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ヴァイオラ親衛隊の実力


「あなた方は……っ!?」


 敵幹部グレイフルとの接近戦を覚悟したそのときだった。


《ウォール・オブ・サウンド》で《不可視》にして逃がした魔導兵の女性二人が、なぜかオプロン・トニカの腕を両側から掴んで戦線から離脱させた。


「アニの命令よ。ほら、おじいさんのバリアで道を塞いじゃって!」


 グレイフルに後を追わせないためだろうか。しかし。


「それでは兵士たちの逃げ場すら奪ってしまいます!」


「逃げ場ですって!? そんなもん最初からないわよ! いいからやって!」


 まだ年端もいかぬ少女なのに、その口調には逆らいがたい迫力があった。


「……本当によろしいのですな?」


「いいって言ってるでしょ! これも作戦のうちよ!」


 言われたとおりヴァイオリンを奏でてバリアを張る。これで敵幹部は東門側に閉じ込められた形だ。


「門を破られてしまいませんか?」


「……それも作戦のうちよ。おじいさんは心配しなくていいわ」


「レティアちゃんったら、駄目よー。おじいちゃんにはもっと優しくしてあげなくちゃー。それにこの方、仮にも勇者様よー?」


 そう言って諌めたのは妙齢の美しい女性である。


 場違いなほど緊張感のないその声に、少女は怒鳴り返した。


「うっさいわね! そんな悠長なこと言ってる場合じゃないじゃない! ほら、エスメも作戦どおり動きなさいよね!?」


「はーい。わかってるぅー」


 塁壁で囲んで狭くした通路を抜けると、エスメは魔法の詠唱を始めた。


==聞けぇー 水の精霊よぉー 我を翻弄する者よぉー==

==海より出でてぇ、我の渇きを癒せぇー==

==全てが一つとなりてぇ、幻影を揺らせぇー==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタぁ==

==紡げぇ――《バブルポップ》ぅー==


 気の抜けた詠唱であったが魔法自体はきちんと発動した。


 道の真ん中の地面に水溜りができ、ボコボコと泡立った。泡が弾けて地面が混ぜ返されている。


 次第に水溜りはぬかるみになり、やがて巨大な沼地となった。


「ふうう。お次はぁ――」

 

==聞けぇー 闇の精霊よぉー 我を容認する者よぉー==

==そなたの頭蓋が落ちていくぅー==

==深い眠りに落ちていくぅー==

==悪夢に身を委ねよぉー==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタぁ==

==紡げぇ――《ポイズンブレイク》ぅー==


 沼地に毒が注ぎ込まれる。


【毒沼】が完成した。


 この上を通過した者は誰であれ足を取られて一時停止を余儀なくされ、毒による侵食を受けるのだ。たとえ《飛行》アビリティを持っていたとしてもそこに漂う《毒霧》からは逃れられない。オプロン・トニカのバリアに匹敵する障害物であった。


