勇者シナリオ⑦『宮廷音楽家オプロン・トニカ』その1
皆さま、ごきげんよう。
わたくしの名前はオプロン・トニカ。
現在、バルサ王家の専属音楽家として宮仕えしております。
また、王族の方々に楽器演奏のご指南をさせていただいておりまして、王女殿下の家庭教師を務めた経験もございます。
わたくしの一日はお紅茶を嗜むところから始まります。
寝起きに女中が淹れてくれたお紅茶を堪能しつつ、執事が読み上げる新聞記事を聞くのが毎朝のルーティンでございます。
如何に優雅な朝を迎えられるかでその日のコンディションが決まります。音楽家にとって感性が一番重要でありますれば、心地よいと感じる時間を疎かにできません。
「旦那様、お召し物の用意ができております」
新聞音読が一区切りしたところで執事がそつなく着替えを促します。
長年仕えてくれているこの執事はわたくしの嗜好を知り尽くしております。
「本日のネクタイは深い青――藍色にいたしました」
「ほっほっほ。何でもお見通しですね。わたくしの今日の気分まで把握してくれるとは。毎朝のことですが感服いたします」
「旦那様の顔色を窺いますればこれしきのこと。ですが、私以外の者には難しいでしょう」
生真面目な声なので笑っても良いものか迷ってしまいます。謹厳実直な男ですが、偶に冗談を口にするから難しい。
「――旦那様。腕を後ろに。袖を通します」
孫のような女中の手を借りて着替えをいたします。
「あ、猫背になっていますよ! しゃんとしてください!」
毎度のことで慣れきった女中は、もたつくわたくしに小言を吐くことがございます。まるで母親に着替えさせられているかのようでして、いやはや、照れくさいやら恥ずかしいやら。
「はい。これで終わり! 旦那様、今日のお召し物も大変お似合いですよ!」
「ありがとうございます。きっとあなたの腕がよいのでしょう」
「ああ、それはあるかも」
女中も遠慮なく冗談を口にします。本当に孫に面倒を見られているようでくすぐったい気持ちになります。
独身で、妻も子もいないわたくしにとって使用人たちは家族でありました。
賑やかで穏やかなこの朝のやり取りが一日の活力を与えてくれます。
執事と女中は玄関先まで出て仕事に向かうわたくしを見送ってくれます。
手探りで馬車に乗り込むわたくしを女中が支えてくれました。
「足元お気をつけくださいませ」
「おや? あなたのその靴、カカトが取れかかっているのではありませんか?」
「え!? ――やだ、ホント! 旦那様、よくわかりましたね? 私も気づかなかったのに」
「足音が歪でしたので。右のカカトですか?」
「そうですそうです! すごい! 目が見えてないのが嘘みたい! 音楽を極めるとそんなことまでわかっちゃうんですね!」
そんなはずありますまい――が、わたくしには心当たりがございました。
「昨夜、啓示を耳にしたのです」
「は?」
「戯れですよ。では、行ってきます」




