その8「それは可憐な花びらのように」
モアの魂が消えてなくなる前に、植物の蔓がリーザの体もろともモアの肉体を覆い隠した。
土の養分を吸収するかのようにモアのすべてを捕食する。
蔓が絡まりあって巨大な鞠を作った。
◇◇◇
後を追ってきた魔王が荒野に降り立ったとき、鞠がゆっくりと開いた。
中には黒衣を身に着けた女性がいた。
目を瞑ったままなのは視界の制御が効かないからだろう。その肉体には三つの魂が宿っていた。
モアと同化したリーザは――少女と呼ぶにはあまりに成熟した色香を醸し、一方で、経産婦の母性あふれるふくよかさからも遠ざかり――男を狂わす艶やかな肉体に生まれ変わっていた。
どこからどう見ても妙齢の美しい貴婦人にしか見えない。
一匹の魔族の誕生であった。
『名を与えよう』
魔王の申し出をリーザは首を振って突っぱねた。
「結構ですわ。わたくしの名前は……リーザ・モア。永劫に離れることができない憎悪の名前」
それすらも母娘を互いに苦しめる呪いとなるだろう。
奇跡的に融合を果たした母娘。
どうして反発せずに共存できているのかといえば、花の精霊が緩衝材の役割を為しているからだ。
性格はリーザとモアを足して割ったような形だが、自我の大部分は花の精霊のものを受け継いでいる。
至上命令は花で世界を埋め尽くすこと。
世界で一番美しい花を咲かせることだ。
母娘の諍いなどもはや人格形成の一因にすぎず、今では彼女たちの愛憎の記憶も、他人の日記を盗み見た程度の遠い出来事でしかない。
しかし、微かに胸に去来する感情がある。それをリーザ・モアは無視できなかった。
『どうした? 余をまじまじと見つめて』
「なんでもありませんわ、魔王様。これからはあなたを主と仰ぎ尽くしましょう」
そのとき、三つの魂を安定させるには魔王を父と崇めることが最善だと理解した。
(でも、間違っても「お父さま」なんて呼んでは駄目。だって、魔王様は「お父さま」じゃないのだから)
ふと手元に違和感を覚えた。
ずっと何かを握っている。
手のひらを開くと、山頂で摘んだあの花があった。
握った拍子に完全に潰れていた。
それに、改めてよく見ると小さくて貧相で……全然キレイじゃない。
こんなもののために精霊の生涯を費やしただなんて本当に馬鹿みたい。
かつての自分にほとほと呆れ果てる。
(――ああ、でも。その在り方はとても尊いものでしたよ)
吹く風に乗せて手のひらから花びらを解き放つ。
リーザ・モアは可憐さとは程遠い魔族としての生き様を、このとき決意した。
さあ、世界で一番美しい花よ。
今度こそわたくしを幸せにしておくれ。
(リーザ・モアシナリオ 了)
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