 さらに、持続時間に制限がないのでいつまでも獲物を絡め取ることができた。


 唯一ネックだったのは消費MPが高いことだろうか。


「んふぅー、もう無理ぃー。もう私、魔法使えなーい」


――――――――――――――――――――

 魔導兵 (エスメ) LV.10

          HP  84/84

          MP   4/60

          MTK 46

――――――――――――――――――――


「情けないわね! たかが毒の沼地を二つ作っただけで!」


「ならー、続きはレティアちゃんお願いねー」


「レティーの属性は【水】でも【毒】でもないわよ! 見てなさい! 本物の魔法使いの実力ってやつをね!」


 そうして、レティアも魔法の詠唱を開始した。


==聞け! 氷の精霊よ! 我を隔絶する者よ!==

==永遠に祈りつづけ、我が道を閉ざせ!==

==不死でありながら呼吸を止め、境界を映せ!==

==ローセル、アングル、シュール、ラングラン、コギュ、ラ、マルタ==

==紡げ――《フローズンバインド》!==


 冷気が漂い、霜が降り注ぐ。


 空気中の水蒸気が固体化し、地面にまで霜柱を伸ばして周囲を氷結させた。


 オプロン・トニカが使用したのと同じ魔法である。あのときはグレイフルの足を捕捉するだけだったが、レティアがいま対象にしたのは道そのものだ。


 9マスの正方形の範囲を氷床に変えた。この上を通過したが最後、足元をすくわれて無軌道に地面を滑っていく。


 もし《飛行》アビリティで飛び越えたとしても氷床は獲物に向けて氷柱を伸ばし行く手を塞ぐことだろう。


 そもそもの威力が異なった。《フローズンバインド》は【中位人撃魔法】だが、レティアにかかれば【低位地撃魔法】にも匹敵した。


 また、「敵一体に対し身動きを封じる」という本来の使い方ではなく、物理的に壊されぬかぎり半永久的に残り続ける【トラップ床】を作り出した形である。


 本物の魔法使いを自称するだけあって、そのセンス、その実力は確かであるらしい。


「すごい……っ。お嬢さん方はもしやラクン・アナからの使者ですか?」


 魔法技術に長けたかの国の魔法使いであれば納得がいく。


「違うわよ! レティーたちは――」


「《ヴァイオラ親衛隊》よねー」


「ちょっと!? 横取りしないでよエスメ! レティーが言いたかったのにぃ!」


「ヴァイオラ親衛隊……」


 王族護衛騎士団とはまた別の、ヴァイオラ王女のみを護衛対象とした秘密部隊。


 確か、占星術師アニによって組織されたとか……。


 噂には聞いていたが、まさか彼女たちがそうだったとは。


 女子供を所属させているところになお隠密性を窺わせる。ただ王女を護衛するだけじゃなく、諜報や工作といった『裏仕事』にも利用しているであろうことは容易に想像できた。


 なんともはや……。


 しかし、彼女たちにも事情があるのだろう。思うところはあるものの、オプロン・トニカは言及を避けた。


 気を取り直して改めて通ってきた道を振り返る。


 オプロン・トニカの《ウォール・オブ・サウンド》のバリアが一定時間壁となり、


 次いで、エスメが作った【毒の沼地】が足止めをし、


 最後に、レティアの【氷床】が出口を塞ぐ。


 行くことも退くこともできない鉄壁の守りとトラップだ。敵幹部を閉じ込めるには十分すぎる障壁であろう。


 同時に、仲間である王宮兵たちにとっては残酷な檻となってしまったが。


「行くよ、おじいさん。レティーたちにはおじいさんを安全な場所まで連れて行くっていう使命があるんだから」


「やはり、わたくしを助けるためにお嬢さん方は配置されていたのですね」


「……真っ先に《不可視》の魔法を掛けてくれたことには感謝しているわ。だから、必ず生きて帰す。次の戦いで魔王軍を滅ぼすにはおじいさんの力が必要なの」


「その考えはアニ殿が?」


「そうなのー。アニさんってすごいのよー? ずっと先のことまで考えているんだもの。今を一所懸命に生きる愛しの旦那様とは大違いー」


 目先の勝利をあえて捨て、この敗北を布石にして次の絶対勝利に繋げる――。


(そのためには多少の犠牲も厭わない……か。そうまでしてわたくしを生かすことが本当に魔王軍打倒に寄与するのでしょうか)


 信じがたい――が、オプロン・トニカは今このときをもってアニを疑うことをやめた。アニを信用してではない。勇者となり自ら戦場に立った自分にアニの非道を咎める筋にはないと悟ったからだ。


 甘さを捨てろ。


 犠牲の上に成り立った生存ならば、その責任は必ず果たさなければならない。


 生き抜こう。最後まで。


 魔王軍を滅ぼすその日まで。


「この老いぼれに何ができるかわかりませんが」


 東門に背を向ける。


 レティアとエスメを引き連れてオプロン・トニカは自らの足で撤退した。


お読みいただきありがとうございます!

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