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勇者シナリオ⑦『宮廷音楽家オプロン・トニカ』その3


「単刀直入に聞く。オプロン・トニカ。あんた、勇者になったのか?」


 なんと。まだ誰にも打ち明けていないのに、初対面で看破されるとは。


 いや、アニ殿はそれを確かめたくてわざわざ会いにいらっしゃったのでしょう。ならば、わたくしが自覚するより前にこうなる運命であったことを知っていらしたはず。


「さすがは占星術師様。仰るとおりわたくし、畏れ多くも勇者に選ばれてしまいました」


「そうか。だが、予定通りだ。あんたの力は今や魔王軍幹部に匹敵する」


「この老いぼれの力が? 到底信じられませんな」


「自信がないのは別に構わない。ただ、俺を信じていればいい」


 何でしょう。わたくしを励ましにきた……というわけではなさそうですが。


「ところで、その目は本当に見えないのか?」


「はい。ですが、それ以上にこの耳が視ております。あなたのことも」


 心音や呼吸音のわずかな乱れから言葉の中にある虚実を見抜くことが可能です。どんな嘘も見破れますし、どれほど本心を隠そうとも見逃しません。


 わたくしはアニ殿に向けて言ったつもりでしたが、アニ殿はにんまりと笑いました。


「そいつはすげえ。誰を犠牲にしてでもあんただけは死なせないようにしないとな」


「何を――」


「俺の指示に従え。そうすりゃ魔王軍を滅ぼせる」


 耳を疑いました。その言葉は虚勢ではなく本心から出たものでした。この人は本気でご自身の力で魔王軍を打倒できると信じておいでです。


 自惚れや思い上がり――というふうには感じられません。


「あんたは生かす。何があっても」


「それは、どういう」


「まもなく第四ステージの幕が上がる。戦法なんかは折を見て伝授する。それまでは引き続き羽を休めておいてくれ」


「え? お待ちください。お話がまだ――」


 フッ、と気配が消えました。


「アニ殿? どこです?」


 おりません。完全に客間からいなくなりました。


 ドアが開閉した様子はありませんでした。


 まさしく煙のように消えたのです。


「……」


 本当に人でありましょうか。


 もしや王女は、アンバルハルは、恐ろしい悪魔を引きこんでしまったのではありますまいか。


 夢を見ていたのかもしれません。


 そのとき、客間のドアが開けられました。


「アテア王女ですか?」


「すっごーい! どうしてボクだってわかったの!?」


「そのようなお転婆な足音は王女以外に考えられません」


「なーんだ! つまんないの!」


 アニ殿がもたらした淀んだ空気がにわかに晴れた気がします。


「それで? 何用でございますかな?」


「あ、そうそう! ねえ、先生! ピアノ弾いてよ! ボク、久しぶりに先生のピアノ聴きたくなっちゃった!」


「ふむ。そうですねえ。いい機会ですし、アテア王女にピアノのお稽古をつけて差し上げましょう」


「え? ぇええ!? そ、それはヤダ――――っ!」


「懐かしゅうございますなあ。おてんばな貴女をピアノの前に座らせるのにどれだけ苦労したことか。さあ、アテア王女。サロンに行きますよ! ビシビシしごかせていただきます!」


「うええええ! そんなつもりじゃなかったのにぃ――――っ!」


 この後、アテア王女にビシビシ稽古をつけさせていただきました。アテア王女は半分泣きべそをかいておられましたが、よいところに来てくださったと心より感謝しております。


 しかし、わたくしの心が晴れることはありませんでした。


◇◇◇


 今日も一日が終わります。


 結局、公式の場に呼び出されることなく客間でのんべんだらりと過ごしただけでありました。


 鍵盤を弾き、お紅茶を味わい、日向ぼっこをし、また鍵盤を弾く。偶に演奏を求められて喜ばれる。これほど充実した暮らしがほかにありますでしょうか。


 日が落ちて屋敷へと帰ります。出迎えてくれる執事と女中の声にほっとします。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「ただいま帰りました。ふう。今日は疲れました」


「へえ。何かあったんですか?」


「いや、……何も」


 アニ殿のこと。勇者のこと。これから始まる魔王軍との戦いのこと。


 このかけがえのない家族たちには何一つとして打ち明けることができませんでした。


 しかし、


「何もしないのはツライことです」


 運命――ならば、受け入れるしかないのです。力を得ておきながら戦いから目を逸らすことは罪でありましょうから。


 女中はしたり顔を浮かべ、


「でしたら、お働きになってください」


 と言いました。


「食事の後にヴァイオリンを聴かせてください。旦那様のヴァイオリンが聴きたいです」


「これ。旦那様はお疲れなのですよ」


「えー?」


 執事が女中を窘めます。なんとも可愛らしいお願いではありませんか。


「そのようなことであれば、喜んで」


 就寝前、家族団らんに一曲披露しました。


 得意のヴァイオリン協奏曲。軽快な曲調でありながらもどことなく物哀しさを含ませて。まるでわたくしの心模様のようではありませんか。


 今日が静かに終わっていきます。


 そして、今日をもって優雅だった日常は終わりを迎えたのだということを、わたくしはこのとき奏でた音色によって理解したのでございます。



(勇者シナリオ⑦ 了)



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