの襲撃は不意打ちとしてなら最上の手段と言えた。
それに何より――降り注ぐ陽光の如き登場はまさしくわらわに相応しい!
(落下の勢いそのままに脳天から串刺しにしてやりますわ――ッ!)
◇◇◇
――だが、侮るなかれ。魔王軍。
仮にも『音楽家』の勇者である。
その耳は大気中のありとあらゆる音を拾い、その体は万物のリズムを正確に感じ取る。頭上目掛けて落ちてくる気配などとうに気づいていた。
もっとも、対処に掛けられる時間的余裕はなかったが。グレイフルの存在に気づけたのは、奇襲に見舞われるまさに直前であったのだ。オプロン・トニカにできる手立ては限られている。
音楽を奏でる手を止めない。魔法詠唱はすでに終えており、あとは魔力に指向性を加えるだけで魔法は発動する。オプロン・トニカは一か八かの賭けに出た。
勇者スキル《ウォール・オブ・サウンド》!
バシィイイイイ!
足元に張ったバリアがオプロン・トニカの体を、あたかもトランポリンのように、後方に吹き飛ばした。攻撃の衝撃を跳ね返す《カウンター》の応用技である。
(さあ、魔王軍のお嬢さん。これで貴女の策は破られました。どうしますか?)
◇◇◇
「チィ――ッ!」
グレイフルは思わず舌打ちした。標的が射程圏内から消えたのだ。
しかし、予想外はそれだけに留まらない。オプロン・トニカが今いた地点にサザン・グレーが駆け込んできた。
槍を構え、グレイフルを迎撃しようと矛先を真上に突き立てて。
「人外の怪物め。私の手で粛清してくれるッ!」
さらにそこへ、リーザ・モアも追いついた。
グレイフルは垂直に、リーザは水平に、サザン・グレーに向かって急接近。
刹那の交錯。
瞬時の判断。
「――」
「――」
リーザ・モアとグレイフルは視線を交わしただけで意思を汲み取りあい、自らの行動を決定した。
リーザ・モアはサザン・グレーを無視して通り過ぎ、オプロン・トニカに迫った。
グレイフルはオプロン・トニカに目もくれず、サザン・グレーに矛先を変えた。
お互いの標的を取り替えた。
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